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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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友達ではなく、仲良くもなかった

14/12/18 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1750

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 私が小学生の頃に暮らしていたのは、傾きかけた木造アパートだった。
 隣の部屋には、同じクラスのナグモさんが住んでいたけど、特別仲良くはなかった。
 ナグモさんは運動が得意だったけれど、日がな一日サッカーに興じる彼女に、女子の友達はいなかった。女に劣ることを恥じる男子達も、彼女を敬遠した。
 私はいじけた性格で、家でグッピーに餌をやるのだけが楽しみというインドア派であり、また生まれつきの近眼で眼鏡をかけていた。
 学校ではなぜか『眼鏡=秀才』という認識が蔓延しており、けれど私は特別頭が良いわけでもなかったので、男子から「お前って見かけ倒しだな」と勝手な呆れられ方をしていた。
 そうしたこともあって、私はクラスで随一の卑屈者だった。どんなに嫌なことも、「どうせ私だしな」と捉えることによって、諾々と受け入れられた。掃除当番を押し付けられても、貸した教科書に落書きして返されても、平気だった。
 腐ることもすねることもなく、私はクラスのゴミ捨て場として平和に機能していた。

 六年生の二学期の、ある朝。
 教室で飼っていた五匹の金魚が、水槽の中で皆死んでいた。変な臭いがしたので調べてみると、大量のお酢が水槽へ入れられていた。
 そんなことをして何が楽しいのか、変な人がいるもんだなと思ったけど、クラスの意見は私が犯人だということで既に固まりつつあった。
 驚く私を、一人の男子が、
「魚を殺してみたかったけど、自分のグッピーは嫌だから学校の金魚にしたんだろ」
 と囃した。意味が分からずに絶句したら、
「黙っちまったな。やっぱり犯人はお前だ」
 と楽しそうに言った。この人は狂っているのか真面目なのかと戦慄したけど、どうも狂ってもいなければ真面目でもないようだった。
 結局、罪を着せても面倒の無い私を犯人にして落ち着こう――ということらしく、女子達からも、
『いつものノリで一つ頼むね』
 という無言の圧力を感じた。
 冗談ではなかった。やってもいないことの濡れ衣を着せられるのは、ごめんだった。
 私はさすがにここは頑張って、はっきりと自分の無罪を主張した。けれどさっきと同じ男子に、
「逆ギレかよ、こえーよ犯人」
 と笑われただけで心が折れた。何が逆なのかは、分からなかった。
 結局クラスの中では私が犯人として扱われたまま、その日の授業は終わった。
 帰り道、よろよろと下校する私に、珍しくナグモさんが声をかけて来た。
 ナグモさんは、サッカーをしようと言って私を空地へ連行した。
 二人で、無言でボールを蹴った。
 蹴りながら、色んなことを考えた。
 今日のことは、結局これまでの自分が招いたことだ。分かっている。
 全部自分の責任だと、納得できる。
 私が悪い。悪くて情けない。その通り。
 だから、受け入れるしかない。自分一人で。
 やがて私の眼球が涙で溺れ出し、ボールが見えなくなったので、サッカーは終わった。
 家の近くの自販機で、ナグモさんが紙カップのコーヒーを買ってくれた。初めてのコーヒーは熱過ぎ、苦過ぎ、理解不能の飲み物だった。
 ナグモさんは自分のコーヒーを、ごくごくと飲んだ。
 そして、私が何とか私の分を飲み干すまで、彼女は静かに隣にいてくれた。

 翌朝、隣のクラスの目撃者の証言により、例の男子がふざけて水槽にお酢を入れていたことが発覚したけど、私はそれどころじゃなかった。
 先生が、ナグモさんは転校して、今日からは学校に来ないと発表したためだった。
 友達ではない。仲良くもない。それでも私は、学校を飛び出した。
 家に着いて隣の部屋を見ると、表札はそのままだったけど、人の気配は消えていた。なぜ突然転校したのか、転校先はどこなのか、その後も誰も教えてくれなかった。
 ふと見ると、うちの郵便受けの上に、白いコーヒーマグが置いてあった。手に取って見たら、それは明らかに新品だった。
 誰が置いたのか、すぐに分かった。
 一人であんな苦いものは飲めないよ、と言いたいのに、もうそこには誰もいなかった。

