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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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ガロの死

14/12/01 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:14件 草愛やし美 閲覧数:3550

時空モノガタリからの選評

犬の死という言わば平凡な出来事から、これほど活き活きと血の通った話が生み出されることに驚きました。昭和三十年代という時代の、柔らかで優しい空気感が伝わってきて、200字の中に“人間の良き部分“とでも言うべきものが凝縮されているような印象がありました。きっと関西弁の持つ響きもそれに一役買っているのでしょう。人間と人間との距離感、人間と動物の距離感も、今とはかなり異なる時代だったのだなあ、と感慨深いものがあります。夜空を見上げるラストシーンの美しさが印象的でした。

時空モノガタリK

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 昭和三十年代、人々は貧しく食べるために必死になって働いていた、そんな時代の話です。

 我が家ではずっと番犬として犬を飼っていた。一番印象に残っている犬は、雑種だが洋犬のようにふわふわした薄茶色の毛並をした『ガロ』という犬だった。大衆食堂に加え近所の工場へ給食を提供していた我が家では、残飯が出るので犬の餌には困らない。ガロは小柄なのに、毎日、残飯が入ったバケツに頭を突っ込んで食べるという大食漢で、見ているだけでも楽しい犬だった。時々、姉と一緒に、ガロを熊に見立てたアイヌ村遊びというごっこ遊びをした。アイヌの踊りだと称し犬の周りを踊るだけなのだが、玩具の少なかった時代に工夫して楽しく遊んでいた。人懐こく番犬にはならない駄目犬だったが遊び相手として最高に可愛い犬だった。『ガロ』という名前はすぐ上の姉が貰ってきてすぐに名付けた。姉は大変な犬好きで、たぶん犬の生まれ変わりだろうと思える人。ガロには、苗字がバン、名前がガロ、バンガローというのが正式名だと話す。その言葉に私は驚き感心したものだった。
 ◇
「なんかこの頃、ガロ元気ないなぁ。餌あんまり食べてへん」
 愛犬ガロに元気がない。私たち姉妹が心配している間に日毎、ガロは弱っていった。ずっと裏庭に繋いでいたガロを、丸い卓袱台のある一畳ほどの板間の上り口の傍に移し、ダンボール箱に毛布を敷いて寝かせる。
「ここやったら暖かいでぇ、ガロ。それにうちらのすぐ傍やで」
 安心したのかガロは目を閉じて静かに眠っている。座卓で食事も勉強もしていたので、その場所ならいつもガロの様子を見てやることができる。
「ガロ大丈夫か? 苦しいんか?」
 呼ぶと力がないのに精一杯立ち上がって尻尾を振ろうとする。
「ガロえぇんよ、寝ておき、尻尾振らんでえぇから」
 そう言って頭を撫ぜると安心したのか体を丸めて蹲る。だけど目だけはしっかり開けていて上目使いにすまなさそうな顔をする。
「気にせんでえぇってガロ。ゆっくり休み、しんどいのやなぁ、よしよし」
 姉妹みんなで頭を撫ぜてやるとスーと目を細めて頭を体のほうに横たえる。餌をやっても次第に食べなくなりどんどん弱っていった。ガロが我が家に来てもう随分と年月が経っていた。毎日裏庭に行くとそこにガロがいて可愛い顔で尻尾を振る姿が当たり前だと思っていた。散歩にいくために鎖をガチャガチャいわせると喜んでクルクルその場を回り出す。それ行け! のかけ声で表に走り出していく。高瀬川にも連れて行った。時々飛び立つバッタを追いかけて走り出したりと散歩も楽しかった。バケツ丸ごとの餌を凄い勢いであっという間に平らげていたガロ。年なのかそういえば最近は残すようになっていたなぁ。前は全部食べていたのに沢庵嫌いで沢庵だけ残していたが、それも愛嬌だった。人間も余程のことがなければ医者にかからず売薬で済ませていた医療費の高い時代、獣医にかけるなど考えもしなかった。私たちは毎日学校から帰ると一番にガロのところに行く。
「ガロただいま〜、具合どないやぁ? しんどそうやなぁ、頑張りな」
 目を閉じていたガロは私の声に耳をピクリと動かして薄目を開けて私を見上げる。もう尻尾を振る力もないようだ。ごめんな、ガロ。頭を撫ぜてやるしか出来ない私を許してな。
 ◇
ある日下校した私を厨房にいる母が呼んだ。
「ガロ、たぶん今夜辺りが危ない思うねん。これをガロの口に当ててやり」
 母が手渡したものは水で湿らせた脱脂綿だった。
「末期の水っていうて誰でも死ぬ時は水が欲しいそうや。死者が渇きに苦しまへんように、仏さんのいるあの世に行く前に飲ませてあげような。きっと天国行けるからな」
 母も泣きそうな顔をしている。私は綺麗な脱脂綿を手にガロの箱のところに行った。
ガロはもう目をしっかり閉じてピクリとも動かない。私は目頭が熱くなって涙が溢れてきた。涙で滲む目でガロの口元を脱脂綿の水で濡らしてやる。
「ガロ、これなお水やでぇ。遊んでくれてありがとうな。うち忘れへんからな、天国行きや。ガロ、ガロありがとう、ありがとぅ……」
 もうあとは言葉にならない。涙が後から後から出てきて止まらない。姉たちも帰ってきて順に綺麗な脱脂綿で末期の水をやった。ガロはかすかに息をしていてお腹のところが僅かだが上下していた。夕飯を食べる時間になってもみんな心配で食が進まない。その夜八時頃、ガロは静かに息を引き取った。まだ生きているように暖かいガロの体を撫ぜ、お別れを言う。涙が止まらない私は一人裏庭に出て暗い夜空を見上げた。流れた涙が伝り冬の冷気に当たり頬も首も冷たい。真冬の夜空は高く澄んでいて星が綺麗だった。「ガロ、ガロ……」 名前を呼ぶだけで何も言えない。アイヌ村遊びで木箱を飛び越えていた元気なガロの姿を夜空に描く。私はいつまでも空を見上げ佇んでいた。


