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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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未完の女

14/11/10 コンテスト(テーマ):第四十四回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1489

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 チャイムが鳴った。
 いつもの癖でわたしは、これが小説の冒頭だとしたら、じつにありふれたはじまりだなと考えた。
 余暇にまかせて、小説を書きだしてすでにひさしい。
 月並みなものは書かない。
 それが私の創作に対する信条だった。
 それでこのような癖がいつしか身についてしまったらしかった。
 だれがきたのか。
 もっとも意外性をねらうとしたら、どんな訪問者だろう。宇宙人、未来からきたじぶん―――などなど、それも月並みかなと自嘲しながらわたしは、インタホンに呼びかけた。
「どちらさん」
 モニターにうつった女性が、ぺこりと頭をさげた。
「森の内園子です」
 その名におぼえがあった。
 しかしモニターにうつしだされた女性の顔にみおぼえはない。
「ご用件は?」
「怨みをいいに、やってきました」
 予期せぬ返事に、わたしはおもわずドアをあけていた。
 これが小説なら、面白い展開が予測できると、内心わくわくしながら。
 黒髪がゆたかな、小さなモニター画面ではでなかった艶をおびた顔が、いまいちどこちらにむかって一礼した。
「まえに、おあいしましたか」
 怨みというからには当然、あっていてもおかしくないのだが、なんどみなおしてもわたしには、過去にこの女とあった記憶はなかった。
「あがって、説明しますわ」
 どこからそんな強引さがでるのか、むしろ興味にかられてわたしは、彼女を部屋にあげた。
 あったことがないのに、妙な親近感を私にかんじさせるところが彼女にはあった。
 ひとり住まいのわたしの部屋に入れたのも、そんな彼女の不思議な印象に後押しされたからにほかならない。
「お茶でもいれます。酒のほうがいいかな」
 彼女は、酒は断った。
 わたしには彼女が、すこしはのめることがどういうわけかわかっていた。
「説明してもらえますか」
 急須にそそぎいれた日本茶をさしだしながら、わたしはたずねた。
 しょうじき、どんな話が女の口からとびだすのか、きかないまえから私は興奮していた。
 女は、湯呑に一口つけてから、おもわせぶりな様子もなく、すんなり話しだした。
「森の内園子の名前は、あなたがつけたものです」
「なにをいうのです」
 さすがにわたしはあっけにとられた。
 が、海の底から、釣糸でたぐりよせられる魚のように、なにかが心のひだからうかびあがってくるのをそのときわたしは意識した。
「わたしはあなたが、小説のために作りだした女です」
 いわれて私は、ぱっとあかりがともるように、森の内園子の名をおもいだした。
 だいぶまえに書いた小説のヒロインで、主人公のわたしと愛人関係におちいる女の名前がたしかそれだった。
「あなたが、その、森の内園子だとおっしゃるので―――」
「そうです。この顔に、見覚えがないとはいわせませんわ」
 私は記憶の中で、その小説の内容をまさぐった。
 しかしいくらおもいだそうとしても、わたしと女のベッドシーンがちらちらと浮かぶばかりで、肝心の内容のほうはまったくといっていいほどよみがえってこなかった。
「おもいだせないなあ」
「そりゃそうでしょう。小説はおわりまで書くことなく、放棄されたんですもの」
「ああ、そうか。途中でやめちゃったんだな。………しかし、それがどうして、きみの怨みにつながるんだ」
 森の内園子は、すわったまま、胸を突き出すようにしながら、
「あなたはわたしを、それはこわいまでに情欲のふかい女にしたてあげました。その私に火をつけたのが、あなたです。わたしたちは、精神的にも肉体的にも、ふかく愛し合うはずでした。あなたはだけど、それをうやむやにしたまま、投げ出してしまったのです。一途に燃え上がったわたしを、石ころかなにかのようにそのままほったらかしにして」
「ちがう、ちがう」
「なにがちがうのです」
「作者としてひとこといわせてもらう。あの小説は、私の作風にあわなかったんだよ。書いているうちに、最初の構想からどんどんはずれていって、どろどろした男女のもつれあいに発展していった。ふだんのわたしの作品はもっと、意表をついた、さいごにおもわぬ結末がまっている奇想天外なもので、読んでも毒にも薬にもならないが、まあ、効能を表示できないサプリメントぐらいにはなるかみしれない作品が主流だったんだ。あの作品に関しては、とても最後まで書くだけの意欲もなにも―――」
「卑怯だわ」
 園子の興奮にかられた声が、部屋じゅうに響きわたった。
 壁ひとつ隔てた隣人が、危険に気づいたうさぎのように、びょこんと耳をそばだてる気配をわたしは感じた。
「卑怯といわれても………」
「あなたの気まぐれで、わたしがどんなにつらいおもいをしているか、考えたことがあって」
 わたしは言葉に窮して黙りこんだ。
 つのる激情にかられて、しだいにはりつめたものになってゆく彼女の声のゆくえが、心配になりはじめた。
「あの、そろそろ日もくれてくる。どうだい、よかったら、ちかくの喫茶店にでもいって、話の続きをしないか」
 できるだけわたしは、物やわらかな口調をよそおった。
 小説では、繊細で、こわれやすいキャラの女性に設定したことを、おもいだした結果だった。
 園子は、こくりとうなずいた。
 彼女じしん、このまま二人でいると、じぶんでじぶんがなにをするかわからない恐怖にとらわれているようだった。
「そこの喫茶店は、食事もできるから、夕食もとればいい」
 わたしもまたつとめてあかるい態度で、彼女を近所にある、落ち着いたレンガ造りの、小粋なカフェに案内した。
 シャンソンが流れる窓際の席にむかいあって座るとわたしは、園子の好きなカルボナーラとワインを注文した。
 たしか小説の中でも、彼女がそのふたつの料理に舌鼓をうつ場面を描いたような記憶があった。
 あんのじょう、最初のうちこそ気乗りなさげに食べていた彼女も、そのうちフォークさばきもあざやかに、夢中になってパスタを相手にしだした。
 一時間後、ワインで頬を赤くそめた園子とわたしは、なかよく腕を組みながら、店から歩道につづく短い階段をおりていた。
 わたしがさっき、あの小説は、さいごまで書き上げるよと約束すると、園子は酔いもてつだってか目にみえて機嫌がよくなり、あなたとのアバンチュール、もっとディープにいきましょうよと、もたれるように腕をからませてきたのだった。
 わたしもまた、アルコールのせいか、いつになく気分がよくなり、二人のこれからを、いろいろ頭のなかでおもいうかべては、おそらくは人がみたらみだらで、好色そうな含み笑いをうかべていたにちがいない。
 すでに日もおち、街路樹の繁みがくろぐろとつらなる下にさしかかったとき、その木の影から突然、だれかがとびだしてきたかとおもうと、あっというまもなく私のところにせまってきた。
 直後に、脇腹にするどい痛みをおぼえたわたしは、うめき声をあげながらその場にうずくまった。
「なにするの、アキラ」
 激した園子の声のあとに、わたしの血でまみれたナイフをもった男が、
「おれの園子を、奪ったりするからだ」
 アキラというのが、園子の元カレで、嫉妬深くて凶暴な性格のキャラで小説に登場させていたことをおもいだしたわたしは、うすれゆく意識のなかで、この結末ではちょっとあたりまえすぎるかなと考えていた。




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