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クナリさん

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性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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魂腐劣腐 チルドレン

14/11/04 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:16件 クナリ 閲覧数:2569

時空モノガタリからの選評

「オタク」の「僕」の複雑な内面が丁寧に描かれていて、面白かったです。クラス内カーストや序列のようなものは、確かに存在しているのでしょう。そしてそこからはじき出される「社会的死」を怖れる彼らの気持ちはよくわかります(個人的に「お前たちより身分が上」と断言した“イケてる”同級生を思い出しました。)。ですが学校以外に居場所を見つけられた「僕」は、やはりどこか羨ましく思えてなりません。“腐”であったはずの趣味が、人々との繋がりを与え人生を動かしていく意外性は、やはり人生は捨てたものではないという希望を提示してくれるものだと思います。

時空モノガタリK

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十七歳の誕生日が、僕にもやって来た。
僕は、オタクである。
しかもメジャー作品にしか手を出さないあまちゃんなので、オタクヒエラルキの中でも底辺にいる。
趣味ですら色んな意味で取り柄になり得ない、というコンプレックスを抱きながらも、自分でも絵を描くようになったのは、中学三年生の時だった。
もちろん、受験勉強からの逃避がきっかけである。
『テスト前の部屋の掃除理論』により、僕は飛躍的に上達した。
友達と遊びもせずに(いないので)邁進し、僕は一年程で、同人誌即売会でそこそこの部数のオリジナル漫画を販売する同人作家になっていた。
学校では空気同然の僕だったが、割とマジで漫画を描いてることがクラスで知られ てしまうのは決定的な社会的死を意味するので、必死に秘匿していた「漫画いいじゃん。立派な趣味じゃん」という方には、恐らく一生理解できない心境なので、気にしないで頂きたい。
例え才能がなくても、絵は、やった分だけは確実に成長する。
ありったけの、時間と体力を注ぎ込んで描いた。
慢性の寝不足や腱鞘炎すら、楽しかった。

その日も大型の同人誌即売会で、僕は自分のブースで新刊を売っていた。
昼頃、一人の高露出度コスプレイヤが、本を欲しいと言ってコインを差し出して来た。
顔を上げて目が合うと、僕らは互いに悲鳴を上げた。そのコスプレイヤは、同級生の西浦佳澄だった。
女子というのは僕には異次元の生物であるから、西浦とも口をきいたことはなかった。
西浦はクラスの中でもスカートが短く、髪も茶色い、イケてるグループに属する子だ。
お互いに無言のまま本を渡したが、家に帰ってからも驚きは治まらなかった。
翌日、僕がいつも通り教室で空気と化していると、昼休みにある男子の声が上がった。
「昨日テレビのコスプレ大会の中継でさあ、西浦じゃね、って奴が映 ったんだよ。これ画像」
女子達がそいつの携帯電話を見る。
その横で、制服をイケてる感じに着崩した西浦が、固まっていた。
「うわ、これ佳澄?」「うっそ」「マジか…」……
どよめきが広がる。
オタクであることを隠して、学校ではイケてる社会性を築いていた西浦。その足元が、ガラガラと崩れる音が聞こえるようだった。
僕はのそのそと騒ぎの中心に寄って行き、その画像を覗き込んだ。
「ああこれ西浦さんじゃないよ。僕の知り合い」
周囲の目が、一斉に僕に集まる。
「お前、何で分かるんだよ」
「僕はそこで同人誌を出展していたからね。君はコスプレ大会と言ったけど、全然違うよ。いいかい、そもそも――」
その辺から先は、誰も聞いていなかった。
「なーんだ」 「ごめんね、佳澄ー」「てかお前は漫画描いてんか」「わー、まんまァ」……
話題の矛先は僕に移った。
西浦がどんな顔をしているのか気になったが、今見てはいけないと思った。
しゃべり続けながら、僕は今度は、自分の足元が崩れる音を聞いていた。
もちろん、西浦のそれよりは遥かに小さな音だったので、問題なかった。

帰り道で、西浦に声を掛けられた。
茶髪の女子と会話をするのは、これが産まれて初めてだった気がする。
彼女は泣きそうな顔で言って来た。
「あんたが割とマジに漫画を描いてることがバレるのは、学校での社会的死を意味するはずよ。何であんなことを? 私が好きなの?」
「いや、苦手なタイプ」
「なら、理由を述べよ」
僕はたどたどしくも、
――僕がやりたいことのために犠牲にして諦めたものを、君は諦めずに築いていた。
――凄いことだと思う。それが、面白半分に壊されるのは嫌だった。
そんなことを言った。

