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八子 棗さん

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ぺたり、するりと

12/07/09 コンテスト(テーマ):【 水族館 】 コメント:2件 八子 棗 閲覧数:2047

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「おおー! このカニ食べ応えありそうだね!」
「料亭の水槽じゃないんだぞ……」
「えー? でもほら、脚とか太いし、長いし――」
 綾華は水槽の強化ガラスに張り付くようにして、動かないカニに見入っている。その姿はガラスを挟んだ向こう側にくっついているタコにそっくりで、思わず失笑する。
「――あの小さいヤツらは、目刺し要員になるね!」
「そうだな。綾華が楽しそうで、俺も嬉しいよ」
「なんで皮肉っぽいの?」
「気にすんな。で、水族館出たら魚でも食べに行くか?」
「行く! もう、見てるだけでお腹空いちゃって」
 満面の笑みを向ける綾華の手を握ると、 すかさず俺の二の腕に綾華は腕を絡めてきた。――うん。やっぱりタコみたいだ。
 仄蒼い水槽が並ぶ間を、のんびりと抜けて行く。どことなく涼しげに見える水族館は、夏休みのデートにぴったりだ。平日だから空いているが、ところどころの水槽の前に同い年くらいのカップルがいる。俺たちと同じように、早めに試験の終わった大学生だろう。
 あのカップルの女の人も「あっ、あの魚美味しそう! 三枚に下ろしたいね!」なんて言っているんだろうか。少なくともここにいる魚たちは、俺たちと似たような会話をしたカップルを何度も何度も見てきたんだろうな。なんて、思う。
「私、高二の時に修学旅行で沖縄の水族館行って以来、水族館行く機会なかったんだよねー」
 唐突に綾華が呟いた。
「でも、やっぱり魚はいいねえ。美味しそうだし、癒されるし」
「美味しそう、は必ず入るのか――」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど」
 ふざけながらも、綾華の視線は水槽の中の魚たちに向けられたままだ。横から綾華の顔を覗き込む。――慈しむような優しい眼差しが、ガラスの向こうに向けられていた。
「そのままこっち向いて」
「ん?」
 俺を見上げた綾華の表情は、普段通りの微笑みに戻っている。なんで魚にはあんな優しい顔を見せるんだ、と若干妬きたくもなる。
「聡も魚食べたくなったの?」
「最初から食べたいよ。ていうか、水族館出たら食べに行くんだろ」
「あ、私駅ビルのとこの海鮮丼がいい」
「ん。そうだな」
 綾華に調子を合わせながら、次第に見えてきた巨大な水槽の方を眺めた。なんでも、この水槽にいる巨大なタカアシガニが目玉なのだそうだ。
「おおー!」
 早速綾華が小走りで、眼前に広がった一面のガラスに向かった。ちょうど目の前には、無数の魚群など気にも止めずに悠然と踏ん反り返っている巨大カニがいる。水槽の床の方が高いこともあって、見下ろされている感がある。ただ水中を闊歩しているだけなのに、名状しがたい迫力があった。
「聡! この――このタコ茹でたい!」
「……あ、そっちなの?」
 が、綾華の気を引いたのは、カニの手前のガラスにくっついているタコだったらしい。俺の腕からするりと抜けて、天井までいっぱいの強化ガラスにぺたりと張り付く。――今、ここにタコ壺が欲しい。
「あのカニも食べたいけど、ちょっと食べ切れなさそうかなあ。どうしよう」
「大丈夫、残った分は俺がもらうから」
「おお、心強いお言葉」
 心底楽しそうに笑う綾華。
「……あー、もう、可愛いなあ。綾華と来て良かった」
「え、お? 聡もタコになった! 茹でダコになった! 主に耳」
 タコは俺の方でしたか。というか「俺もタコになった」とはどういうことだ。綾華をタコみたいに赤くしようとして、自滅する。当の綾華は嬉しそうにはしゃぐばかり。さすがに、そう上手くは行かないか。
「――でも、私もこうやって一緒にいろんなとこ行ける人ができて良かったって思ってるよ」
 微笑む綾華の手を、もう一度握る。俺たちの横を、タカアシガニが通り過ぎて行く。その後から、色とりどりの魚たちが泳いで行った。


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このストーリーに関するコメント

12/07/11 汐月夜空

楽しんでる綾華を見ての聡の気持ちがすごく共感できます。なんで、あんなに楽しそうなんだろう、ってちょっと遠くから見てる感じが分かりますね。
驚いたのはタコの使い方ですね。同じタコにもいろいろな面があるものなのですね。タコのような彼女って、距離感近くてちょっとうらやましいです。
最後の綾華の一言が嬉しいですね。私も言われてみたいです。

12/07/11 八子 棗

>汐月夜空さん
読んで下さって有り難うございます!

今回は、会話を多めにして聡目線での二人の雰囲気を出したいと思っていたので、共感できると言って頂けてとても嬉しいです。

コメント有り難うございました!

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