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このストーリーに関するコメント

14/12/01 泡沫恋歌

草藍 様、拝読しました。

可愛い愛犬との別れが切なくて涙が流れるお話ですね。
きっと、お星さまになったガロが尻尾をフリフリ天から見ていますよ。

ペットも家族と同じ、一緒に遊んだ記憶は永遠です。

14/12/01 クナリ

姉などはモルモットだのウサギだのハムスターだの猫だのといろいろ動物を飼っていたのですが自分は面倒を見る自信のなさゆえにほとんど自分で飼うということはなく、なのでこの作品の本質的な情動を感じることはできていないのでしょうけども。
エッセイのようなシンプルな書かれ方でありながら、大人と子供の対比、異なる生物との接し方、今と昔、残り続ける思い出…とさまざまなファクタがちりばめられ、小説としての完成度の高さに驚きました。
特に、後半でお母さんが脱脂綿を出すシーンで一気に転換が起こりますね。
それまで緩慢に先送りにしていた死と、はっきりと向き合う瞬間。
日常を共有した家族との別れ、目頭が熱くなります…。

14/12/01 光石七

拝読しました。
子供心に、いえ、子供だからこそ悲しみは鮮烈でしょうね。
主人公にとって、初めての身近な者の死だったのではないかと推察します。
主人公とガロの関係とか、脱脂綿を渡してくれたお母さんとか、この時代の空気の温かさを感じました。
そういう中だからこそ、純粋に悲しさが引き立つのだと思います。
……ヤバい、私も泣きそう。
きっとガロは今も天国から見守ってくれていると思います。

14/12/02 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

私も子供の頃、犬を飼ってましたが、今のようなドッグフードなどでなく
味噌汁かけご飯とか、人間の食べ残しを食べてましたね。
写真は在りし日のガロちゃんですか? 昭和の犬の面構え、カワイイですね。
ペットはお別れの時が辛いです。
でも大切に看取られた逝ったガロちゃんは幸せであったと思います。

14/12/03 滝沢朱音

草藍さんこんばんは。
わんことの別れ、切ないですね。末期の水にじーんときました。

ガロちゃんはみんなに見守られながら、幸せだったでしょうね。
うちのわんこは母が一人だけのときに逝ってしまったので、今でも悔やんでいます。
私も最期にお水を上げて、しっかり見送ってやりたかったなあ…