その後しばらくして、僕と西浦は付き合うことになった。
そして、半年程で別れた。
別れた理由は格差でも価値観でもなく、同人作家とコスプレイヤがそれぞれに活動していく上で、交際が重荷になったからだった。
僕らには、恋よりも大切なものがあった。
恋人など、僕には二度と手に入らない奇跡だろうに、愚かな決断である。
西浦は、
「でもあんたがしてくれたことは、一生忘れない」
と泣いていた。
僕も泣いた。
漫画ではなく、人と向き合って泣いたのは初めてだった。

その翌日、僕と西浦は待ち合わせをして、ある即売会へと参加した。
昨日の今日ではあったが、恋よりも大切なものがある僕らには、問題なかった。
新しくハマったというゲームのコスプレに身を包んだ彼女は、やはり最高にイケていた。
ブースの中で、目が赤いのを徹夜明けのせいにしつつお釣りの計算に四苦八苦する僕は、西浦にどう見えているだろう。
胸を張れないはずの趣味に必死になったら、出会いと別れと涙が待っていた。
そして今も見知らぬ人が、僕の新刊を手に取っている。
新しい出会いは、もう始まっている。
別れがあるからこそ、眩しい出会いが。

だから、オタクが僕の取り柄です。


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このストーリーに関するコメント

14/11/04 クナリ

タイトルは「こんぷれっくす ちるどれん」と読みます。

この作品はフィクションです。作中の文言は演出の一種であり、実在するオタク及び同人作家及びコスプレイヤーの皆様を貶める意図はそんなにありません。
また、一部の描写に若干のリアリティが感じられるかも知れませんが、もちろん本作はフィクションであり、実在する筆者とはそんなに関係ありません。

14/11/04 夏日 純希

クナリさんに淡い初恋的青春絵図を描かせたら半端ないですね(大迫半端ねぇレベルです)
なんでこんなに淡いんだろうと、三度読みぐらいしてしまいました。

この感覚は僕のオタク感覚からくるものではない・・・はずです。
勉強になりましたm(_ _)m

14/11/05 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

凄いタイトルだなあと、あの『夜路死苦』と同様にもしや2ch辺りで使われているのでしょうか? いえ、別に答えはいいのですが……、気になったものでして(;´д`)ゞ アセアセ

我が家の息子も、彼と同じ取り柄に入る人なのでこの主人公のことをとても身近に感じました。主人公さんの彼は「違うなあ、一緒にされては迷惑だとか、どうでもいいけど何かおばさん言いたいことあるのですか」って言われるかもですね。苦笑
自由に好きなことがある生き方が一番だと私は思います。このお話の二人にも楽しい生き方をこれからもしていってほしいと私は思います。

14/11/05 滝沢朱音

クナリさん、こんにちはヽ(`▽´)/

コメントの「若干のリアリティが感じられるかも知れませんが」
…いや、めっちゃリアリティありますやーん! と、なんとなく関西弁でつっこみたくなりましたw

「胸を張れないはずの趣味に必死になったら、出会いと別れと涙が待っていた。
そして今も見知らぬ人が、僕の新刊を手に取っている。」
ここがとても好きです。

14/11/05 滝沢朱音

クナリさん、こんにちはヽ(`▽´)/

コメントの「若干のリアリティが感じられるかも知れませんが」
…いや、めっちゃリアリティありますやーん! と、なんとなく関西弁でつっこみたくなりましたw

「胸を張れないはずの趣味に必死になったら、出会いと別れと涙が待っていた。
そして今も見知らぬ人が、僕の新刊を手に取っている。」
ここがとても好きです。

14/11/05 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

漫画描いてるってバレたら決定的な社会的死なんですか?

だけど、最近の若い人たちは漫画描ける人が多いじゃないですか。
コミケなんかも大盛況だし、社会的にも、世界的にも漫画は認知されてると思ってたけど
違うんですか?

