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しーぷさん

性別 男性
将来の夢
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―とどけ―

14/11/19 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:0件 しーぷ 閲覧数:1333

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じいちゃんが死んだ。




…‥†・†・†‥…




突然母から告げられた言葉は、あまりにも。
こんな時に言わなくたっていいじゃないか。



夏。高等学校選手権大会。地方大会2回戦。五番三塁でスタメン出場する僕は、悲しさと怒りがごちゃごちゃになった瞳を母にぶつけた。



でも――




…‥†・†・†‥…




雲ひとつない青い空。八回裏一死。スコアリングポジションにランナーが一人。俺はバッターボックスに立ち、真っ直ぐに相手投手をにらみつけた。




…‥†・†・†‥…




じいちゃんは昔から体が弱く、俺の記憶の中のじいちゃんはいつもベッドの上だった。
そんなじいちゃんは野球が大好きで、俺はじいちゃんの影響で野球を始めた。



「俺の夢はなぁ」
窓の外の青空を見つめながら、じいちゃんはぽつりと言う。

「お前の放ったホームランを観客席で捕りたいんだ」


「じゃあさ!」
じいちゃんが僕の方に視線を戻す。

「俺はプロになって何本も何本も、何本でもホームラン打ってスター選手になって、じいちゃんがいるスタンドにも届けるよ! それが俺の夢」


「なら、こんなとこで寝てるわけにはいかねぇな」
じいちゃんの優しい眼差しが俺を包み込む。




…‥†・†・†‥…




俺には父がおらず、母が働いて家計を支えていた。それでも、俺の学費や野球の道具、じいちゃんの為にヘルパーさんを呼んでの訪問入浴、医療費。全てを母1人でまかなうことが出来なくなっていた。


「じいちゃんは治らないんでしょ?」


母と担当医の先生が話しているのを聞いてしまった。一生、死ぬまで自力でベッドの上から抜け出すことはできないそうだ。


「……ええ。もう、治ることはないって」
母の頬を幾筋かの涙が伝い落ちてゆく。

「だんだん弱っていって、今以上に病状が悪化するかもしれないって。でも、いつ死ぬかは――」

「俺さ、野球辞めてバイトするよ」


母は瞬時に顔を上げた。

「でも」


「いいんだ。母さん一人じゃ大変でしょ?」
日に日に疲れを増す母の顔を見るのはつらかった。
僕は作った笑顔を母に向けた。




…‥†・†・†‥…




監督からのサインはなかった。
二点負けてるこの状況。一発同点。首の皮一枚繋がるか。




…‥†・†・†‥…




「バイト辞めていいって。急になんで」


ある日アルバイトから帰ったときのことだった。


母は俯いたまま「お金の心配はしなくていいから」と言った


「でも!」


「おじいちゃんに言われたの。アルバイトなんかさせるなって。アルバイトなんかするくらいなら野球しろ。野球しないなら勉強しろって」

じいちゃんには言わないって約束をしていのだが、母は言ってしまったようだ。



「おじいちゃんの医療費も、もう……大丈夫だから」
震えた声が俺の耳に届く。


「監督にまた野球部いれてもらえるようにお願いしておいたわ。みんな待ってるって」
母は顔をあげてにこっと笑った。




…‥†・†・†‥…




サイドスロー。


放られたのはスライダー。

よく見える。


右投手の手から離れた球は、ふっと沈みながら逃げていく。



流し打ちじゃ届かないかな。下手くそだし。

俺は球を強引に引っ張った。




…‥†・†・†‥…




「おじいちゃんね、言ってたよ。普通の観客席じゃあんたの球は捕れないから。逃げるわけじゃない、観に行くんだって」

母はぼろぼろと涙を流しながら言葉を紡ぐ。


「ベッドの上からじゃ観れないからって」
そこまで言って母はくずおれた。




…‥†・†・†‥…




じいちゃん――



まずは第一号だ。





そこから観ててくれよ。プロになって、何本でも届けるから。








青い空に白い点がすっと吸い込まれていった。










じいちゃんが選んだのは安楽死だった。


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