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幸田 玲さん

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廻るとき

14/12/01 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:1件 幸田 玲 閲覧数:1269

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渋谷にある単身者用マンションに住んで、ちょうど一年が過ぎた。
昨年の三月、転勤の辞令を受取った僕は、大阪から東京本社の勤務になった。
休日の土曜日の午後、パソコンに保存していた写真の整理をしていると、数枚の画像が目に留まった。
それは茉莉との思い出の写真で、二年前の旅行で撮ったものだ。
岸から写したスペイン風建物のリゾート・ホテルが、パソコンの画面に映っている。
彼女の誕生日に泊まった白い建物のホテルは、海辺の丘に建っていて、庭園が岸まで続いていた。
白い塗り壁の建物は、七月中旬の澄み切った青空に嵌まっている。外部の共用通路は大判のテラコッタタイルが敷き詰められ、テラス風の佇まいがある。通路にばらけた人の姿が映っていた。
庭園の円形の大きなプールには、家族連れやカップルの戯れる姿があった。緑色のパラソル付きの白い円形テーブルが点在し、白い椅子に宿泊者が座っている。のどかな光景が目に映る。
凝視していると、その時の記憶が鮮明に浮かんでくる。
大きな水玉模様のワンピース姿の茉莉は、三階のバルコニーから海を眺めていた。ロート・アイアンの手摺に身体を預けながら、夕暮れ時の海の風景をみつめている。
潮風が吹いて、白いレースのカーテンが揺れた。すると茉莉は、肩にかかっている髪を軽く押さえ、まぶしそうに目を細めた。
部屋のベルベット調の赤いソファに座っていた僕は、バルコニーに居る茉莉の仕草や、横顔をしげしげとみていた。
宿泊した広い部屋にはセミダブルベッドがふたつと、二人掛け用の赤いソファ。そして五十インチのテレビがあり、白い壁に一点のリトグラフが掛っている。
情景が瞼に焼き付くほど、鮮明な記憶として蘇ってくる。もう二度と味わうことのない、甘美な、ときの夏は廻った。

 東京に赴任する一週間前の土曜日、茉莉は僕のマンションに泊まった。今でも、鮮明に茉莉と過ごした日のことは憶えている。
 白いカーテンの切れ目から朝の陽射しがベッドに差し込み、眩しくて目覚めたことを憶えている。直ぐに起き上がることができないほど、 目覚めの悪い日曜日の朝だった。横たわったまま、しばらく彼女の動作をみていた。
 朝食の用意をしている茉莉の背中に目が留まった。ジーパンにロゴの入った白いTシャツ姿だった。
 憂鬱な気分が僕を支配していて、しばらくベッドから抜け出すことが出来なかった。
 昨夜、抱き合った後、ベッドの中で話し合った。
 そのとき、茉莉は「東京には住めない」と言った。茉莉は憂いを含んだ瞳で僕をみつめ、軽い吐息を漏らした。
 茉莉の尖った顎、細い首筋から見慣れた胸元をみつめると、何も言えなくなった。胸のあたりを覆う黒髪は、ときおり揺れることがあった。
 僕は黙ってベッドで煙草を吸い、彼女からの返事を待った。
 大阪で広告代理店に勤めている茉莉は、その会社を辞めて、新たな勤め先を探す意思はなかった。僕もプロホーズできる状況でもなく、ふたりの将来設計を語るわけでもなく、ただ、「東京で一緒に住まないか」と言っただけだ。
 茉莉は母親を一人残して、東京に住むことが不安だったのだろうか。
 日曜日の午前中、部屋にいる彼女の姿を限りないほどデジタルカメラに収めた。それは、逢いたい時に逢えなくなると思い、彼女の姿や表情を出来るだけ多く写し取りたかったからだ。
 茉莉は、朝食にベーグルサンドを作ってくれた。ベーグルを横半分に切り、レタスときゅうり。そして、カリカリに焼いたベーコンとチーズの具材にトマトソースをかけて、挟み込んだものだ。
 テーブルには珈琲とミルクが載せられ、僕は珈琲を飲み、茉莉はミルクを飲んだ。夏でも、茉莉はホットミルクを愛飲する。白いカップを両手で包み込むようにして飲む。
 そんなしぐさが、とても好きだった。
 昨夜の話し合いが尾を引いているのか、会話は弾まなかった。
 茉莉は夕方まで、引越しの荷造りを手伝ってくれた。長い時間、一緒に過ごしたはずなのに、お互い、普段より会話が少なかったように思う。語りかけても、すぐに途切れてしまうのだ。
 茉莉は部屋から出て別れの挨拶を交わしたとき、潤んだまなざしを向けて、気落ちした表情を浮かべた。
「東京で住むことは考えてみる」と言って、茉莉は僕から離れて行った。
 東京に赴任してから、何度も夜行バスで行き交いを繰り返したが、やがて電話やメールを打つ回数も減り、半年が過ぎると、茉莉は夜行バスで東京に来ることもなくなった。
 そしていつの間にか連絡が途絶え、茉莉と会えなくなった。
 ホテルの部屋のバルコニーに佇んでいる茉莉が、笑顔を向けている画面が映っている。
 茉莉の表情をみつめながら、写真を整理するかどうか迷ったが、削除することなく電源のスイッチを切った。


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このストーリーに関するコメント

14/12/01 幸田 玲

前半から中盤の改行が上手くいきませんでした。何度も手直しをしたのですが上手くいかず、読みづらい文面で申し訳ございません。
よろしくお願い致します。

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