14/12/06 黒糖ロール

愛犬との別れは、ほんと辛いですよね。
ペットの人生?は、飼い主次第だなーとしみじみ考えさせられました(汗)
最後みとってもらえたガロは幸せものですね。

14/12/06 たま

草藍さま、拝読しました。
実は・・お姉さまとおなじ、ぼくも犬だったんです^^
15年、一緒に暮らした犬の名前が「も吉」といって、一冊の詩集が誕生しました。いつか、草藍さんにお会いできたら進呈します。
ガロちゃんの生きた時代は犬も逞しく生きたのかなって思います。懐かしい昭和の犬に出会えてうれしかったです。
今も我が家には犬がいます。ちいさな女の子ですが10歳になったからもうおばちゃんです。犬と一緒にいると詩が書けるのです。ふしぎとそんな気がします。人と犬、互いに足りないところを補い合って生きているのでしょうね、きっと♪

14/12/07 鮎風 遊

昭和物語ですね。
あの時代、子供にとって一番の贅沢は家で犬を飼うことでした。
幸いにも、私も家に一匹いました。
よくプロレスをして、遊んでもらいました。
犬との思い出は消えないものですね。

また昭和物語、読ませてください。

14/12/07 夏日 純希

ペットは先に逝ってしまうしまうからつらいですよね。

私も小さい時に犬を飼いたいと駄々をこねまして、
先に死んじゃうから悲しいけどいいのかと母に問われましたが、
何もわからず、いいと答えて結局許しをもらってやっと飼いました。
母はきっと、僕が何もわかっていないことを見透かしていたように思いますが、
それでも許してくれたのは、きっとこの別れのつらさは、
本当に経験してみないと分からないものだと思ったからなんだと思います。

うちの犬も天国で元気にしてるかなぁ・・・。

14/12/11 草愛やし美

>泡沫恋歌さん、お読みいただき感謝。コメントありがとうございます。
今は、ペットって大切な家族として家の中で飼われていますが、この時代は犬は番犬としての役目で飼われていたものが多かったと思います。
でも、番犬といっても我が家は店をしていたので、表には繋げず、裏庭で飼っていました。母親は生き物全てが苦手な人だったのに、なぜかいつも犬や猫を飼っていたのは、父が好きだったのかな、やはり、子供が喜ぶから飼ってくれていたのかなあと思っています。

>クナリさん、お読みいただきコメント嬉しいです。
お姉さまが生き物好きな方だったのですね、我が家も次女である真ん中の姉は無類の動物好きで、飼っている猫や犬と同化していました。私は、傍観者のようでしたが、この犬だけは遊んだ記憶など鮮明に残っています。それだけ、ガロは深い絆を持たせてくれる犬だったのだろうと思います。
クナリさんのような素晴らしい創作者の方に褒めていただき、舞い上がって宇宙まで飛んでいった気分です。ほんとうにありがたい、創作の励みにします。私は、創作をしていますが、感性だけで書いていまして、大汗 アイディアしかありません。構成はとても下手らしいです──自分ではわかってないのが余計、難です 苦笑──クナリさんのコメントでおお、もしかして、私うまくやったのかと喜んでいます。暗中模索ながら、これからも勉強して頑張りたいです。ありがとうございました。

>光石七さん、嬉しいコメント感謝しています。5年ほど前に、子供時代から、私小説を昭和日記としてライフワークに書いていました。今はお休みしたままになっていますが、記憶が残っている間に書きたいと考えています。かなり、思い出せなくなっていますので、書けるかどうか自信がなくなってきています。そのうち、自分というものの発見をそこでするかもですね。苦笑 
今は亡き母が初めての身近な死に対して、崇高なものを教えてくれたことに感謝しています。それが人でなく犬だったことも、大きいと思っています。この時に、末期の水を知ったことは記憶に鮮明に残りました。

>そらの珊瑚さん、そうそう犬は味噌汁ご飯、猫は鰹節ご飯が相場でしたよねえ。猫は上にかけたかつおだけ食べよくご飯残してました。犬は速攻食べ終わっていました。今は、犬や猫は人間が食べるものは彼らの体にとっては、よくないそうで(塩分過多らしいです)特別に調理したものになっています。ペットフードって高くつきますが、ペットを拾っていた時代と、買う時代では大きな差がありますから、こうなったのでしょうね。人気のあるペットはかなりお高いですものね、いわば宝物です、それに、血統書つきのペットさんは体弱いので、自然そうなりますよね。コメントありがとうございました。

