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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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くもり時々雪そして涙

14/12/09 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:933

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兄さんへ

 突然の手紙を送って申し訳ありません。兄さんが父さんと喧嘩をして家を飛び出したのは、ちょうど20年前の雪がパラパラと舞う寒い夜のことでしたね。10年前に父さんが死んだ時も、こうして手紙を出して知らせましたが、兄さんは葬式にも顔を出さず音沙汰なしでした。
 母さんは兄さんの事をとても心配していました。俺が兄さんの居所を父さんが亡くなる前年に探しだし、母さんに言うと、母さんは会いに行くのは止めなさいと言いました。なぜだか分かりますか? 理由は兄さんの性格を誰よりも分かっているからです。もし俺が兄さんの居所に会いに行ったら、きっと兄さんは激怒して骨肉の争いがさらに激しくなるだろうと母さんは思ったからこそ、俺が会いに行くのを止めたのです。
 この度、兄さんに手紙を送ったのは母さんの老衰が日に日に衰えているからです。医師からは、もうそろそろだろうと言われています。
 母さんは今、自宅からほど近い老人介護ホームに入所しています。もう痴呆症も酷く、自分が誰なのかさへ分からない程に病状が進行しています。当然、俺のことも息子だと分かっていません。
 先日、母さんの見舞い行ったら、突然のことでしたが「昭夫」と天井を見つめながら言ったのです。俺は聞き間違えたのかと思い「何て言ったの?」と尋ねましたが、兄さんの名前が再度、口に出ることはありませんでした。きっと、母さんはボケても兄さんのことだけは心の中でいまだに案じているのだと思います。

 兄さんは俺にも会いたくないならそれで構いませんが、弟の頼みとして一度でいいから母さんのいる老人介護ホームに、会いに行ってもらえないでしょうか。
 どうか、俺の頼みを聞き入れてくれることを願いたいと思います。
2013年 12月19日  正孝

青柳昭夫は20年振りに故郷の土を踏んだ。九州から故郷の栃木県佐野市まで高速バスで15時間を要した。
もうこの地に来ることは無いと思っていただけに、複雑な心境だった。このまま母に会わずに自宅のある九州に帰ろうかとさへ頭をよぎる。でも足が勝手に母に会いに行こうと老人介護ホームに向かわせた。
正面入り口から中に入り、受付で母の部屋番号を聞いた。
母のいる部屋のドアを開けようとしてノブを掴んだまま、なかなか開けられずにいた。いったい、なんて声を掛けて再会したらいいのかと思ったからだった。
「こんにちは」後ろから声を掛けられ振り向くと、老女を車椅子に乗せている介護士だった。
「あのう……、見舞いに来ました」
「どなたのお見舞いですか?」
「母……、青柳菊江の見舞いです」
「あら、菊江さん、どなたかお見舞いに来られましたよ」介護士は車椅子の老女に話しかけた。
「母さん? 母さんなのかい? 俺だよ昭夫だよ!」
車椅子に乗った老女は、昭夫の目を何も考えていない目で見つめた。
女性介護士が言った。「菊江さん、息子さんですか?」
菊江は間延びした言葉で「知らない」と言った。
「母さん、息子の昭夫だよ! 思い出してくれよ!」昭夫は廊下にひざまずき、車椅子の菊江の両膝に手を置いて泣いた。
「母さん、ごめんよ。ごめんよ。俺は親不孝だから20年間も音沙汰なしで。本当は死んだ父さんと母さんに会いたかったんだ。でも俺の頑固な性格がそれを許さなかった。母さん、これから俺、毎週見舞いに来るし、親孝行もするから、だから俺のことを思いだしてくれよ、頼む!」
女性介護士が小走りで向こうに消えた。しばらくして息を切らせながら戻って来て、茶封筒を昭夫に渡した。
「2年前に、菊江さんから長男がもし見舞いに来たら渡してくれと預かっていました」


昭夫へ
この手紙を昭夫が読んでくれたらと思い、綴りました。
母さんは最近、物忘れが酷くて、人の名前もどんどん忘れてしまっています。医師に相談したところ、痴呆症の初期だと診断されました。きっと、あと数年もしたら、大切な息子達の名前すら忘れてしまっているかもしれません。そうなる前に昭夫に伝えておきたいことがあります。
父さんは生前、昭夫に謝りたくて九州に会いに行きました。昭夫が働く姿を遠目で見ただけで、黙って帰って来てしまいました。母さんが父さんに、なぜ直接会って口をきかなかったのかと責めると、父さんは涙を流しながら黙っていました。
昭夫、父さんがなぜ18年前に昭夫の結婚に反対したかと言うと、相手の女性には別の男との間に子供がいたからです。その子供を養護施設に預けて知らんぷりしていることを知人から聞いて知っていたからこそ、父さんと母さんは結婚を反対したのです。
どうか、父さんと母さんをお許しください。   
                    菊江 2011年7月28日

昭夫は九州へ向かう高速夜行バスの中で、声を殺して泣いた。涙はズボンに大きなシミをつくった。


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