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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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幻の蝶々

14/10/12 コンテスト(テーマ):第六十七回 時空モノガタリ文学賞【 秘密 】  コメント:11件 泡沫恋歌 閲覧数:2469

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 平凡な家庭のリビングに油彩画を飾る。
 マリ・タチバナという世界的に有名な画家の作品で、これが遺作となった。
 パリのアトリエで、この絵を描き上げ、絵筆を握ったまま眠るように彼女は死んでいた。外傷はなく自然死だと報道された。
 そして日本にいる私の元へ、この絵を届けて欲しいとメモが残されていた。マリ・タチバナのエージェントは方々手を尽くして、やっと私を探し出した。
 この絵には見覚えがある。当時、女子高生だったマリ・タチバナが美術部で描いていた風景画だった。

 三十年前、髪をツインテールに結んだ私はスケッチブックを脇に抱え、美術部の部室へ向かって歩いていた。本当は絵が苦手で何度も美術部を退部したいと思ったが、言い出す勇気がなくて……それと、ある理由で続けていた。
「裕美ちゃん」
 呼び声がして振り向くと、恭子と佳代が学生食堂へ続く渡り廊下に立っていた。
 この二人とは小・中・高と一緒の親友である。私たちは入学式の翌日、美術部の新入部員勧誘に捕まって、まんまと入部させられた。
「ねぇ、食堂でパン食べよう?」
「うん、いいけど……」
 どうやら、二人は部活の前に食堂で腹拵えするつもりだ。
 運動部ではないが、じっと絵を描いているのも意外とお腹が空いてくる。身体でも動かしていれば、空腹も紛れるかも知れないが、絵は集中力がいるので空腹だと気分が乗ってこない。
 お小遣い前で、私の財布には百円しか入っていない。一番安いパンなら買えるかな? 親友の前でも、お金が無いと言うのは恥ずかしい。
 ここは名門の女子高なので裕福な家庭の子が多い。私の家は豊かではないが、親友たちと同じ高校へ入りたいと親に無理を頼んだのだ。場違いな学校に入ってしまったから、みんなとの付き合いも大変だった。

 食堂で軽く食べて、三人で部室に行ったら、副部長の橘茉莉さんが一人で油彩画を描いていた。
 キャンバスには、初夏の庭に咲く、薔薇、バーベナ、ダリアなど花が描かれていた。きれいな絵だが少し物足りない感じがした。橘先輩は美術部で一番上手い、展覧会で何度も入選している。控え目なので副部長だが、部活には一番熱心だった。
 新入部員の我々三人は美術準備室からデッサン用の石膏を運ぶ。
 一年生の内は石膏デッサンばかりで、昨日まで手のデッサンだったが、今日は石膏の足を持ってきた。
「石膏の足なんて珍しい」
「うわっ、水虫があるよ」
「ゲッ、汚いなぁー」
 石膏の足を玩具にして三人で騒いでいたが、副部長の橘先輩は注意しない。我関せず、自分の作品に集中している。
 長い黒髪をおさげに結って、色白で聡明な眼差しの橘先輩は憧れの人だった。
 彼女が校庭を歩いているだけで、私の眼は自然と釘付けになった。いつも先輩を意識して、人と話している声や会話の内容をこっそり聴いているだけで幸せだった。ほとんど喋ったことないが、その先輩に「細くてきれいな指ね」と褒められた時には、林檎みたいに真っ赤になってしまったほどだ。

「あ……」かすかに空気を揺らすような先輩の声がした。
 私だけが気付いて振り向くと、先輩は筆を止めて茫然と何かを凝視していた。開け放した窓から白い蝶が入ってきて、ふわふわと教室の中を飛んでいる。やがて先輩の描きかけのキャンバスの上に白い蝶がとまった。
 その瞬間、スッと視界から消えた。
「あれ?」
 あの蝶はどこへ行ったの? 私は教室の中を見回した。
「あっ!」
 不思議なことに蝶は橘先輩の絵の中にいた。キャンバスに描かれた、初夏の庭、花々の上を白い蝶が飛んでいる。まるで絵の中に吸い込まれたように。――白い蝶を描きたすことで、その絵は完璧な作品になっていた。
「先輩、白い蝶が……」
 キャンバスを指差し、キョトンとしている私を見て、
「うふふ」先輩が悪戯っぽく笑った。
 ――これは夢、それとも魔法かしら?

