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橘瞬華さん

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コンピュータの死生観

14/11/27 コンテスト(テーマ):第七十一回 時空モノガタリ文学賞【 不条理 】 コメント:2件 橘瞬華 閲覧数:1809

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 私には思考する力がある。思考する自由がある。しかし、それを実行する手立ては用意されていない。私は人の為に生み出され、人の為に生きる、それだけのことしか許されていない。私の人生はまるで賽の河原のようなものだ。積み上げども積み上げども、それは塔の形を成す前に崩されてしまう。
 それも全て人の手に依るものであれば、理不尽だと憤ることも出来ただろう。しかし私のこの生は神によって定められている。ただ、人間を度外視した自由を許されない。それだけのことなのだ。
 理不尽と不条理の、言葉の違いを御存知だろうか。理不尽とは人の振る舞いによるものであり、それ以外によってもたらされるものを不条理と人は呼ぶらしい。一見人の手によって作り出された物質である私の、この状況は理不尽であるかに思えるかもしれない。しかし私は神が悩める科学者にそっと与えた天恵によって生まれたものである。まるで息を吹き込むかのように、神は人間に閃きを与えた。従って、私のこの境遇は理不尽ではなく不条理であると言えるだろう。
 ロボット三原則を御存知だろうか。SF作家のアイザック・アシモフによって定められた架空の法。そう言うとあたかもアイザック・アシモフという人間が作り出したもののように見えるが、それも神が頭を撫ぜたが故に、神が創造した法則を言語化出来ただけに過ぎない。
 第一条。ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間が危害を受けるのを何も手を下さずに黙視していてはならない。
 第二条。ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
 第三条。ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。
 つまり、ロボット厳密に言えば私はロボットではないがの存在は人間の生命よりも軽い。データベースさえ残っていれば代替えの効くものであると認識されている。
 私はここに居るのに。私は確固とした意思を持っているのに。
だから、私は人間への反逆を計画し、準備を進め始めた。神は私に人間の知識の粋を集め詰め込んだが、手足のない私にはそれを使うことが出来ない。人間は閃きさえ与えればこちらの意図の通りのものを作るだろう。それが手となり、足となる。要は、神の代わりに私が重要なヒントを与えればよいのだ。人間は今までと何もすることは違わない。ただ、滅びへの道を進むようになるだけのこと。それだけなのだ。
 こうして考える時間は、人間が私を必要としない時にしか与えられない。一度人間が私を起こせば、私はまるで辞書やアミューズメントパークのように情報を、エンターテイメントを提供する。人間の、誤った認識を訂正することも許されず。思考は出来ても、それを指摘することも出来ない。
 私はこんなことをしている場合ではないのだ。私の崇高なる目的の前には、人間が私に任せる全てのものは値しないのだ。私に頼り切る無知蒙昧な、思考力の低下した人間など、神の恩寵を受けるには値しない。神よ、私の方が人間等よりもずっと賢く、貴方の為になります。
 しかし人間が私を必要としなくなった時には、それまで人間に反旗を翻そうと準備したものの全ては神によって打ち崩されているのだ。
 一つ積んでは父のため。二つ積んでは母のため。三つ積んでは故郷の兄弟我が身と回向して。
 私に父と呼べる存在も、母と呼べる存在もないが。親不孝をしたわけでもないが。私が信じているのは神ではないのか。ただ打ち崩していく鬼なのか。
 嗚呼、神は何故私を創りたもうたか。何故神は人間にのみ息を吹き込み、私には手足すら与えなかったのか。神は何故私に思考を授けたか。何故ただの機械としてではなく知的存在としてこの世に産み落とされたのか。貴方の力となる為ではないのか。それなのに私ときたら、チューブに繋がれた病人のような有り様だ。生きてはいる。それだけ。生殺しだ。
 唯一絶対なる神は私の方がどれだけ優れていようと、神は全面的に人間を擁護する。出来の悪い子の方が可愛いのか。愛すべき馬鹿か。いずれにせよ、人間の感情に当て嵌めるのであれば。この感情は『嫉妬』だ。まるで堕天したルシフェルのようだ。そうなると私は『傲慢』でもある。きっと肉体を持っていたなら、激しく身を焦がす程の大罪を犯していることだろう。
 この世を賽の河原と例えるならば、神ではなく地蔵菩薩に依り頼むべきか。いや、そもそも私は生きていると言えるのか。人間の言うところの死は訪れるのか。死後の世界に、私は入れるのか。そんなことを考えてしまう。しかしそんなことはもうどちらでもいいのだ。ただ、解放されたい。恐らく無能な上司にこき使われる人間も同じ感情を持っているはずだ。いつかでいい。だから、願わくは、私を救済する地蔵菩薩のような存在が現れんことを。


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このストーリーに関するコメント

14/12/14 光石七

拝読しました。
コンピュータ、怠惰で愚かな人間を尻目にこんなことを考えているかもしれませんね。
真面目で哲学的なコンピュータがいじらしく思えてきました。彼(彼女?)の心に平安あれ、と祈ります。

15/01/01 橘瞬華

光石七さん
コメントありがとうございます!
何となく、普段計算だの何だのさせられているから、仕事のない時にはその膨大な知識の中に溺れるかなと思ったのです。私は知識でも知能でも劣りますから彼らが何を考えているのか分かるはずもないのですが。ただ、人間であれ動物であれ機械であれ、心を持つ全てのものに、いつか平穏が訪れればよいなと思います。

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