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小李ちさとさん

面白いと思ったことだけをやりたいのです。 space a:kumoというくくりで、ごそごそ活動しています。

性別 女性
将来の夢 砂漠で死ぬこと。
座右の銘 おれが おれがの がを すてて おかげ おかげの げで くらせ

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きっとさよなら

14/12/24 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:0件 小李ちさと 閲覧数:1345

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美しいものには魔が潜む。
比喩ではない。実際に悪魔がいる。いるだけならいいのだけど、作者や作品を見た者に害を及ぼす。美しいものを破壊しない限り、悪魔は消えない。
私は美しいものを破壊するのが仕事。特に能力は必要なくて、強いて言えばライトノベルみたいな世界観を受け入れる諦念力と、繰り返しの訓練を消化できる忍耐力くらいだ。
専門は日本国内の絵画作品対応。知らせを受けたら現地に赴き、作品を壊す。根無し草の生活は性に合っているけれど、破壊のための人生かと思えて気が狂いそうになる時もある。それでも辞められないのは、悪魔の害を受けた人間の末路を知っているから。あんなものは二度と見たくない。

ここ数年は悪魔が増えた。作品そのものはもちろん、作者の思いの美しさにも悪魔は棲み付く。一億総クリエイター時代は悪魔に優しい。

「美空、次はここに行って」
渡された書類に硬直した。行ったことのない見慣れた地名、会ったことのない見慣れた名前。
「これ、私が行かないと駄目ですか」
「駄目ではないけど…あなた以外だと厳しいから。その人の作品は悪魔が棲みやすいみたいで、もう3作目なの」
「…分かりました。いつも通りですよね?出発は?」
「明後日。詳しいことはメールするわ」
短い返事で部屋を出た。書類がやけに邪魔だ。

いつかこんな日が来ると、思ってはいたけれども。
けっこう残酷だなぁ。
3作目にもなるなんて知らなかったけど、悪魔が棲みやすいなんて、すごくあの人らしい。失礼ながら技術的には平凡な作品だけど、その動機や思いの美しさはよく知っている。
それを壊す。美しい思いを踏み躙る。
ごめんなさいでは足りない懺悔が増えていく。


こつんこつんと靴音が響く。夜の美術館。イベントのリーフレット。友の会のお知らせ。次の展覧会のポスター。紙の行列を抜けて階段を上る。
2階の左隅、『県民室』の案内板。その部屋の、窓と反対側の壁の右隅。悪魔の気配が見える。
高台から見下ろす、夕焼けの港の街並み。絵の具と糸とクレヨンで描かれた小さな絵。桃色や黄色や水色が連れてくる明るさ。
ひっそりつけられたタイトルは『僕の場所』。
この街が好きで、この景色が好きで、繰り返す単純な朝と夜に何度も救われた。それを閉じ込めた絵。
とても綺麗な絵。ほっと安らぐ、大丈夫だと包み込んでくれる、そんな暖かい絵。この人の絵はいつもこうだ。ずっと見ていたくなる。守って欲しくなる。
振り払って、そっと手をかける。
『美空さん、絵が出来たよ』
蘇る電話越しの声。
『県のコンテストに出そうと思ってるんだ。この絵は珍しく、みんなに見て欲しいって思える絵になったから』
裏返して、額を外す。
『佳作に入ったよ。美術館に飾ってもらえるんだって』
絵を取り出す。その色を脳裏に刻み込む。
『ずっと応援してくれてありがとう。美空さんが励ましてくれたから、描けた』
カッターナイフを握る。ちきちきと刃を出す音が、静かな部屋じゅうに響く。振り上げる。
『いい絵だって、』
港をゆく船に狙いを定める。
『初めて自分で言えるよ』
振り下ろす。ざしゅっとした抵抗の手応え。
あとはもう、ただのめった刺し。悪魔のポイントを狙って右手を動かし続ける。それだけ。自分と、誰かと、私を救った絵を、私が壊していく。


昔から絵は好きだった。描くより見るのが好きだった。自分を表現するのは下手だったから、上手く出来る誰かの姿を見ていた。便利な現代社会には自分の作品をネットで発表している人がたくさんいて、それを見るのが楽しかった。この仕事に就いてからも それは変わらなかった。
その中でたまたま出会ったのが、この人の絵だった。
あれも夕焼けの世界だった。くるくる踊る女の人のシルエットを描いた絵。『World is mine』と付けられたその絵が、ひどく切なくて、暖かくて嬉しくて、そんな矛盾する感情も全部肯定してくれるようで、気付いたら泣いていた。それでいいんだって、救われた気がした。
珍しく感想をメールして、本人からも返事があって、やりとりをするようになって、いつの間にか電話番号まで交換して、何故だか文通までしていた。こんなに素敵な絵を描く人なのに自己肯定が低くて、でもだからこそやさしくて、どこかに孤独の匂いがして、いじらしかった。この人がこの人らしい絵を描いて、それで「ねぇ見て」って笑ってくれたら嬉しいのにって、勝手に思っていた。
いつかそれが叶った時、一緒にその絵を見たいなって思っていた。


その絵が私の手の中で、残骸の紙屑に変わっていく。
砕けて砕けて粉々になって、なくなっていく。


荒くなった呼吸を整える。持ってきた灰皿に紙屑を集めて、燃やす。
すべてが灰になるまで待ってから、糸くずを払って立ち上がった。

行かなくちゃ。次の悪魔が生まれてくる。


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