1. トップページ
  2. 最後の一人芝居

黒糖ロールさん

よろしくお願いします。 お読みいただいた方にはいつも感謝しております。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 ケセラセラ。

投稿済みの作品

9

最後の一人芝居

14/12/27 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:9件 黒糖ロール 閲覧数:1192

この作品を評価する

 積もる話をひとしきり終え、訪れた沈黙が心地よくて、ベンチに座ったまま僕は沙織に顔を近づけた。
 唇の柔らかさと味をかすかに感じて、驚いて唇を離した。
 沙織が泣き笑いのような顔をしている。思わず手をのばして、僕は沙織の髪を何度もさすった。
「おかえり」
 目の前で列車が動きはじめた。
 ただいま、優也。周囲の騒音のなか、沙織の声がまっすぐに届く。
 平日の朝、通勤時間を過ぎた片田舎の駅のホームに、不躾な視線を投げ込んでくる駅員と、僕らだけが残された。


 雪がちらつきはじめていた。駅前の閑散とした手狭なバスターミナルで、僕らは手をつないでバスを待った。
 僕がコートの襟を立てるのを見て、寒い? と薄手のワンピース姿の沙織が聞いてくる。
「沙織のほうが寒そう」
 寒くない。強張った顔で沙織は首を振った。ごめんと呟きそうになる。取り繕えば、さらに傷つけてしまいそうだった。
 沙織の視線をたどると、鈍色の厚い雲が空を覆っていた。
「図書館……行こうか」
 僕は言葉を接いだ。沙織が、本読みたい、と嬉しそうに手を強く握り返してくる。胸がつまった。
 会社休んで大丈夫なの? と尋ねてくる沙織に、僕は微笑んだ。
「大丈夫」
 おまじないのように、さっきから僕自身に呟いていた言葉だった。
 バスが到着し、僕らは乗り込んだ。料金を支払うときに沙織の手を離した。
 硬貨を財布の中から探しながら、僕は心の震えを抑えるのに必死だった。
 沙織の手から伝わるぬくもりが、弱まってきていた。


 図書館には子ども連れの母親のグループや老人たちがいて、ほのあたたかい雰囲気が漂っていた。
 沙織が読みたい本を僕が代わりに手に取り、開いて見せた。絵本のページをめくること、風景の写真集の前のページに戻ること。沙織のためにできる些細なことを、積み上げていった。
 寄り添って座る僕らの肩は、少し触れ合って、離れて、また触れ合って……。
 そのうち、二度と触れ合わなくなった。
 次のページいってもいいよ。しばらくして、沙織が口を開いた。救われる気持ちで、僕は再びページを指でつまんだ。大事なことに気づかぬ振りをしながら、僕らは読書を続けた。
 外がすっかり暗くなり、子どもたちの姿が消え、館内がすっかり静かになった頃、二人とも大好きな、少年たちの夏の物語を読み終えた。ラストで、またな、と手を振って、少年たちは十字路で別れ、それぞれの道を行く。
「こいつらの別れ方、男前だよな」
 そう沙織に話しかけようとしたら、姿がなかった。
「沙織どこだよ」
 頭の中が真っ白になった。
 僕は席を立った。混乱と後悔が同時に押し寄せてくる。もっと何かできた。どうすればいいんだ。
 ……もう見えないのね。震える僕の隣で、沙織の静かな声がした。


 秋が始まろうかという頃、沙織は事故で亡くなった。
 運転手の前方不注意、見通しの悪いカーブ、僕が決めた待ち合わせ時間――原因を辿っても、行き着く先は、沙織は戻ってこないという事実だった。
 数ヶ月耐え続け、今朝、もう轢かれようという気持ちで駅のホームに立っていたとき、沙織に呼び止められたのだった。