大昔、私が漫画家を目指してた時代には漫画=悪書もしくは低脳みたいに思われてました。
親にそんなもん(漫画家)になりたいといったら呆れられたくらいでした。

漫画家は、一発当てたら億万長者になれる夢の職業ですよ。
それこそ、漫画家志望は凄い倍率ですからね。憧れの職業だと思ってた。

・・・けど、激務のせいか、死亡率も高い [岩陰]_・。)

14/11/06 クナリ

夏日純希さん>
ありがとうございます。
あっ、オタクであらせられるのですか? いいですね!(何が?)
オタクであることによる生き方の難しさのひとつに、何となく自分なりに背負ってしまう負い目というものがあるんですよね。
本当はそんなもの感じる必要はないのかもしれませんが、でも完全にオープンすれば、それはそれで何か大切なものが失われてしまう気もしますし。
背中丸めてこそこそやるからこそ楽しいのかな、とも思います。
だからコミケのTV中継は反対なのです! でも、公共の電波を遮ってコソコソ何やってんだ…という目で見られるよりはいいのかな(何の話や(^^;))。
自分が接して来たオタクの皆さんは、繊細で思いやりのある人が多かったので、自分の恋には臆病だったり不器用だったりしましたが、それだけに貴いとも思っています。

草藍さん>
魂腐劣腐=コンプレックスというのは一応自分で考えましたが、まあ大して斬新な当て字ではないので、どこかでどなたかがとうにやられているかもしれませんー(^^;)。
2ch用語(らしきもの)の会話って、慣用句や略語の類が多くていまいち文意が取れなかったりするので、自分では基本的にあまり使わないようにしているんですけど、人の書いた文章だと判断が付かないですからね…文字どおりの意味じゃなかったりすると、かなり食い違った会話になると思います…。
やりたいことをやっていい、というのは実に幸せなことですよね。
オタク界(どんな界だ)の先輩からは、「以前は、特に会社でオタクであることがバレると。ガチで筆舌に尽くしがたい差別が行われたらしい」と聞いています。
血や土地による差別は撤廃が叫ばれても、趣味による差別は堂々と行われてしまうというのも悲しいことです。
まあ…オタクの場合は差別する側の気持ちはごもっともですがッ!☆(←おい)

滝沢朱音さん>
あれおかしいですね、そんなにも感じられてしまいましたか、リアリティがーおかしいですねー(←踏ん張る)。
自分はコミケにはほとんど出展したことがなくて、友達のお手伝いが主でした。他の創作系のイベントでは、自分で描いたりもしましたが…。疲れるけど、楽しいものです。
イベント当日に徹夜明けだったりすると、非オタクの友達とかから「何で入稿とか何週も前に終わってんのに、当日に寝不足なの?」と聞かれてたりとかして。
いろいろやりたくなっちゃうもんだから…「前もってやればいいじゃん」…うん…そだよね…。
特にイベントに出展する側で参加し出すと、挙げて頂きました部分の通り、思わぬ交流が一冊の購入から始まったりしますし。
何にせよ、方向性がどこへ向いていても、自分が一生懸命やらなければ何の変化もなく結果も出ない、というのが楽しい所ですね。

