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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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回禄の向こうにあったもの

14/12/25 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:7件 草愛やし美 閲覧数:1472

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「火事だ!」
 眠りについて間無しの俺は、携帯の喚き声に叩き起こされた。只ならぬ様子だが、何を言っているのか要領を得ない。午前四時、慌てて上着を羽織り自転車に飛び乗り、駅前商店街の入り組んだ路地奥にある花都小路へと急ぐ。遥か彼方だというのにサイレン音が一面に鳴り響き、きな臭さが鼻をつく。大火を肌に感じ体が震え出す。店は無事だろうか、打ち消す端から次々に大きな不安が頭をもたげてくる。遥か向こうの上空が不気味な赤色に染まっていく。馴染みのある角を曲がったとたん、華矢ビルの上方から、チロチロ見え隠れする赤い炎が目に飛び込んできた。駅前へ続く道には、十数台の消防車、パトカー、救急車が並び、赤色灯に目が眩みそうになる。

 店へ続く路地は燃え盛る炎に包まれていた。体がわなわな震え出すのを覚える。どうしよう! 心臓が飛び出しそうなほどバクバクと打っている。その場にへたり込みそうになる自分を奮い立たせ兄の姿を探す。どこだ、兄貴は? いた! 空のバケツを振り回し火の中に飛び込もうとしている兄の姿が目に止まった。消防士に制止されている兄のもとに慌てて駆け寄り必死になって兄の名を呼んだ。
「兄ちゃん、駄目だ、もう駄目だって」
「放せ、タレが秘伝のタレが燃えてしまう」
 ゴーという凄まじい音と共に火柱が上がり、ドーンという爆発音が轟いた。俺と兄貴の目の前で店は崩れ去った。警察官によって、俺らは路地から遥か遠く離れた場所まで引き戻された。危険だから近づかないで! 警察官の荒げた声が響く。炎は瞬く間に何軒もの店を舐め尽し路地の店はどこもかしこも、もはや原型を留めていない。すぐそばの駅舎の屋根から放水している姿にようやく気付いた。
 兄は放心状態で、タレがなくては店はやっていけないと呟き続けている。俺ら兄弟の店、焼鳥屋『感呼鳥』は、親が残してくれた唯一の財産だ。旅行先の突然の事故で両親が亡くなり、店には手伝っていた兄が一人残された。商売嫌いでリーマンを気に入っていた俺だったが、兄だけではやっていけないと、仕方なく会社をやめた。安くて美味い焼鳥屋、評判は良いが儲けは少ない、家族経営なら何とかやっていけると俺にだってわかっていたからだ。
 死んだ親の店を兄弟で盛り立てようやく軌道に乗ってきた矢先の火事だった。原因は放火、細く複雑に入り組んだ路地にある店は、類焼は免れられずあっという間に燃え落ちたのだ。焼鳥のタレは親が残した宝、創業以来毎日注ぎ足してきた秘伝のタレだった。だが、兄はタレの作り方を俺には一切教えてくれなかった。幾ら頼んでも頑として首を縦に振らなかった。俺に教えておいてくれれば、二人で知恵を出し合えたものを……。兄のせいでなすすべが何もない俺は悔しかった。タレも店も独り占めしてきた兄に無性に腹立たしさを覚え、俺は、全てを失くした兄を嘲笑ってやろうと思い出かけていった。
 兄の憔悴振りは凄まじく、げっそり痩せこけ無精髭に虚ろな目で入って行った俺に気づきもしない。店もタレも失っていい気味だ。あれ程頼んだのに、店を独り占めしようとした罰だ、俺の知ったことか。それでも、ただ一人の肉親、心配の振りだけでもしておいてやろうかと思い声をかけた。
「兄貴、残念だったけど諦めるしかないよ」
 兄は、俺を見たとたん、目から大粒の涙を流した。兄の泣くのを初めて見た気がして、俺は戸惑った。親の葬儀にも兄は泣かなかったはず。薄情な奴と思ってきた。その兄が泣いている、店を失くしたことが親の死よりも悲しいっていうのか、腹立たしい思いが湧き上がった。
「和、無事で良かった、お前までいなくなっていたら兄ちゃんは、生きていけない。店を立派にしてお前に渡すことを葬儀の日、両親に誓ったのに……俺は駄目な奴だ。親代わりのつもりだったが何もかも失くしてしまった、すまない」
 衝撃が走る。俺は何て馬鹿だったのだろう。兄の気持ちも知らず、一端の社会人気取りで生きてきた。感極まった俺は思わず兄の手を取り「ごめん兄ちゃん」と言った。だけど、それ以上どんな言葉も出て来なかった。

 結局、細い路地は危険という理由から市が花都小路の再開発を許可してくれず店の再興は不可能になった。俺はまたリーマンに戻ったが、あれ程、戻りたかった会社員だったが少しも楽しくないことを思い知らされた。懸命に働いても儲けにならない店だったけど、活気だけはあった。親の代からの常連さんたちは足繁く通ってきて我が家の味を愛してくれた。笑顔を見ることが幸せだったのだとようやく気づいた俺がいた。何もかも失くした俺たちだが、あの味の記憶まで消せるわけないと思った。

 俺は、この秋、居酒屋でバイトをしている兄貴を呼び出した。俺が手作りした軽四の屋台『感呼鳥』を見せた時の驚いた兄貴の顔は、二度目となる兄の涙と共に、忘れられない俺の宝になった。


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このストーリーに関するコメント

14/12/25 夏日 純希

僕も兄がいるのですが、兄弟の絆ってなんとも不器用で、それでいて、強いですよね。
兄貴はいつまでたっても兄貴だなぁ、と思います。
失って得るのは悲しさだけではないですよね。
次へ向かう力もしっかり描いた良作だと思います。

14/12/27 鮎風 遊

軽四の屋台『感呼鳥』、その暖簾をくぐってみたいです。
いらっしゃい! の掛け声で、目の前に出された焼き鳥、
新・秘伝たれで、うまい!

どこに出てますか?
梅田、それとも十三?

いい味のお話しでした。

14/12/29 泡沫恋歌

草藍 様、拝読しました。

火事は本当に怖いですね。
私も先日、リアルで火事を発見して通報しようと思ったら、頭が真っ白になって・・・
119だか、110だったか分からなくなったという、笑えないお話でした。
幸い、誰かが通報してすぐに消防車が来てくれたので良かった。

大事なお店と秘伝のタレを失った悲しみは大きいけれど、兄弟で力を合わせていくことが
できたのだから、明るい未来がこの兄弟にはきっとあると思います。

いい味のお話でした(*^‐^*)v

14/12/29 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。
火事によって全てが灰になっても、兄弟の絆はなくなってはいなかった。
いいお話ですね。
小さい時、斜め前の家が火事になったことがあり、火事のおそろしさが蘇ってくるようでした。
空気が乾燥している季節、火には気をつけましょう!

14/12/30 黒糖ロール

喪失の隣には復活や再生が寄り添っている、そんなことを感じさせてくれる作品だと思いました。
兄弟の関係をさりげなく的確に描写されていて、さすがだなと思いました。

15/01/02 光石七

拝読しました。
この兄弟の関係、いいですね。
両親から継いだ店もタレもなくなってしまったけれど、きっと力を合わせて二人で『感呼鳥』を再興していくのでしょう。
『感呼鳥』の焼き鳥、食べてみたいです。

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