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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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フレアスカートと花の死体

14/12/01 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1885

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 十月の夜、制服から着替えて外に出た。
 素足にスカートではもう肌寒い。高校に入って最初の冬が、迫っている。

 夜の散歩は、すっかり習慣になっていた。
 先月飛び降り自殺があった歩道橋を上がると、真ん中辺りに花束が置いてある。
 そのすぐ脇で、高校生らしい女子が、今にも落ちそうなくらい乗り出して下を見ていた。
 つい、
「あのう、危ないですよ」
 と声をかける。
 彼女はこちらを見て、きょとんとしてから、くっくと笑った。
「飛び降りないよ。これから彼氏とやるんだもん」
「……そうですか。彼氏、学校の人?」
 何となく呑まれて、そんなことを訊く。すると彼女は身を翻し、
「父親」
 と言って、歩道橋を降りて行った。

 翌日の下校中、彼女と街中で、思いがけず再会した。ただ、彼女はこちらが制服姿のせいか、気付かなかったみたいだった。
 すぐ横をすれ違い様、彼女の目元口元に、昨日は無かった濃い痣が見えた。
 自分でも経験があったので、直感した。
 それは無抵抗で受けた、無遠慮な暴力の痕だった。

 その日の夜、同じ歩道橋に彼女はいた。
「あ、また来た」
「昨夜の話、本当ですか。なぜ?」
「通報する?」
「嫌ならしません」
 彼女は、また笑った。
「私が、父親を好きだから。純粋でしょ」
「……ご両親は何て?」
「私の父親はね、先月ここで死んだ母親のことが今も好きなわけ。私に子供産ませて、もう一度母親の遺伝子と出会いたいって言うの。頭おかしいよね。私は、……似なかったから」
 月を雲が遮って、彼女の顔が闇に隠れた。
 風が強い。お互いのスカートがはためく音が響く。
「私は身代わりにもなれてないのに、どっかで喜んでんの。変だよね。あんた私を、変態って言ってよ。ね……」
 最初の印象よりも、彼女はずっと不安定だった。
 月がまた出た。
 彼女は、泣き崩れそうな顔に変わっていた。
 それは、鏡の中でよく見る表情だった。
「あなたはまともだから、……変にもなる」
 言い聞かせるような言い方。
「私が、正常?」
「お父さんが奥さんを失くしたように、あなたも何かを失くしてるんだと思う。正常だから、辛くて――」
 その時彼女の背後に、歩道橋を上がって来た男の人が見えた。
 彼女は男に振り向き、意を決したように言った。
「父さん、私、」
 男が、彼女の頬を平手で叩く。後姿の彼女は震え声で続けた。
「もう父さんとは、何もしない」
 また男が手を上げたので、慌てて二人の間に入る。
「やめて下――」
 言葉の途中で、拳がこっちに飛んで来て、頬を打たれた。
「やめてよ、友達だよ」
 彼女が、泣き声で叫ぶ。男は、
「友達……?」
 と呻いた。そして数秒間黙ってから、
「今日は、外に泊る」
 と言って、歩道橋から降りて行った。
「あんた平気? ごめん……」
「いや、お父さんも驚いただろうし。それに分かってくれたよ、きっと」
 彼女は僕のスカートの裾をつまんで、泣き顔で笑った。
「私最初、この人も変態だなって思ったから気を許したんだ」
 僕だって、あんなにも思いつめた人の顔を見たのは、自分以外では初めてだった。

「まずいって、部屋に二人きりは。僕は別に同性愛者じゃないんだよ」
 畳部屋一間だけの彼女のアパートで、僕は女装のまま手当てを受けていた。
「信用してるよ。はい終わった」
 そして、一組の布団の中で、僕らはただ抱き合った。
 お互いに欲望は昂ぶらせていたけど、服も脱がない。
 それは僕らの、切り札のような意志だった。
 二人とも、何かが足りなくて、もがいてる。その空虚を手近な温もりで埋めようとすれば、益々大きくなる欠損の中で溺れてしまう。彼女が、そうなりかけたように。
 僕と彼女は、似ているけれど、違う形。
 だから、隣で寄り添える。
 決して、埋め合ったりせずに。

 夜明け前。
 彼女は枕の上で、
「スカート、皺ンなるよ」
 と悪戯っぽく言ってから、真顔になった。
「私、いつか子供産んだら普通に育てられるのかな。虐待なんてしたら、どうしよう」
 そして、うつむいて泣き出す。
 持ち直して、泣いて。これがずっと続くのだろう。
「そうしたら、僕が子供をあなたから守るよ」
 産まれてから今までに、どこかで失くしたもの。そのせいで『普通』になり損ねた僕ら。
 少しすると、彼女は泣きやんだ。
「……あんた、何で女装なんて始めたの」
「一番手っ取り早い変身だから。自分じゃなくなれば、嫌なことも消えると思って」
 でも歪に埋め合わせた今の形は、やっぱり出来損ない。

 窓際の花瓶に、針金のような枯れ花が刺さっていた。
 あんな風に、結局はただ枯れて死んで行くけれど。
 欠けたままもがいてより壊れても、偽物になるよりは良いと、今は思えた。
 窓に、もう陽が差す。


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このストーリーに関するコメント

14/12/02 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

読み終えて巧さに唸りました。さすが、クナリさん、喪失という難題にも拘らず、良い作品に仕上げてきていますね。
二人とも「欠けたままもがいてより壊れても、偽物になるよりは良い」のでしょう。喪失、失ったものは大き過ぎたのでしょう、それでも、人は生きていく、いや生きていかなくてはいけない──深いところで繋がっているけれども。
何て言ったらよいのか……私の拙い表現力では、うまくコメントできず、自分自身、もどかしいコメントになってしまいました、すみません。