『ヒ・ミ・ツ』

 声を発しないで唇の形だけで、私にそう告げた。
 蝶のことは橘先輩と私だけ秘密なのだ。憧れの人と秘密を共有できて嬉しかった。
 その後、先輩は美大に進学、卒業後、フランスへと留学、パリにアトリエを構え、もう私なんかの手の届かない人、画家、マリ・タチバナになった――。
 私は短大からOLを経て、サラリーマンと結婚、平凡な人生を歩んだ。

 パリから届いた油彩画の中で蝶は二羽に増えていた。
 死の直前に、この蝶を描きたしてから亡くなったようで、先輩の魂はこの蝶に籠められているかも知れない。この絵の秘密を知っている私の元に、二羽目の蝶となって先輩が帰ってきてくれた。
 晴れた日に窓を開けると蝶々が絵から抜け出して、庭の花壇の上をふわふわと飛んでいる。そして、いつの間にか絵の中に戻ってきてる。 
 こんな不思議な話は誰も信じない、だから永遠に私だけの秘密にしよう。


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このストーリーに関するコメント

14/10/12 泡沫恋歌

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14/10/14 鮎風 遊

美術部の部室と蝶、素晴らしい組み合わせ。
この物語をそのまま秘密にしておきたいと思うほどです。

なにか神秘で、いいお話しでした。

14/10/16 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

十代で出会ったあこがれの人との秘密と
時を経て再び出会うなんて素敵!
でもちょっと切ないようなファンタジーでした。

14/10/18 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。

不思議な絵とそれを描いた絵描きさんのお話。きっと、魔法でも使えるほどの書き手さんだったのでしょうか、いえ、やはり、摩訶不思議を取り入れられる秘密の手腕を持っていたのでしょうか。どちらにしても、不思議な話ですね。

14/10/20 夏日 純希

絵に蝶々がとまるという情景は、なんかいいですねぇ。

>何度も美術部を退部したいと思ったが、言い出す勇気がなくて……それと、ある理由で続けていた。

この伏線は、どこにかかったんですか?
すいません、読み取れませんでした・・・。
先輩を好きだった?はたまた、秘密を共有していたからでしょうか?

14/10/20 泡沫恋歌

鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

思春期の白昼夢のようなお話です。
私は女子高出身なので、こういうユリ系の世界が少し分かります。
男の子よりも同性の先輩に憧れるんですよ。


志水孝敏 様、コメントありがとうございます。

幻想的でミステリーっぽい、お話を書きたいと考えました。
夢か現実かは読む方の感性にお任せします。


そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

十代の頃、憧れだった先輩と一枚の絵を通して、
再会できたのでしょうか?
果たして蝶々は先輩の化身なのかどうかは永遠のヒミツです(笑)

14/10/20 泡沫恋歌

草藍 様、コメントありがとうございます。

不思議な話を書いてみたかったのです。
それと、私も女子高時代は美術部に在籍してました。
この話に出てくるような素敵な先輩がいらっしゃいましたよ。


OHIME 様、コメントありがとうございます。

この作品は絵を観るように、ビジュアル的に描ければと思った作品で、
自分自身の女子校時代の甘酸っぱい青春と、同性の先輩に憧れる
女の子の気持ちを書いてみたかったのです。


夏日 純希 様、コメントありがとうございます。

>何度も美術部を退部したいと思ったが、言い出す勇気がなくて……それと、ある理由で続けていた。

この伏線がどこに掛かるのかという質問ですが、

色白で聡明な眼差しの橘先輩は憧れの人だった。いつも先輩を意識して、
人と話している声や会話の内容をこっそり聴いているだけで幸せだった。

この部分の伏線のつもりでしたが分かりにくかったですか?

側にいないと憧れの先輩の声や会話が聴けないので、美術部を辞めずに続けていたと
いう主人公の気持ちでした。

14/10/21 光石七

拝読しました。
先輩の神秘的な雰囲気、不思議な現象、憧れの人との二人だけの秘密…… 
ふわっと包まれるような、引き込まれるような、魅力的なお話ですね。
ずっと浸っていたくなる余韻もありました。
素敵なお話をありがとうございます。

14/10/22 泡沫恋歌

光石七 様、コメントありがとうございます。

ユリ系の話に、自分の女子校時代の思い出を散りばめて書いてみました。
女子校は楽しいですよ。
何しろ、男がいない! だって、女の不幸の始まりは男との出会いからですもの(笑)

女子校はのびのびした雰囲気でしたね。

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