14/11/06 クナリ

泡沫恋歌さん>
ありがとうございます!
社会的死については、誇張表現もありますが(^^;)。
これについては諸説ある(というか人による)ところですが、基本的に漫画を描いていることの学校での暴露は社会的死を意味する、…と描いてる本人達は感じている人は多いです。たぶん…。
統計を取ったわけでもなく、体感ですけども。自分だけでなく、若き描き手にも確認したのですが、小中学校序盤まではともかく、少なくとも思春期後半に置いては皆一様に「クラスでだけは、漫画を描いていることは言えない」という答でした。
自分達がそう思っているだけで、実際にはカムアウトしてもどうってことないんじゃないかと思われたりもしますし、それはその通りなんでしょうけど、「漫画を描いていること自体」よりも、「周囲がそれに対して抱き、膨らませる予断」の方が恐ろしかったりもします。
「漫画描いてるってことは、○○な人なんだろうな」という、この○○に何が入っても、やはり分かったような予断を押しつけられる(ように感じる)のはイヤなもので…。
恐らく絵って、その人のパーソナリティにおける、すごくセンシティブというか、もろくて繊細な部分に直結してると思うんですよね。趣味とは大抵そんなものでしょうけど、漫画絵の場合はとにかく見る側が一目でどんな出来のものかは分かってしまう以上、誰でも気楽に見て気楽に意見が出来てしまう。その絵というものを、自分なりに咀嚼して答を出せる気に、気軽になれてしまう。その「踏みこまれやすさのレベル」が他の趣味との違いかと思います。鉄道模型や腕時計収集ではそんなことにはならないでしょうし。
良くも悪くも、漫画絵というのは「分かりやすい」ものです。読んで理解せなばならぬ文章と違い、漫画絵は一秒で見る人に「分かった気になる」印象を与えてしまう余地が大きい。
それに怯える描き手は多いと思います。下手をすると、絵柄から人格まで一秒で規定されてレッテルを貼られ得るわけですし。
自分の知らない自分を他人の頭の中で膨らまされ、その「見知らぬ自分」を自分に押しつけられてしまう怖さというものが。それがイラストという趣味は、あまりにも簡単にでき(され)うると。後から「違う違う、そうじゃない」といくら訴えても、自分の力では取り返しがつかないことになってしまえば、目も当てられません。
他人からは他愛ない落書きに見えたものを、落書きだと思った人が描き手の前で気楽に批評したところ、言われたその子が泣き出してしまったこともありました。
たとえ理解を示してはくれても、基本的には触れないで欲しい。自分の周りでは、漫画とはそういうものでした…(難儀だな!)。
「今度クラスで文化祭の壁画を描くことになったわけだけど、漫画を描いてるっていう君にデザインを一任するよ!」的なものはもう、言ってくれる方は好意だとしても、言われた方としては最悪で。自分の感性の求める時と範囲と場所が、他者によって操作されてしまう苦痛というのは。それを断れば、その人のイメージは「勝手」「暗い」「何のとりえもない」「役に立たない」という方向へ容易に行きかねませんし。
「人目に触れる所で出せないんなら、じゃあ何のために描いてるの」と言われたりもしますが、その答は「あなた達に見せる為に描いてるわけじゃない」なわけで、言ってることはその通りながら、解釈のされようによっては孤独まで一直線です。
同人誌とかで自分から活動して、その結果起きることであればある程度受け止められるんですが、それはある意味で自分で相手や場を選んでいるからこそなわけで。学校の教室という、言ってしまえば「何の指向性もなく価値観から何から全部バラバラの、たまたま集まった他人の集団」の前で、こうでござるとフルオープンにするには、ちょっと防御力が伴わない…と。
見せたい相手ではない人に絵を見られるというのは、何であんなに恥ずかしいのかわかりませんが、とにかく恥ずかしく。平気な人はいいのですが、無理な人はとにかく無理で。
自分をさらけ出す場所は自分で選びますし、内容によっては「学校」では決して晒してはならない自分もある、ということを肝に命じ過ぎているということでしょうか。日常を過ごす場だけに、危険も大きい…と。即売会で何かあっても、開催は年に数回ですから対処のしようはあります。でも、学校で自分の手に負えないことが起きれば、もう逃げ場はありませんから。
世間に漫画文化が認知され、その印象がどんなに好転しても、「そうでない人」もいるわけです。その人の性格と影響力によっては、クラスで何が起きるか分からない。自分を守るためには、出さないでいいものは出さないでおく、ということでしょうか。
ともすれば臆病に過ぎますし、そのせいで失うチャンスも少なくないのかもしれませんが…。