14/12/02 草愛やし美

追伸:「星の砂」第9回・第10回星にて、各々、星の砂審査員特別賞を受賞されたとのこと、大変おめでとうございます。良かったですね、ますます頑張ってください。笑顔

14/12/04 クナリ

草藍さん>
ありがとうございます。
叙述トリック的なものなど入れつつ(^^;)、自分なりに詰め込んでみました。
なんだかんだ、生きて行かなければならないというのが、人生の泣き所ですね。あれをし忘れた、これが足りない、それはもう手に入らないぞ、もうどうしようもない、また怒られた、やれ嫌われた、ほら傷ついた、あれ傷つけられたという人がいる…でも人生は続くのだと。
放っておけないことを放っておかなかったことが、自分の人生を良い方向へ変えるきっかけになってくれればいいのですけども。
星の砂そうなんです、ありがとうございます。やってみるものですいえーい。
ちなみに大賞的な位置づけになる『星の砂賞』を受賞された方も、このサイトで投稿されてる方ですよ〜♪

14/12/05 シンオカコウ

お話を拝読しました。
中盤で語り手の性別がひっくり返る構成に引っかかりました、悔しくも感じつつ……!
『歪に埋め合わせた今の形は、やっぱり出来損ない』という一文が、印象深いお話でした。
希望や明るさを思わせるラストに安心しました。
そして最後になりましたが、受賞おめでとうございます。

14/12/07 クナリ

シンオカコウさん>
叙述トリックとしてはもっともよく見かけるものかもしれませんが、それだけにやってみたくなります(^^;)。<性別
この主人公は生粋の女装好きでもなければ心が女の子というわけでもないので、さぞかし出来の悪い女装だと思われますが…それに
逃避して耽溺せずに、「これは出来そこないだぞ、自分の本質ではないんだぞ」という視点がある間は、精神のバランスを失わないで
済むのかなと思います。
それが明るい道行きに繋がってくれればなあ、と。
よそのサイトのことで申し訳なくも(^^;)、受賞へのお言葉ありがとうございます!

14/12/14 霜月秋介

スカートの描写にまんまと騙されました。
この世に完全な人間などいない。誰でもどこか欠けてるものがあり、それを補って生きていく。人生というのはそういうものなのかもしれませんね。

14/12/14 クナリ

霜月秋介さん>
ストーリーの中にギミックを仕込むのは好きなのですが、なかなかうまくできないので、そう言っていただけてうれしいです。
ほかの人が当たり前にできることを、自分も感覚的には理解できるので、昔は自分も持ち合わせていただろうに、今はできないという喪失感ってつらいなあという自分の非万能感が根底にあって生じた話かもしれません。
本当はなれたのであろう、でももう二度と手の届かない自分への憧憬を抱いたまま、壊れていくことも多いのでしょう。
優しい他人がいてくれると、いいんですけどね。人生を溶け合わせなくても、補ってくれる誰かが…(^^;)。

14/12/23 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

普通になり損ねたことで、二人は互いのことをわかりあえ、
生きづらい世の中は続くけれど、孤独ではないということはきっと心強いのではないかと思います。
みなさんがおっしゃっていますが、スカートの仕掛けが鮮やかでした。
確か以前の作品で、夜、女装するお話、ありましたよね?
(違ってたらごめんなさい)

もしかしたら、普通の人なんかいなくて、普通に見られない怖さの前に
ただ普通に見えるように努力しているだけなのかもしれないって思いました。

「星の砂賞」おめでというございます!

14/12/25 クナリ

そらの珊瑚さん>
そうなのです星の砂、入賞しましたーありがとうございますやってみるものです。
この、「孤独でなくなることによる再生」って自分の中で中枢的なテーマなので、クナリの書く話ではよく見られる素材なのですが、ワンパターンにならないようにやっていければと思います。
夜女装する話…、ありましたっけ、自分で覚えてない(^^;)。
油断するとというか話作りに行き詰ると、鬱屈するせいか変態ばかり頭の中に登場してきて困るのですが、ほどほどにしなければ…。
叙述トリックふうに、スカートはやってみました。これだけでなくもっと仕掛けの多い話を書いてみたいのですが、文才が…ッ。
普通であろうとして自らを戒めているのは、けっこう誰でもあるかもしれませんねー。誰も見てなければ、見境なくいろんなことやっちゃうだろうし(←お前はな)。

14/12/31 光石七

途中まで、語り手は女の子だと思い込んでました。やられた……ッ!
お互いにどこか欠けてて、寄り添ってもきちんと埋め合えるわけでもないけれど、それでもこの二人の出会いが良かったと思える。
クナリさんは思春期の少年少女が抱える傷や歪さを描くのが本当に上手いですね。
クナリさんらしい、喪失と微かな再生が感じられるお話でした。

15/01/04 クナリ

光石さん>
ありがとうございます。
ええ、叙述トリックには肯定的なクナリゆえ、自分でもやるのでありますッ! わーい(わーい?)<スカート
作中で何かを失うのではなく、話が始まった時点で「既に喪失している」状態の二人ですが、しかも具体的に何をどう喪失しているのかも分からない二人なのですが、それでも自己肯定は可能なのだ…と思いたいですね。
ばっちりお互いの形を埋めあえる状態だと依存状態に用意に落ち込みかねないので、こやつらはお互いに距離を保ち続けるような気がしますが、まあ変な人たちなので大変そうです(^^;)。

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