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山中さん

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お節介

14/10/18 コンテスト(テーマ):第六十七回 時空モノガタリ文学賞【 秘密 】  コメント:4件 山中 閲覧数:1106

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 向かいのシートで酔い潰れている男を、私はじっと眺めていた。深夜0時の上り電車。この車両には、私と目の前にいる男しかいない。左右の車両を見渡し人の気配がないことを確認してから、静かに彼の側へと腰を下ろした。男のジャケットの内ポケットからは、黒い皮財布が頭を覗かせている。
 私はもう一度周囲を見渡し、ごめんなさい、と心の中で呟いた。そう呟いたのはこれで何度目だろう。そしてそっと財布に手をかけると、そのまま慎重に引き抜いた。

「おはようございます」
 振り返ると、今年新卒で入社したばかりの竹中君が立っていた。なぜだろう。朝から元気一杯な人を見ると、急に疲れてしまう。私が力のない声で挨拶を返すと、彼の表情がほんの少しひきつった。
「あれ、元気ないですね。もしかして遅くまで仕事だったんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「じゃあ彼氏と喧嘩すか?でも泣き腫らしてるようにも見えないけどなあ」
 皆がそうとは思わないけど、最近の子は遠慮がない。思ったことはズケズケ言うし、勝手に物事を進めてしまう。個人的にはこういう気ままな人間も嫌いではないけれど、仕事となると扱い辛い面倒なタイプだ。
あなたが気にすることじゃないわよ、そういって立ち去ろうとすると、彼は急に深刻な表情になった。
「もしかして、財布を無くしたとか?」
私は心臓と一緒に体が跳ね上がりそうになり、思わず立ち止まってしまった。
「あのね……私のことはいいから早く仕事に戻りなさい」
 そこでようやく自分のお節介に気がついたのか、竹中君は照れたように頭を下げた。困ったことがあったらいつでも声かけて下さいよ、そんな台詞を残して彼はデスクへと戻っていく。無神経だが根は優しい、それが彼を憎めない存在にさせているのかもしれない。

 始まりは帰宅途中で寝過ごした電車の中だった。目が覚めたとき、隣には誰かが忘れていった小さな紙袋が置かれていた。私は落し物として届けるはずだった。だけど色々とたずねられたり面倒があるかもしれない。私はひどく疲れていたのだ。また後日にしよう、持ち帰ってしまったのはそうした理由からだった。
 紙袋の中には、文庫本と見たかった映画のチケットが入っていた。魔がさした、といってしまえばそれまでだけど、奇妙な高揚感をおぼえていることに、私はまだ気がついていなかった。いつしか抑えきれない衝動に度々襲われるようになり、私は万引きや窃盗を繰り返すようになった。
 物やお金が欲しいわけじゃないし、罪悪感がないわけじゃない。やめられない気持ちと終わりにしたいという思いは、常に私の心をかき乱している。いっそのこと誰かに私を捕まえてもらいたい。罪を重ねるごとにそういった安易な考えが頭に浮かぶようになった。そしてそんな身勝手な自分を、私は何度も軽蔑した。

 私は今日も、行く宛てのない電車に乗っていた。隣には網棚に鞄を載せたまま眠り込んでいる中年男性がいる。停車駅を知らせる車内アナウンスを聞きながら、私は彼の様子を伺っていた。そして電車が止まると網棚にある鞄を手に取り、何事もなかったかのように電車を降りた。
 我ながら平然としているけれど、恐怖心はもちろんある。だけど人は慣れてしまう生き物だ。そしてそのあとに訪れる充実感が、私を隅々まで壊していく。できることなら手に持った鞄を思いっきり投げ捨ててやりたかった。だけどもう、私は後戻りなんてできない。
 そして一歩足を踏み出したとき、突然誰かに腕を掴まれた。
「あんた、人の鞄持ってどこにいくつもりだ」
 振り返ると、眠っていたはずのおじさんが恐ろしい顔で私を睨み付けていた。私は声をあげることができなかった。何が起こったのかすらわからなかった。
 強い力で腕を引っ張られ、訳のわからない罵声を浴びせられながら、視界だけが暗くなっていく。 不思議と恐くはなかった。心のどこかで、これでよかったのだと思っていたのかもしれない。
 そして薄れかけた意識の向こうから、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「おっさん、何やってんだよ。」
 気がつくと竹中君と同い年くらいの男性が、私の前に立ちはだかっていた。おじさんは男性に胸ぐらをつかまれながら、声にならない悲鳴をあげている。そしてあっという間にその場を走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
 うつむいている私の顔を、彼はのぞき込もうとしている。お礼をいって早くその場から立ち去りたかった。
 身体が動かないのは、あふれ出した涙のせいだ。悪いのは全部この私なのに。
 男性の腕が私の肩にそっと触れた。やっぱり最近の子は、皆お節介だ。
 見知らぬ男性の胸の中で、私は子供のように泣いていた。今までの現実から逃れたくて。

 だけど本当は、彼の頬をおもいっきりひっぱたいてやりたかった。


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このストーリーに関するコメント

14/10/20 山中

志水孝敏さん、コメントありがとうございます。
人にはいえない秘密に満足感を得られるのは、心のどこかでいってしまいたいという欲求があるからなのかなと思います。
普遍性のあるテーマといってもらえてよかったです。無神経な善意、実はこれこそが本当の優しさなのかもしれないですね。

それとまさかコメントでお節介をいただけるとは…参考にさせていただきます、ありがとうございました。

14/10/21 草愛やし美

オレンジさん、拝読しました。

ほんの少しの手違いから、虫起こしになってしまったのでしょうか、いけないことをやってしまう罪悪感よりも、そこへ辿り着いた到達感により高揚力は魔力のようなものだったのでしょう。
助けられた私さん、お節介な若者もたまには良いものでしたね。早くあるべき姿を取り戻すようにと願っています。はらはらドキドキで面白く一気に読みました。

14/10/21 山中

草藍さん、ありがとうございます。
自分の中にある変化は、たくさんのきっかけから生まれるのかもしれませんね。状況やタイミング、あとは偶然とか、自覚という網目をくぐり抜けて始まります。
問題なのは、スイッチが入っていることに自分でも気がついていないことかも。うーん、人って恐いですね。
限られた文字数で主人公の葛藤を上手く表現できるか不安でしたが、楽しんでいただけて何よりでした。

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