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村咲アリミエさん

村咲アリミエと申します。 一次小説を書いています。

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猛スピード彼女の元へ

14/11/02 コンテスト(テーマ):第六十八回 時空モノガタリ文学賞【猛スピードで】 コメント:0件 村咲アリミエ 閲覧数:1017

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 彼女が走るそのスピードを、猛スピードという言葉以外で僕は表現することができない。

 僕は、放課後に図書委員の仕事がある日以外は、グラウンドで走る彼女を教室から眺めることが日課だった。軽やかに走る彼女は、僕の憧れだ。
 僕は、彼女に比べたら平凡な人間だ。自慢できることといえば、おすすめの図書という図書館主催のコンテストで、僕の推薦文が佳作をとったぐらい。
 彼女は僕を知らない。当たり前だ。部活も委員会もクラスも学年も、何もかもが違うのだから。

 その日の彼女は、皆が帰った後も、残って練習を続けていた。熱心だなあ、と思っていると、突然教室のドアの開く音がした。慌てて手にしていた本に目を落とす。部活終わりの人が疲れたと口にしながら、荷物を取るとすぐ、教室を後にした。
 足音が十分に遠ざかったあと、僕はゆっくりと顔をあげる。グラウンドの隅に影が見えた。彼女が片膝を抱えるようにしてうずくまっている。
 何があったのだろう。文字通り右往左往する。つったのか、肉離れか……怪我か? 血の気が引いた。僕は机にぶつかりながら、教室を飛び出した。
 階段を何段飛ばして駆けおりたか分からない。体を思い切り斜めにしながら角を曲がり、上履きに変えもせず外に飛び出すと、夕闇の中、グラウンドに目がけて一直線に走っていった。
 グラウンドは広かった。体育で何度も使用しているはずなのに、そこは果てがないような気さえした。僕はそれでも、グラウンドの端にいる彼女めがけて走っていく。彼女はぐったりと力尽きているように見え、思わず「おい!」と叫んでいた。
「はい!」
 と彼女が勢いよく飛び起き、僕は驚いた。その途端、足が絡まり、前につんのめって派手に転んだ。
「大丈夫ですか!」
 彼女が叫ぶ。
「君こそ」
 僕が起き上がると、目の前に彼女の顔があった。心臓が飛び跳ねる。彼女は「あ」白い歯を見せて笑った。
「もしかして、私が倒れていると思って吹っ飛んできてくれたんですか? 田辺先輩」
「え」
 耳を疑う。彼女は僕の名前を知っていた。
「なんで……」
「いつも見てるじゃないですか」
「えっいや、なんで名前がそれで分かって」
 僕が言うと、彼女は「あっ」と言って苦笑した。
「実は、先輩のこと、図書室で知りました」
「あ、図書委員」
「いえ、あの、おすすめの図書の」
 目を丸くする僕をよそに、彼女は言う。猛スピードで。
「先輩の推薦文は佳作でしたけど、私の中では優勝でした。あの本、すぐに借りて、読み始めたら、すごいスピードで読み終わっちゃいました。先輩の推薦文、うますぎますよ。本のあらゆるところの面白いポイントをついてて、ネタバレは最小限で。何で佳作なんでしょう、優勝以外ありえないと思うんですけどね」
 話し終わると、彼女は両手で頬を押さえた。
「私、憧れの先輩と話せて光栄です」
「あっ」
 口をぱくぱくさせる僕にむかって、彼女はこくこくと頷く。
「私の、憧れです」
 言わなければ、と思った瞬間、その言葉は口から転がるように飛び出ていた。
「僕も」
 今度はえっ、と彼女が目を丸くする。僕は俯きながら、彼女よりも早口で言った。
「た、体育祭のとき色別対抗リレーで二年生が、アンカーって珍しいなと思ってて、でもびりで、でも君が走って皆ぬいて、会場全体の声が聞こえなくなるくらい僕感動して、凄くて、隣で叶野って叫ぶ声が聞こえて、君が叶野さんだって知って、その、だから外から見てて、いろいろ、元気とか、貰って、君は、僕こそが憧れていて、その、君には本当に、猛スピードって言葉がぴったりだと思ってたずっと、凄いよ、君は」
 何を言っているのかよく分からなかったし、言った傍から何を言ったかよく覚えていなかった。ただ、最後の部分だけは残っていた。僕のイメージを、彼女に伝えた。僕の精一杯の選択を、彼女に届けた。
 どんびきだろう、もう終わりだろうと思ったが、視線を上げると、彼女は頬を押さえたまま恥ずかしそうに微笑んでいる。
「ねえ先輩、私、馬鹿の一つ覚えみたいに走ることしかできなくて――その言葉、本当に私にぴったりですか?」
「え?」
「猛スピード。それって最高の褒め言葉です」
 僕は何度も頷いた。もちろん、もちろんと呟いていたかもしれない。彼女は「そっかあ」と、とろけたような笑顔を見せた。
「今日は帰りましょう、猛スピードで! 明日は図書室にお邪魔しますね、先輩、委員の仕事ありますよね。レファレンスをお願いします」
「え、うん、あ、よく知ってるね、レファレンスなんて」
 彼女はいたずらに微笑む。
「好きなことには猛スピードで向かっていくタイプです」
 どういう意味だ? 「えっ」と小さく呟いたが、彼女はすでに猛スピードで駆けだしていた。
 あれは照れ隠しだったと知るのは、それから数カ月後の話だ。


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