>滝沢朱音さん、わんこちゃんお母さんが看取られたのですか、でも誰もいない時でなかったことは救いかもです。飼っているペットは家族ですから、見送りたいと思いますよね。我が家のガロはたぶん老衰で徐々に弱り亡くなったので、こういうお別れができたのだと思います。でも、意義のある送り方ができ、子供心に悲しいけれど、別れることをしっかり認識でき良かったなあと考えています。コメント励みに頑張りたいです、ありがとうございました。

>黒糖ロールさん、コメントありがとうございます。わんちゃんも猫ちゃんもこの時代はよく捨てられていました。今は買うものですので、大切に育てられると思います。それでも、虐待や捨てられるニュースなど見ますと胸が痛みます。最後まで面倒見られないなら、やはり、飼わないのが一番だと思います。命のあるものはいつか見送らなくていけないのですから、覚悟も必要だと思います。でも言うは易し、やり遂げるのは難しいでしょうねえ。悩

>たまさん、驚きました。たまさんも姉と同じわんちゃんと同化された人だったのですか。詩集も出されたのですか、凄い! ぜひ、読みたいです、よろしくお願いします。『も吉』ちゃんってあの茂吉から名付けられたのでしょうか。詩人さんだからきっとそうなのでしょうね。
ガロはこの時代の犬としてはかなり長生きしてくれたのだと、今になって思います。その頃はそういうこと少しも考えずに生きていました。ペットが先に死ぬものだから、それを熟考して飼うなんて最近になって言われて初めて気づいた私です。子供時代にこういう機会を持てたことは本当に幸せだったとしみじみ思います。 コメントありがたく、また意欲をいただくことができました、ありがとうございました。

>鮎風游さん、贅沢でしたよねえ。人間が食べることにも大変な時代、ペットにまで回せないのが現実でした。我が家は、食堂を生業にしてましたお蔭で、楽しい時間を持て幸せだったと思います。
鮎風さんはプロレスですか、もしかして、四の字固めとかってやりました?いやそれはないか。たぶん空手チョップかなと想像しています。プロレスは流行りましたねえ、我が家はなぜかアイヌ村でした。苦笑 姉の提案だったのですが、北海道どころか隣県にも行ったことなどない私たち姉妹ですのに、なぜ、アイヌだったのか今も謎です。バンガローも私にはまったく関心のないことでしたので、姉の言葉に驚かされました。姉はどこでその知識を得たのかしら、今度聞いてみたいです。コメントありがとうございました。

>夏日純希さん、お読みいただき感謝しています。コメント創作を続けるうえで励みにしています。ありがとうございます。
お母さまちゃんとお子さまである夏日さんに言い含めて飼われたのは偉いですね。ペットを飼うことは世話するうえでどこでもお母さんが一番大変だろうと察していますので。それでも飼うことができた夏日さんは幸せな方だと思います。わんちゃん、きっと天国で駆け回っていますよ。

14/12/12 クナリ

草藍さん、レスの書きすぎで腕つるのと違いますか(^^;)。

こちらであれなのですが、『待ちぼうけの終わる日』へのレビュー
(というかその前にお買い上げ…)ありがとうございました。
大変うれしかったです。。。

14/12/18 ドーナツ

家も、おととし 天国に行った犬がいます。
ペットも家族だものね。
すごく心にジンとくるお話でした。

動物はだいじにしてくれた飼い主に恩返しするというから、きっといつも天国から家族をみまもってるよ。

14/12/25 草愛やし美

>クナリさん、コメント纏めて出す怠けものです。汗 お作、拝読しました、読みごたえがある面白い作品で良かったです。こちらこそ、ご丁寧な返信ありがとうございました。

>ドーナツさん、犬は3日飼うと──云々、昔からよく聞いて育ちました。猫と犬の差は凄いものがあると感心します。犬は、忠犬が似合う動物。いろいろな場面で仕事もしていて役立っています。猫はどうなんでしょう、でもあんなにわがままそうなのに憎めない可愛い奴もいないです、あの独特さが女性に例えられる理由なのでしょうね。猫派ですか?犬派ですか?もよく言われていますがそこも面白いと思います。コメントありがとうございました。 

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