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山中さん

性別 男性
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赤い空

14/11/16 コンテスト(テーマ):第六十九回 時空モノガタリ文学賞【 無題 】 コメント:0件 山中 閲覧数:828

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 ガスに覆われた黄色い雲の下、垂れ流された廃液の上を汗にまみれた労働者達が行き交う。錆びついた排水菅のような匂いが、この街のシンボルだ。その中心部には、医薬品工場がある。
 チヅルおばさんは朝まで戻らない。歓楽街に埋もれたチャイニーズの集まるカジノで、夜通しギャンブルを楽しんでいるからだ。その資金には父さんの遺産が使われている。母さんは幼い頃、歴史博物館のキュレーターと恋に落ち、出ていったきりだ。チヅルおばさんは僕の後継人になった。成人になり、僕が父の遺産を継ぐ頃には何も残らないだろう。いつかおばさんの家を燃やしてやるつもりだ。
どこからか転がってきた空き瓶が、僕の足元にぶつかった。
「きみは、ヨコヤマの息子だろ?」
 壁にもたれ掛かるホームレスの群れから、足の曲がった男が僕を呼び止めた。
「あいつには世話になった。約束は必ず果たすと伝えてくれ」
 薄汚れた上着の内側から、導火線のついた爆薬が見えた。昔、鉱場だったこの街にはその手の職人が多くいた。だが工場の発展とともに街の産業は移り変わっていった。ホームレスは職を奪われた鉱夫だろう。僕の父さんも鉱夫だった。工場が建てられてからは職を失い、そして肺を病んで死んだ。 この街のどこかに、工場を狙う鉱夫達の過激派が潜んでいるという話を聞いたことがある。
「いつやるんだ?」
 僕がそう尋ねると、男は子供のように無邪気な笑みを浮かべた。
「今夜だ」

 ガードの上を夜行列車が走った。窓から漏れた光が、廃液にまみれた路地裏を照らし出す。その先に頭から毛布を被った少女を見つけた。マットの上では並べられたアクセサリーが光を反射し、僕の視界を奪い取った。
「君が作ったの?」
 少女はうなずくだけで何も答えない。革紐につながれた美しい天然石のブレスレットやネックレス。高級モールのショーウインドウなら、欲に溺れたフェミニスト達の目を引いたかもしれない。だがこの街の住人が欲しているものは、意味のない宴と快楽だ。現実がわかっていない少女を見て、僕は無性に腹が立ってきた。そしてブレスレットをつかみ取り、野犬の群れの中へと投げ込んだ。それを見ていた酔っ払い達が手を叩きながら歓声をあげている。黙れ!僕はそう叫びながらそいつのアゴを拳で砕いた。残った二人の仲間が僕に襲い掛かる。そのとき空から裸のマネキンが落ちてきて、彼らの足元でばらばらに散った。
「静かにしねーか、このクズどもが!」
 灰色の雑居ビルの上から男が叫ぶ頃、少女はよろよろと野犬の群れへと向かおうとしていた。一匹の野犬が少女の姿に気がつき唸り声をあげる。やばいと思った。野犬は縄張りに侵入しようとする者に容赦なく襲いかかるからだ。僕は少女の側へ駆け寄ると、手に持ったパンを暗闇の奥へと投げ込んだ。

 ユキ。彼女は僕に名前を教えてくれた。水の枯れた噴水広場に座り込み、僕がブレスレットのことを謝ると、ユキは小さく首を振った。繁華街から離れた市場でベーコンのはさまれたパンを買い、僕らは空腹を満たした。僕はユキに青い空の話を聞かせた。世界が希望と幸福に包まれていた頃の、遠い昔話。

 ブレスレットは売れたのかい?そうたずねると彼女はうつむいたまま、誰も欲しがったりはしないわ、ときれいな声で呟いた。
「作り続けてしまうのは、自分に自信がないせいね。必要とされていないのはわかってる。だけど誰かに認めてもらわないと、私は自分を確認することができないから」
 僕は自分のしてしまったことを後悔した。ユキは僕を責めたりはしないし、自分をごまかすこともない。そして僕はこの街を憎みながらも、その環境に流されている自分自身に気がついてしまった。
 少しここで待っていてくれないか、僕は彼女にそう言い残し、急いでチヅルおばさんの家へ向かった。ガレージには父の残した車がある。アストンマーチンDB5。
助手席にユキを乗せ、街の見渡せる丘の上へと車を走らせた。山道では鹿の親子に遭遇し、トレーラーで暮らすヒッピー達の踊りを眺め、山火事にあたるレスキュー隊員が僕達を歓迎した。

 丘の上から見渡す街並みは、暗闇と工場のライトアップのせいで、ゴッホの描いた「ローヌ川の星月夜」を連想させる。薄い月明かりにユキの悲しい表情が映し出された。そのとき街の奥から大きな爆発音が聞こえた。工場のボイラーから巨大な火柱が立ち昇る。それは次々に各棟を巻き込み、キャンプファイヤーのように燃え上がった。

「きれい」
 初めて見せたユキの笑顔に、ほんの少し自分を許してやることができた。黄色い雲が炎によって赤く染まっていく。赤い空を見上げ、自分に何ができるか考えてみたが、答えは出てこない。だけどいつか青い空を作り出すことができたなら、多くの人の笑顔が見られるかもしれないな、と僕は思った。



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