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橘瞬華さん

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20世紀を駆け抜けたドン・キホーテ

14/10/07 コンテスト(テーマ):第六十八回 時空モノガタリ文学賞【猛スピードで】 コメント:1件 橘瞬華 閲覧数:1108

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 俺の祖父の、そのまた祖父の話だと聞く。
 ナポレオン戦争の頃の話だ。我らが祖国が割譲され、土地を奪われてから十数年後。兵力まで取り上げられ、祖国ではない国の為の戦争に徴兵されたその人はその歩兵師団に配属された。そう、大王の寵児であったリュヒェルがその権威を失墜させた戦いだ。友軍の援護をせずに突撃したリュヒェルの撤退命令に従い、フリントロック式の銃を担いで撤退していたのだという。敵にも劣る武器、迫り来る軍馬の嘶き。追撃を逃れるには歩兵の速度では限界があった。とうとう彼の歩兵師団は敵軍騎兵に見付かってしまったのである。当時の騎兵は銃とサーベルを装備していた。
 その時、騎兵の後ろから猛スピードで彼の方へ向かう軍馬があった。その馬上の影は彼に降り下ろされようとしていた白刃を弾き返し、辺りに響き渡る程の大きな声で叫んだ。
「伝令!総員戦闘停止!追撃を終えて帰還せよ!!」
 暫く辺りは騒然としていたが、彼の言葉を理解し始めると敵軍はこちらに背を向け自らの国へと戻って行った。
 彼は颯爽と現れた伝令に問うた。何故、敵である自分を助けたのかと。すると伝令は言った。
「一人でも多くの人命を失わずに済むように、私は伝令となったのだ。例え敵であれ大事な人命であることに変わりはない」
 そう言うと、伝令はまだ戦闘を続けている兵士の残る地へと駆けていった。彼の心に仄かな憧れを残して。

 その話を聞いてからはや十数年。我らが祖国が独立してからも同じ年数が流れ、俺は軍人の道を望んだ。そんな俺に父は砲兵科の道を示した。現在陸軍では装甲車両や有線無線機が導入され、騎馬兵そのものが時代遅れであり、伝令の役割を果たす機会はないと言うこと。自転車部隊か自動車化歩兵であれば伝令の役目が回ってくる可能性もある為、せめて歩兵科に行くようにと。
 しかし俺は父の反対を押し切り、騎兵科へと入学した。当時、と言っても200年程前から我が国の騎兵はその強さを保持していたし、何より私は祖父の語る誰よりも早く戦場を駆ける伝令に憧れ、胸を焦がれていたのだ。
 しかし騎兵科に入った俺は失望することになる。騎兵科は貴族の次男三男、教官と言えば前時代的な戦術がそのまま通用すると思っている馬鹿。要するにやる気のない連中ばかりだった。そんな中で唯一、友として認めるのがバルトシュ・ヴィシニェフスキ。貴族の出ではあるが問題意識に厚く、現代にも通用する騎兵戦術を編み出すことに尽力する凄い奴だ。その発言は座学の際には教官を逆上させ、馬術の際には教官に文句を言わせない、言わば騎兵科の問題児であった。外れ者同士で理想や新時代の騎兵の戦術について議論しあった。彼の口癖は次のようなものであった。
「マックス、騎兵が主役を飾った時代は終わったのだ。あと10年もすれば軽車両とって変わられるだろう。しかし指揮の執り方に依っては祖国を勝利へ導くことも出来よう。私は馬に乗る最後の騎兵になりたいのだ」
 そして俺達が卒業したその年、俺達は初めて戦場に出た。北と南からの侵攻に政府は国境沿いへと兵を進め、俺達の旅団は南下することとなった。祖父のそのまた祖父が所属したと言う国の軍勢と交戦するのだ。残念なことに旅団長は古臭い頭の上官だった。ただ幸いなことにバルトシュが隣にいた。もしバルトシュが何か言うなら、そちらに従おうと思った。
 前線では既に我が軍の先行部隊は交戦していた。目前の敵の戦車のその圧倒的な数を、最新の技術を目の当たりにして怖気づいたのだろうか。考えることを放棄した上官が叫ぶ。
「第10騎兵旅団、突撃!」
 何を馬鹿な、と旅団が混乱を極めた折、バルトシュは駆け出し叫んだ。
「右へ回れ、マックス!」
 俺はバルトシュの声に従って戦車の正面から抜け出した。皮肉なことに、誰よりも早く戦場を駆け、敵の装甲車両の前を横切った。砲台を忙しく動かしても騎兵の軽量さには追い付くべくもなく。砲弾は的を大幅に外れて粉塵を巻き上げる。
「100年前でさえ通用しなかった戦術で兵を無駄にするとは!」
 バルトシュが悪態をつくのが聞こえた。俺はただ戦場を駆ける高揚感に酔っていた。私の馬は戦車すら凌駕するのだ!と、まるで上官のような錯覚を覚えそうになるが、あくまで側面から突撃した場合の話。平野の多い祖国の国土に遮蔽物はなく、戦車どころか歩兵に撃たれても可笑しくない戦況。気を引き締めて行かなければ。
 そう思った矢先、爆音がしたかと思うと俺は馬上から転がり落ちた。
 空を仰ぐと、俺の馬を屠ったと思しき戦闘機が飛び去るのが見えた。嗚呼、猛スピードで空を駆ける軍馬が、我らが祖国を蹂躙しにゆくのだ!逸そ空軍に入れば、誰よりも早く駆けられたのだろうか、と瞼を閉じながら思う。俺の人生もここまでか。遠のく意識の中でバルトシュの声が聞こえたような気がした。


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このストーリーに関するコメント

14/10/08 橘瞬華

この物語はフィクションです。史実を参考にしてはいますが、一部実際とは異なる設定を盛り込んでいます。
 例えば当時、他国に侵攻する際には偵察機等の空軍が先行し、陸軍はその後に続いたと言われています。また騎兵旅団と名は付きながらも実際は野戦砲や対戦車砲、軽戦車等を装備した歩兵も編入された部隊であり、作中で登場したように戦車に馬で突撃したわけではありません。
 またその他に時代や戦場、制度等設定の辻褄が合わない箇所があれば、筆者の勉強不足、責に拠るものです。

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