コミケは確かに盛況ですし、ビッグサイトでは収容しきれないほど参加人数も増えています。それを取材に来るメディアも、以前に比べると(自分が知るだけでも)随分好意的になりました。「気持ち悪い人達ご紹介」から「こんな感じのことをやってるようです」に変わった気がします。
でもはたして、世間の好感は上昇しているのでしょうか? アニメの女の子と同じ格好をする二十代の成年者を、それを長〜いレンズのカメラで激写する青年達を、彼らが求める形で理解することが、今の世間に出来るのでしょうか?(出来たら出来たで、イヤだなあ…) それは信頼できる統計もありませんから、個人個人の体感に頼るしかありません。
自分達は世間に眉をひそめられる趣味を行っている、と感じているオタクは多くいます。堂々とやっては申し訳ないから、今日も人目につかない施設の中で、「堂々とこっそり」スパークしています。だって二次元の方が三次元より好きだなんて、異様だもーん☆(←おい)
それが、メディアで取り上げられたからといって個人個人の価値観が変わるとは思えないのです。
「気持ち悪い人達ねえ」と言われているのを承知で、でもそうとしか生きられないという罪悪感にも似た心持というのは、一度味わうともうなかなか無視できない(とにかく、世間や人様に迷惑をかけたくない! たとえ消極的にでもッ!)と思います。
漫画は素敵です。漫画家は立派です。でも漫画という文化に対する尊崇の念や、漫画家の皆様に対する尊敬とは全く別の領域で、「恥ずかしい」「勘弁して欲しい」という感覚が付いて回るというのは、あると思うんです。「そんな感覚はおかしい、間違っている。もっと胸を張ってやろう!」と己の口で唱えてみても、あるものはある。
どんなに誇りを持ってやっていても、誰に見せても恥ずかしくない原稿が出来上がっても、それは「クラスの誰かの気軽な一言」や「無邪気な悪意」によって、やはり別の領域での深い傷を受けてしまうことがある。別の領域だから、誇りや自尊心や達成感では、治癒できません。たとえその傷を与えた人が謝罪しても、消えないでしょう。
ずっとずっとそれを抱えて生きて行きます。そうとしか生きられないから。ずっとずっとずっと。これは怖い!
これを恐れる気持ちがある限り、クラスの中での社会的死の可能性を回避しようという欲求は絶えないでしょう。

長々書いてしまいましたが、つまりは「とにかくなんか恥ずかチーの!」ということなのですがッ!!

うーん済みません、どえら長くなっちゃった(^^;)。
(どうも泡沫さんへのコメントやレスはたまにこういうことがッ)
あくまで現時点での、ビビリな個人の見解ですヨーッ(今更)。
非常に一面的な見方であって、決してオタク代表としてしゃべってるわけではありませぬゆえ!
何よりクナリ、オタクじゃありませんしネー!(←手遅れ←とっく)

14/11/06 クナリ

どうしよう一個上の自分のレスが度を越えて長すぎてイヤ(^^;)。
泡沫さんスミマセン…。
投稿してから、その異様さに気づくよね…ッ。

14/11/06 クナリ

どうしよう一個上の自分のレスが度を越えて長すぎてイヤ(^^;)。
泡沫さんスミマセン…。
投稿してから、その異様さに気づくよね…ッ。

14/11/20 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

私が中学生くらいのときは、オタクという言葉はまだ生まれてなかったように記憶してますが、
イラスト部で、自分のイラストに変な詩をつけるのを喜びとしていて、今だったら私もオタクだったのでは?なんて思ってます(笑い)

野球とかサッカーとか運動系だったら胸はっていえるのに、隠れキリシタンみたいですね、オタクって。
そもそもそのネーミングがよくないのでは?
だからこのラストはとっても爽やかで、いいなあ、青春だなあって思いました。
とっても好きな作品です。

14/11/20 クナリ

そらの珊瑚さん>
自分のオタクデビューは高校生のときだったので、中学のときに目覚めてクラス内でからかわれてたりしたら、トラウマになってたかもしれません…(^^;)。
オタクっていつも家にいるからオタクなのかと思ったら、お互い呼び合うときの二人称が「おたくはさー」だったからという説もあり、国木田独歩先生も困ろうというものです(そんなことはない)。
自分はいまだに、周囲にカムアウトできませんし、なんとなーく後ろめたいんですよね、オタク。なんでだろう。
変に理解を示されたりするのが一番つらかったりして、ああ面倒な人間だなあと思うんですよね。
ただ、良いオタクの知り合いはたくさんいるので、その人たちの想いを肯定する話にできたことは、良かったところでした。
コメント、ありがとうございました!

14/12/07 クナリ

志水孝敏さん>
端から見れば、若者らしくポップでばかばかしい悩みでも、本人達にとっては人生を左右する大事な事態…ということは
往々にしてあると思いますので、そのテーマ上深みがあるとは嬉しいお言葉です、ありがとうございます。

15/01/18 クナリ

猿川西瓜さん>
コメント、ありがとうございます。
なかなかナマでコスプレさんを見たことがないのですけども、美人さんがやると迫力があるのでしょうね。
この主人公の、「茶髪=イケてるグループ」という分け方からしてもうアレなんですが(^^;)、いいところもあると
みなしてもらえたのでしょう。
性差が生む問題はいろいろありますが、前向きな形でいい関係を築ければいいんですけども。

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