 成人してからようやく見るようになったニュース番組では、異常犯罪の犯人達が、流れては消えて行く。
 その生い立ちは悲劇的だけどありふれていて、私のそれと大差なかった。
 それならもしあの時、隣の部屋に住んでいるのが違う人だったら、私は遠からず壊れてしまって、今頃画面のあちら側にいたのかもしれないな……、と時々思う。
 今では私は、煙草も吸うし、お酒も飲む。
 でもストレートコーヒーだけは何となく苦手で、山ほどミルクを入れてしまう。
 これは恐らくあなたのせいだよ――と恨めしく見つめる脳裡では、二人の少女が紙のカップを傾けている。

 私は多分、結婚しても子供を産んでも、死ぬまで寂しい。
 それでもこの二人の少女は、私が死んでも壊れない。


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このストーリーに関するコメント

14/12/19 夏日 純希

異常犯罪者と、健常者の境界ってどこからなんだろうって思います。
異常犯罪者の心で、犯罪を犯さなければ健常者でしょうか。
健常者の心で、異常犯罪を犯してしまえば異常犯罪者でしょうか。

このデジタルな境界はなかなか永遠の課題感がありますね。

ナグモさんがほぼ何も話していないのに、背中で語っているような。
今回も流石クナリさんだなと思いました。

14/12/20 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

犯罪者になるべくしてなった人なんていないのかもしれませんね。生まれた時は、みな純粋で無垢だったはず、知識や環境、あるいはその他の要因が加わって育つのでしょう。その要因に友人の力は大きいと私も思います。
寂しいけれど、たとえ死ぬまで寂しいとしえても、壊れない少女の絆、ラストの文が深く胸に迫りました。
こういう被害者にならされてしまう人、案外いるものです。悔しさよりも、諦めが先立つ、生きるすべとして成り立ってしまったのでしょうか、とても悲しいですね。ある種人間学のようで面白かったです。

14/12/25 クナリ

夏日純希さん>
ふ、深いコメントを書いていただいているじゃありませんか…ッ、後者のほうがせっつなー!
もうね、これだけでドラマですよね…感性を見せ付けてくださいますね。
法律と、そうでないもの。裁きの基準と、心の境界。極限的な状況を迎えたときは、正解なんてないまま、覚悟だけは決めて行動しなければならなかったり。生きていくのは大変です。
ナグモさんは、「」でのせりふは一切なしでいかせていただきました。
以外に、しゃべらせないほうが登場人物の人物造形がやりやすかったりして、意外な発見でした。

草藍さん>
ありがとうございます。
後天的に否応なくそなわって「しまう」もの、そのレールから逃れて生きていける人間はたぶんいませんよね。
そして、境遇や地域はもちろんですが、どんな人と出会うかで人生って大きく流れが決まっていく気がします。劇的なものでなくても、小さな印象の積み重ねが、人々の人生観を作っていくのでしょう。
基本的に換えのきかない肉親と違って、友達というのは、なにかしら付き合い方や出会い方そのものにも自分の意志をあるていど反映させられるわけで、そういう意味でとても重大な人間関係ですよね。
あきらめることが生きる術、というのは、社会の構成員のほとんどがある程度強いられていることでしょうけども、そうした思いをする年齢や状況が、あまり幼い子供のうちに極端な形で降りかかってこなければいいのですけど…。

15/01/13 光石七

小学生の人間関係がめちゃくちゃリアルですね。
主人公とナグモさんの無言のサッカー、紙カップのコーヒーも素晴らしい。
人間は皆どこか寂しさを抱えているものだと私は思っていますが、それでも大切な出会いや絆があるから生きていけるのかもしれません。
素晴らしい作品でした。

15/01/16 クナリ

光石七さん>
ありがとうございます。
人間の内面を描くのが上手い方、巻き込まれるような展開を作り出すのが上手い方、様々な個性がありますが、
自分の個性は「非リア充を書かせたらなかなかのもの」だと思っています。
リアルとは嬉しいお言葉です。
ナグモさんなりの誠意は不器用ですが、それをくみ取れるようであれば主人公も最悪の状態ではないのでしょう。
誠意と善意の連鎖が、非可逆的な重力で地の底に落ちて行く世界のを食い止められる世の中だといいのですが…。

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