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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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黄金色の町

12/07/09 コンテスト(テーマ):第十回 時空モノガタリ文学賞【 自転車 】 コメント:2件 汐月夜空 閲覧数:2732

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 ――お前みたいに良い自転車に乗るとやっぱり気持ちいいのか、って?
 そりゃ違えよ。別にオレは自転車本体にこだわりがあるわけじゃねえんだ。
 オレはただ、遠くに行きたいから自転車に乗るんだ。
 遠くに行きたいなら自動車があるだろって?
 はっ、あんた、分かっちゃいねえな。自転車だから良いんだよ。
 ペダルの一漕ぎ一漕ぎが、前への推進力となる充実感。
 後ろを振り返って遠ざかった景色の分だけ、確実に前に進んでいるのを感じる、そういうなんつうか、ヒトが感じる達成感ってやつはやっぱり、移動距離だけ足を動かさなきゃ駄目なんだよ。
 だから、サイクリングで山や海に出かけるのは最高さ。
 急な坂や、狭い橋なんかは迫る体力の限界や自動車の恐怖で大変だけど。
 潮の香り、森の匂いなんかで嗅覚を刺激されてよ。
 そんで、呼びかけあうウミネコや乱反射する蝉の大合唱に耳を傾けるとな。
 ……うめえんだよ。
 かみさんの握ってくれた握り飯や、水筒の中でカランと氷を鳴らす水がよ。
 もぉう……っ! この世のものとは思えねえくらいにうめえんだ!
 どうだい、お前さんもサイクリング、始めてみたらどうだ?
 ちったあその醜いビール腹も引っ込むんじゃねえかと思うぞ。
 ガッハッハッハ!


 以上が、わずか三日前に、もう三十年くらいの付き合いになる友達との会話だ。
 会話って言うか、ただひたすらにかみさんののろけ話と自転車自慢の話をされただけ……、って、いや、そもそもお前、まだサイクリング始めてから半年も経ってない癖に何でそんなに熱弁してんだよ、ってかなり冷めた調子で聞いていたはずだし、いや、もっと言えば最後の一言は余計だし、そのガサツな笑い声は失礼だろう、と図星をつかれて頭にきたはずなんだけど。

 ……なんでだろうなあ?

 なんで俺、新しい自転車買ってしまってるんだ?
 しかも薄給稼ぎの身分でちょうど半年分の昼食代に当たる大枚はたいてるし。
 気づけばいつの間にか、このルートが熱い! とか書いてある地図までもらってるし。
 ……つくづく押しに弱いんだな、自分。
 と、反省しつつ。ま、良いか、と切り替えた。
 間違いなくこの切り替えの仕方こそ、押しに弱い原因なのだろうと思ったがそこは気にしないで、ヘルメットを被った。とりあえず、新しく買った自転車の性能と、オススメされているルートの真価を知るために一回走ってみようと思い立ったのだった。
 オススメされているルートは朝の5時推奨と書かれているので、現在時刻は余裕を持って朝の4時半だ。西の空がやや明るいかもという、ほぼ夜の時刻のため、瞼が絶賛落下中。頬をはたいて気合を入れて、サッとサドルに跨った。
 慣れない調子で担いだリュックの中で、水筒の中の氷がカランコロンと音を立てた。妻はまだ寝ているので自分で塩握りと水筒を用意したのだ。食べるのが今から楽しみだ。あいつ、無駄に食事について語るのがうまかったからな。まったく、中学校から変わらずに食いしん坊なやつだ。
 とにかく気持ちを切り替えて、いざ……! と、意気込んでペダルを踏み込むと驚くほど滑らかに自転車が進みだした。
「……へえ、これはすごいな!」
 思わず感嘆の声を上げて、さらに確かめるように二度三度ペダルを踏み込む。
 たちまちスピードを上げていく自転車。
 うん、これなら楽に行けそうだ。頭の中に記憶した地図をなぞりながら、俺は軽快に足を動かしていく。しばらく怠けていた足に血液が音を立てていきわたっていくのを感じた。すぐにそれに合わせるように身体全体から汗が滝のように流れてくる。うん、これは確かに痩せそうだ。
 財布の痛手分の価値はあったな、と早くも感じ始めていたところで丘を上る坂道に差し掛かる。流石にきつかったが、これもこの変速機能つきの自転車には敵ではなかった。ぐんぐんと高度を増して、あっというまに目的地の頂上に着いた。
「……ここ、か?」
 地図にはここが食事どころと書いてあった。しかし、辺りにベンチがあるわけでもない。あくまで道路なのに、なんで?
 疑問に思っていると、突然差し込んできた光が目を焼いた。思わず左手で目をかばいながら、それでも前方を見て、その理由がすぐに分かった。
 ――さあああああ。
「おおおおおっ!」
 そこに現れたのはまるで一枚の絵のような光景だった。
 朝特有の薄い霧に覆われた町中を、黄金色の光が包み込んでいく。
 それは確かに、自動車では見ることの出来ない優しい風景だ。
 俺はどっかりと地面に腰を下ろして、リュックから塩握りと水筒を取り出した。風景に見蕩れたままに塩握りを口いっぱいに頬張って水を流し込む。


「うぅん、うまいっ!」
 朝の優しい黄金色の町を見ながら食べる塩握りは、思わず吼えるような声をあげるほどに絶品だった。


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このストーリーに関するコメント

12/07/09 汐月夜空

リビド・アナキリさん
コメントありがとうございます。嬉しいです!
改めて読み返してみると、人物の一人称や三人称が変わってたりして未熟さを思い知らされる作品となりましたが、シンプルさは伝わっていたみたいでよかったです。
モノガタリ性が弱い作品ではありますが、独特の味を感じていただけたようで嬉しい限りです。

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