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ちほさん

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三本の鉛筆は……?

14/12/22 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:2件 ちほ 閲覧数:1791

時空モノガタリからの選評

隣室という設定を生かした可愛らしいミステリー、心理劇ですね。鉛筆をめぐって繰り広げられるドラマが一風変わっていて、目立っていました。やんちゃな問題児のアーサーと、少し大人な兄と親友との関係性が面白いと思います。子供らしい兄への憧憬と友情が、鉛筆の行方をめぐるやりとりの中で浮き上がっていて、こういう書き方もあるのだなあと面白く感じました。

時空モノガタリK

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 緑色の鉛筆のHBと書かれたその横に、クリス・シュナイダーは星の印を彫刻刀で刻みつけていた。壁に押しつけられた右耳からは、隣室のシュルツ兄弟の喧嘩の様子がこちらに聞こえていた。
 ここグリーンゲート音楽院には世界各国から音楽の才能のある少年少女たちが集められ、専門的に学ぶ彼らは寄宿舎生活をしていた。クリスマス休暇にはみんな自分の国に帰る。帰れない事情のある僅かな子どもたちだけが残っている。
『星の印の鉛筆を持ってないか?あれがないと困るんだ』
『ボク、持ってない!』
 カイ・シュルツは手のかかる弟にうんざりしていた。クリスマス休暇に国に帰れないのも、一族の者がカイの弟のアーサーを疎ましく思っているからだ。アーサーは、ほとんど小悪魔的な少年で、嘘もつくし泥棒もする。音楽院のルールも守ったためしがない。それでも才能豊かなアーサーを退学させたくはない音楽院は、とりあえず彼の世話を兄のカイに任せた。カイにとっては大きな迷惑だった。
『クリスが盗んだんだ!』
 アーサーに泥棒扱いされたクリスは、壁のこちら側で呟く。
「盗んでねーよ」
 アーサーは、カイの親友のクリスに嫉妬していた。
『じゃあ、彼に訊いてみるさ』
 カイの言葉にクリスは立ち上がり、慌てることなく彫刻刀をベッドに放った。
 ちゃんとノックをして訪ねてきた隣室の親友に、クリスは一本の鉛筆を差し出した。先程まで星の印を刻みつけていた緑色の軸の鉛筆。クリスは頭を下げて詫びようとしたところで、カイに止められる。ふと見ると、カイの後ろにそっとアーサーがいることに気がついた。彼は青い顔で、唇を動かして去っていった。唇は(馬鹿な奴)と動いていて、クリスは苦笑するしかなかった。
『ほら、クリスが犯人じゃん』
『この鉛筆はぼくのじゃない。クリスがわざわざ彫ってくれたんだ。大切にするよ』
『これだけ綺麗に彫るなんて、きっと本物をお手本に彫ったんだ』
『そんなことないさ』
『ボク、今すぐ訊いてくるよ』
 クリスは慌ててまた壁から離れた。
 アーサーはいつものようにノックもせずに飛び込んできた。そして、鉛筆を一本クリスに押しつけて去っていった。それは、カイのあの星の印の鉛筆だった。アーサーは、今度こそクリスを泥棒扱いするつもりだ。
 クリスは隣室を訪ね、アーサーに渡された鉛筆をカイに差し出した。カイは驚いていた。カイの後ろでアーサーがにやにや笑っている。
「ほら、クリスが盗んだんだ」
「黙れ、アーサー」
 カイは、物事がどう動いているのかを見極めようと少し考え込んだ。そして、本当のところをクリスやアーサーに訊ねるまでもなくわかったので、その問題の鉛筆を受け取ろうとしなかった。
 アーサーの驚愕!
 クリスは親友のカイがどんな少年かを十分に理解していたので、予想通りの展開だった。
「あげるよ」とカイはクリスに言った。
「うん」
 そんな二人に「盗んだくせに!」とアーサーは地団太を踏む。
「アーサー」
 クリスは問題児の名を呼ぶ。
「なんだよ!」
 怒れる魂に差し出されたものは、今クリスがもらったばかりのカイの鉛筆。アーサーが盗んでいたカイの鉛筆だった。
「君の鉛筆と交換しよう」
 アーサーは、ひどい言葉で断ってやろうと思ったが、そんな言葉は一つも出てこなかった。
 カイの鉛筆。あれほど欲しかった兄の大切な鉛筆。それが自分の手元に帰ってくる。盗むのではなく、自分のものになる。
 兄が大好きだった。だから、兄の彫った鉛筆が欲しかった。でも、兄から盗むのは嫌だったから黙って借りていたのだ。
「いらないのかい?」
「い……いる!」
 顔を赤らめて叫んだアーサーの声は情けないものだった。
 アーサーは、自分のズボンのポケットから一本の鉛筆を取り出すと、クリスに差し出した。その鉛筆の下手くそな星の印に、カイがクスッと笑う。兄の鉛筆とおそろいにしたかったようだが、不器用すぎた。アーサーはますます赤くなり、兄の鉛筆を受け取ると「大嫌いだ!」と叫んでベッドに飛び込んだ。
 三本の鉛筆は、それぞれそう悪くないところに収まったようだ。






































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このストーリーに関するコメント

15/01/04 橘瞬華

拝読しました。
アーサーの行動のちょこまかとした感じが文章に表れていて、コロコロと変わる場面にも違和感を持たず読めました。アーサーの不器用な愛情も、カイとクリスの親友同士の信頼にもほっこりしました。三人の関係と三本の鉛筆。私はこのお話、とても好きです。

15/01/05 ちほ

橘瞬華さま
読んでいただき光栄です。嬉しいコメントをありがとうございました。

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