 僕は図書館を飛び出した。
「どこにいるんだ」
 夜道を闇雲に歩く僕の近くで、ここにいるよ、と沙織の声が答える。
 やがて沙織の言葉が途絶え、
 聞こえてるんでしょ!
 耳元で大きな声がして、僕は立ち止まった。気づけば、住宅街の路地に迷い込んでいた。
 ……さよならぐらい言わせて。
 沙織は泣いているようだった。
 また会えて嬉しかったよ。
 別れのセリフを言い出した沙織に、
「行かないでくれ」
 どちらを向けばいいのかもわからず僕は呼びかけた。
 あなたは前に進んで。優也なら、きっとできる。
 もう時間みたい。……さよなら、優也。
「待ってくれ」
 それきり沙織の声は途絶えてしまった。
 静寂のなか、僕は立ち続けた。街灯の光の中を、揺らいだ軌跡を描きながら、たくさんの雪が舞い落ちてくる。
 どれぐらいそうしていただろう。
 ふいに、親しんだ髪の香りがした。
 僕はそっと腕を動かした。かじかむ手をひろげて、頭を撫でる仕草を繰り返す。
 今、沙織が僕を抱きしめている。最後の別れを告げている。それがわかった。
 黙ったままの僕を励ますように、香りが強まっていく。沙織は、きっと僕の言葉を待っている。
 最後まで情けなくてごめん。会いにきてくれて、ありがとう。
「さよなら」
 声を振り絞って僕は告げた。
 冷たい風が吹き抜けていった。沙織の香りは、消えてしまった。
 僕は空を見上げた。おろしかけた手を途中で止めて、雪の降る空に向かって伸ばす。めいっぱい手を振った。
「沙織、またな!」
 一瞬、沙織の笑顔が見えた気がした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/12/27 石蕗亮

徐々に失っていく感覚の一つ一つの描写がリアルでした。
様々なシーンが目に浮かぶように読み進んでいきました。

14/12/28 夏日 純希

黒糖ロールさんらしく描写力の卓越した作品だと思います。
あんなこと言われたら、男として前に進むしかないですよね。
最後は別れの言葉ではなく、再会の約束の言葉なのもよかっです。

14/12/29 草愛やし美

黒糖ロールさん、拝読しました。

切なく美しい作品ですね。映像にして見たいと思いました。
沙織さん、消えたくなかったでしょうに……、僕はずっとこの時間が続けばと願ったことでしょうに。でも、住む世界が違ってしまった二人。なんて残酷なのでしょう。またきっと、僕に逢いに沙織さんはやってくるのでしょうね。

14/12/29 泡沫恋歌

黒糖ロール 様、拝読しました。

この話は切ないですね。
もう戻って来ない人との、最後のお別れ・・・。

悲しいけれど、また来世で会えるかもしれない。
清々しいラストでした。

14/12/29 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

人と人は出会って、別れていくものですが、愛する人との死別は、とりわけ哀切きわまりないものです。
まるで映画にワンシーンのように感じました。

15/01/02 光石七

拝読しました。
恋人同士の再会かと思いきや……
美しくしっとりした文章、改めて読み返すと二人の触れ合いの描写もラストも映像が鮮やかに浮かびます。
素敵なお話をありがとうございます。

15/01/06 黒糖ロール

石蕗亮さん

シーンが多かったので、あらすじにならないようにがんばってみたのですが……なかなか……。
リアルといってもらえてうれしいです。


夏日 純希さん

お言葉ありがたいです。
別れのシーンが浮かんできて、
そのためだけに前部分を書いたような作品なので(笑)


草藍さん

今回ほど枚数がもっとあればと思った作品はないかもしれません。
忘れた頃に掌編ではなく短編で書き直したいなーなんて。


泡沫恋歌さん

ただ消えて終わりとなるはずが、
ラストはちょっと明るくなっちゃいました(笑)
よかったかな、と思ってます。


そらの珊瑚さん

死別ののち再会っていうベタな(?)内容でしたが、ラストを活かしたい一心で書きました。
映画のワンシーンといっていただけるとは(涙)


光石七さん

こちらこそ、お読みいただけただけでありがたいです。
しかも読み返していただいたとは、恐縮です。
美しくしっとりと形容されて、文章たちが恐縮してます(笑)

15/01/08 夜降雪都

彼女の存在は彼が作り出した幻想なのか、それとも魂のみの彼女が居たのか、不思議な感覚に陥りました。読む人によって見え方が違う作品なのではと考えさせられた面白い物語でした。

15/01/09 黒糖ロール

夜降雪都さん

そうなんです主人公の妄想かもしれないという意味を込めて題名をつけまし……うそですごめんなさい。
言われてみますと、そういう物語ともとれますね。
嬉しいご指摘ありがとうございました。

ログイン