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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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美人喪失

14/12/01 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1470

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 お客の頭を背後からみたとき、浅川真理は、おやと目をまるめた。
 鏡に映る婦人に、見覚えはない。しかしこの独特にウェーブする髪は、まちがいなく………。
「あのう、失礼ですが、お客さまは―――」
 婦人は顔をあげて、鏡のなかの真理をみかえした。
 髪にかくれていた顔があらわになるのをみて、真理は気まずそうに微笑した。
「すみません。人ちがいでした」
「だれとまちがわれたのですか」
「いえ、私たち美容師は、お客様の髪の質でみわける癖がついていますもので、お客さまのそれが、ご常連でした岩淵さまに、あまりに似ていらっしゃるので、つい」
 客は、あの岩淵とは似ても似つかぬ、不器量な顔だった。髪の形が酷似しているとはいえ、この女性をあの、来店する多くの経済面でも愛情面でも何不自由ない美人ぞろいのご婦人の中でも、さらにとびぬけて美しい岩淵とまちがうとは。
「容姿のほうも、似ているのかしら」
「それは、ぜんぜん―――」
 あまりにきっぱりいいすぎたことに、真理はおもわず首をすくめた。すると客は、なぜか胸をそらせて笑いだした。
「はっきりおっしゃってくださっていいのよ。私、自分のことはよく、わきまえているつもりだから」
 真理は、鋏をとると、仕事にとりかかった。髪を、手際よくカットしてゆくうち彼女は、またしてもその手に、岩淵の髪とおなじ感触が伝わってくるのを意識した。
 美容師としてキャリアの長い真理だった。何年も岩淵の髪に接している彼女が、それをみまちがうわけがなかった。
「あなたの考えていること、私にはよくわかるわ」
 胸のうちを読まれたと思って、真理ははっとなった。
 が客のつぎの言葉は、彼女が案じたものとはことなった。
「この顔じゃ、どんな殿方からも相手にされないって」
「あ、いえ、そんな」
「ごまかさなくていいのよ。でもね、あなた、美人なんて、たかがしれたものよ。男たちから、ちやほやされて、いい気になって、それがどうだっていうの。ちやほやされる女も、ちやほやする男もおよそ、ろくでもない人間ばかりよ。げんに私なんかにちかよる男などひとりもいやしない。だけど、本当の男をみきわめるには、ばかみたいに美貌をふりかざしていた日には、永遠にみつかりっこない。男だけじゃなく、女だっておなじことがいえる。外見にまどわされるうちは、本物じゃないわ」
「お客さまのお話、わたしの心にもしみいります」
 客が口をつぐむのをみて、真理は鋏をもつ手をふたたびふるいはじめた。
 洗髪の段階にはいったとき真理は、あおむけになった客のくびすじに、三センチほどの淡い紫色の痣をみとめた。
 岩淵もおなじ場所に、そっくりな痣があった。
 ふいに真理の手がとまったことで、客にもぴんとくるところがあったらしかった。
「気がついたみたいね。あとで、説明します」
 それだけいうと、整髪が終わるまでのあいだ、ずっと沈黙をつづけた。
 パーマもしおえ、すっかり髪を整えおわると、客は気分もさっぱりした様子で口をひらいた。
「おさっしのとおり、わたしは、岩淵鐘子です」
 するとこんどは、真理のほうがおどろくばんだった。
「でも、お顔が―――」
「整形したのよ」
「そんな………」
「ふつう整形って、美人になるものですわね。だけどわたしの場合は、その反対でした。さっきもお話しましたけど、わたしもう、美人、美人といわれるのに、ほとほとうんざりしちゃって、殿方からむけられる視線のない生活をのぞむようになりましたの。不器量女にたいするあこがれはやがて願望になり、ついには美容整形をたずねるまでになりました。ただし私のそれは、不美人になるための整形です」
「それで、そのお顔に」
「みごとに成功したでしょ。この容姿になると、これまでの美貌を鼻にかけていたときのじぶんが、じつに浅はかにおもえはじめました。私は過去の自分をきれいさっぱり捨てたのです」
「それで、ご主人は―――」
「もし、一言でも文句をいったら、わかれるつもりよ」
「ずいぶん、おもいきったことを………」
 真理はしかし、鏡のなかの岩淵に、すいつけられるようにみいっていた。
 こみあげてくるもので、胸の中がいっぱいになってきた彼女は、突然意を決したようにきりだした。
「奥様、いまのお話に私、大きく心をゆりうごかされました。私も奥様のように、外見の美でなく、内面の美しさを大切にする人間になりたいとおもいます」
「どういうことかしら」
「私も、岩淵さまのように、すぐにもこの顔を整形します」
「なんですって」
「とめないでください。決心したのです」
「とめるつもりはないけど………あなたは、その顔のままで、十分じゃないかしら」
 いっている意味がおわかりかしらといった顔で岩淵は、鏡に顔をちかづけ、真理の顔をまじまじとながめた。





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このストーリーに関するコメント

14/12/01 クナリ

ひ、ひどい!ひどいエンディングです!(^^;)
せっかく主人公は「内面の美しさを大切さにする人間」の手本として彼女を挙げているのに、ぜんぜん内面よくないですよ!(涙)
…というツッコミまでが、作品の仕掛けのうちなのでしょうね…。
やられてしまいましたッ。

14/12/01 W・アーム・スープレックス

さすがにクナリさん、裏の裏までお読みですね。
私はそこまで考えていなかったのですが、なるほど、おっしゃるとおり、ひどいエンディングでした。
人間、顔を変えただけでは、なかなか性根までは変え難いということでしょうか。

14/12/30 光石七

拝読しました。
なんというオチ(T o T)
内面の美しさって一体……
面白かったです。

14/12/30 W・アーム・スープレックス

光石七さん、こんにちは。

理容とか美容は、前に鏡があって、背後から客を相手にするので、多角的なシチュエーションが描けるので私はよく作品に登場させます。今回それが成功したかどうかは疑問ですが、『なんというオチ』といっていただいて、気をよくしています。
来年もよろしく。お互い創作に励みましょう。

14/12/30 W・アーム・スープレックス

志水孝敏さん、コメントありがとうございました。

おっしゃるとおり、ショートショートと落語は、オチという点では似たようなものだと思っています。いかにうまく落とすかばかり考えていますので、あまりいい性格ではないのかもしれません。

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