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ゆい城 美雲さん

お目にかかれて光栄です。 まだまだ未熟者ですがよろしくお願いします。 太宰治の富嶽百景が好きです。 コメントや評価、とても嬉しいです!お返事が遅くなることがありますが、ご了承ください。

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南方の渡り鳥

14/12/19 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:0件 ゆい城 美雲 閲覧数:1261

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私の恋人だった優汰は世界を愛している人だった。人間が好きだ、もっとみんなまとめて幸せになれればいいのになあとよく言っていた。それから、自然の花や木や鳥なんかも、好きな人だった。いつか叶うなら神様がいたずらに引っこ抜いて上下逆さまに刺して帰ってしまった木を見に行きたいと言っていたのを覚えている。私は、とある本よりその木は星を破壊する悪者のイメージしかなかったのだけれど、改めて眼前にその木が来ると、全くそんな気持ちは失せてしまう。本当に、世界樹なるものがあるとすれば、きっとこんな木のことを言うのだと思うくらい、それは堂々と立っていた。昼は、近所の気さくなお兄さんのように、夜は物知りで気難しいお祖父さんのように。優汰が見たいと言っていたのがなぜなのかわかった気がした。
「ハナ、どうしたの?そんなとこに立って。いくら南の島って言ったって、夜はちょっと寒くもなるよ」
ホテルの受付係をしていて、一ヶ月という長い滞在ですっかり仲良くなったエマが言った。健康的な肌の色と、綺麗な瞳の、可愛い人だ。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと見ていたかっただけ」
「そう」
エマはそれ以上何も言わずに、デッキに座る私の隣に腰を下ろした。
空はプラネタリウムがすぐそこに迫ったような、完璧な星月夜だ。キラキラ光る星屑でも落ちてきたら、少しは優汰と繋がれるのかしら。
「何か、悲しいことがあったのね」
エマが静かに言ったので、私ははっとした。なぜわかるのと問うと、エマははにかみながら、「自分のキャパシティーをオーバーしちゃうような悲しいことがあると、みんな自然に頼りたくなるのよ」と言った。
「どうしても、ね、先に進めないの。戻ってきて、玄関のドアを叩いて、久しぶりって言ってくれそうなの」
私がそういうと、エマは私の髪を柔らかな手のひらでくしゃくしゃと撫でた。それは彼女が親しい人にしかしないことだったので、だいぶ嬉しい。
「忘れる必要なんてないよ。いつか会えるって信じててもいいの。ずっと好きでもいいの、誰も責めないわ」
「…うん」
私が鼻声になったことに気づいたのか、エマはポケットからティッシュを取り出して、どうぞと言った。
木は、勿論無言のままその光景を見ていたのだけれど、それが変に暖かくて、私は幸せだわと思った。
その日、久しぶりに優汰の夢を見た。彼はあの木の枝に座って、世界を眺めていた。木の根元にいた私に気づくと、やっぱりいいなあと言った。私は何か答えようとしたけれど、喉の奥が声を閉じ込めてしまったかのように、何も言えなかった。優汰は私に笑いかけて、ありがとうと言った。そこで、お終い。パチリと目が覚めて見たのは、見慣れたホテルの天井が涙のせいで歪んでいる光景。
きっと、優汰は最後に会いに来てくれたんだと思った。都合のいい夢の解釈だが、私はこれでいい気がする。たとえばサンタクロースだって、いないってわかっているけど信じている方が人生楽しい。

私はその次の日、日本に帰ることにした。昨日、寝た頃に降り出した雨はちょうど上がりたてで、あたりをしっとりと密やかに濡らしていた。洗われたばかりの空気を肺いっぱいに放り込むと、土や植物の混じったいい香りがする。漢詩にこんな詩があったなあと、遠い学生時代のことを思いだした。
本当はね、貴方とこの島に来たかったのよなんて言ったら、優汰は渡り鳥のようだと笑うだろうか。
いよいよ帰る頃になると、エマは私との別れを泣きながら惜しんでくれた。私だって、惜別の情がなかったわけではないけれど、でも、泣いてしまったら優汰に申し訳なくて、ぐっと堪えていた。
それでも、最後はエマも笑って
「悲しいことがあったら、またおいで」
と言ってくれた。私にも帰る場所があるのだと思うと、とても幸福で無敵な気分だった。巨大な木達も、そう言ってくれている気がした。
空港行きのバスに乗り込む。来るときは、何も食べず、睡眠もほとんどとっていなかったせいで酔って、恨みがましい道だったのだが、帰るときはなんとも懐かしいでこぼこ道だった。入国当時はやつれていた手も、ふくらみを取り戻している。大丈夫かと思うくらい跳ねるバスの窓からは、浮雲に紛れてなんというかもわからない鳥たちが列を成して飛んでいるのが見える。
優汰、きっともう会うことはないでしょうね。でも私、ちゃんと歩いていけるわ、貴方の愛した世界を。
スピードを上げるバスの窓枠の外に追いやられていく景色に虹を見つけた。天の国があるとすれば、こんなところなのではないだろうかと疑うくらいに、きれいな景色だった。
「私こそ、ありがとう」
おんぼろバスの窓から入ってくる風は、私の髪を通り抜けて、明日の方向へと吹いていく。


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