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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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知美の感性

12/07/06 コンテスト(テーマ):【 水族館 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1876

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守は姪っ子の知美を連れて水族館にやってきた。

知美は、風変りな感性の持ち主だった。

先日、田園地帯をいっしょ歩いているときのことだった。
このあたりにはまだ、多くの野鳥たちの姿がみられた。このときも二人の頭上には、何種類もの鳥たちが飛びかっていた。
そんな鳥たちをながめながら、ふと守はつぶやいた。

「鳥たちも大変だ。毎日ああやって、餌をもとめて飛ばないといけない。おれたちサラリーマンなら月の終わりに給料がもらえるが、鳥はその身ひとつで生きていかなきゃならない。ごくろうさんなこった」

「鳥はそんなこと、ちっとも考えてないわ」

「そりゃそうだろ。そんなこと考えていた日にゃ、たちまち空から落っこちる」

「ちがうの」

「なにがちがうんだ?」

「鳥たちは、飛ぶことじたいが、なにより楽しくてならないのよ。わたしにはわかるわ」

守はそれ以上、いいかえさなかった。最近になって彼にも、こういうときの彼女が、けっしてふざけていっているのではないことがわかってきた。

先日、牧場に行ったときも、柵から顔をつきだす馬と彼女が、ながいあいだ向き合っていたことがあった。わたしたちお話していたの。とあとで知美はいった。どんな話ときくと、それは秘密とだけ答えた。馬との会話?の間、馬も彼女もちらちらと、こちらをうかがうようにみていたので、あるいは面長な自分の顔が、馬に似ているとかなんとか、いっていたのかもしれない。

鳥や馬、あるいはそのほかの生き物たちが、人間のようにものを考えるかどうかは守の想像の外だったが、知美がいうとそんなばかなと一笑できないなにかがあった。

理屈では割り切れないできごとというものがこの世には存在するということを、うけいれる年齢に守はなっていた。

水族館の魚をみて、彼女がなにをいうかが、入るまえから守には楽しみだった。
おそらく、いくつもに仕切られたせまい水槽に閉じ込められてさぞ窮屈なおもいをしていると魚にかわって訴えるのでは―――守は守で、姪っ子の心情をさきどりする喜びを感じていた。

暗闇の通路に、冷たい輝きをはなつ水槽がならぶ館内に、二人は足をふみいれた。入館者のざわめきを圧倒する、魚たちの沈黙。

魚たちはかぎられた世界で、おしだまったきり、屈辱の暮らしを余儀なくさせられている。それをみて楽しむのは、かれらを有無をいわせず海から切りはなし、疑似生活をしいることに成功した、我々人間なのだ。
どんな凶暴な魚でも、どんな巨大な海獣でも、どんな深海の生き物でも、人間に捕獲できない生き物などありはしない。

「ちよっと、かわいそうだな」

さっきからだまっている知美にかわって、守は口をひらいた。

「どこまでいっても際限のない大海原で生まれたかれらが、この大きくても高々数メートルの、ちょっと泳げば頭をごっつんこするような水槽にあって、生まれ故郷の海をおもいだすようなことがあったら、やりきれないだろう。ああしていつも泳ぎまわっているのもきっと、過去をふりかえらないためかもしれないな」

知美は、あいかわらずなにもいわなかった。

たしかに、せまい水槽のなかでおよぎまわっている魚たちであっても、どの魚からも、ひとつも不満など伝わってこなかった。どころかかれらは、自在に鰭をうごかし、おもうさま水中をゆききする幸福感に、心から酔いしれていた。

そんなかれらもときに、あわててガラスから身をくねらせて遠ざかることがあった。
そのさい、チラと眼に、おびえたような光がやどった。

それはなにも、捕獲されたわが身を嘆いての行為ではなかった。
ガラスの向こう側で、幽霊のように青ざめて立っている生物たち。のしかかる重力に、いまにも押しつぶされそうになりながら、かろうじて二本の脚でその無様な体を支えている人間たち。
他の生物たちを屈服させることに至上の喜びをおぼえ、自分の同族を滅ぼすことにさえいささかのためらいも感じない連中の、傲慢な姿をかれらはみるに堪えなかったのだ。

そんな魚たちの気持ちが、いたいまでに知美のなかにながれこんできた。

「守おじさん、魚たちのために、水槽からはなれてあげましょう」

守はそれをきくと、いかにも寛大な態度でうなずいた。

「なるほど。人間という、この世界の勝利者を、囚われの身のかれにみせるのは、きのどくというものか」

そのとき横で、姪っ子がため息をもらしたのを、この沈黙の中にあってさえ、守は気がつかなかった。



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このストーリーに関するコメント

12/07/08 汐月夜空

最後まで傲慢だった守と、動物の気持ちを感じる姪っ子の知美のお話ですね。
実際に人間が行っているいくつかの行為は、その対象からしたら意味不明なことこの上ないと思います。
それを勘違いし続ける者と気付く者の心の内のお話、その対比が面白かったです。
いつか大人になった知美がどのような思考を持つのかを想像するとまた違った味を持つお話だと感じました。

12/07/08 W・アーム・スープレックス

汐月夜空さん、ありがとうございます。
以前牧場で、柵から顔をつきだしている馬をみて、自由に、好きなようにふるまえとわたしが心のなかでつぶやいたら、ちらとその馬がわたしを横目でみたことがありました。その目はたしかに、こちらの考えをみぬいた色を宿していました。
動物は、人間が思っているような生き物ではないのではと、そのときから思うようになりました。

12/07/10 W・アーム・スープレックス

リビド・アナキリさん 
ありがとうございます。
3つの視点というものを、こちらも考えてみることにします。
書いているときはあまり、考えないタイプですので、教えていただいて、あらたな発見をすることがしばしばです。

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