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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

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二つの戸籍を持つ男

14/10/06 コンテスト(テーマ):第六十七回 時空モノガタリ文学賞【 秘密 】  コメント:7件 鮎風 遊 閲覧数:1921

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 人それぞれの人生には原点があるもの。そして歳を重ね、たとえそれが辛い場所にあるとしても、ふと訪ねてみたくなるものだ。サラリーマンの押木貴史もその一人と言える。
 振り返れば、うらみ/つらみ/ねたみ/そねみの四つの『み』が渦巻く出世競争の中で、貴史は業務に励み、やっと役員となれた。
 それでも最近思うのだった、もし杉村幸夫のままだったとしたら、こうはなってなかっただろうと。

 杉村幸夫、これこそ今の押木貴史の元の正体だ。だが、なぜこんなことに?
 山深い村で育った幸夫、意外に勉強はそこそこでき、大学へと進学した。入学後はバイトに忙しい学生生活だった。それでも一人の友人がいた。それが押木貴史だった。
 その貴史も同じような境遇で育ち、その上に背格好も顔付きもよく似ていた。まるで瓜二つ。だが貴史はいつもポジティブで、成績は優ばかりだった。夢は社長になることといつも話していた。そんな輝いた貴史を、就職活動の合間を縫って、幸夫は気晴らしにと、父も母も他界してしまった実家へと招いた。
 干からびた下宿生活に比べ、そこには豊かな山の幸がある。それを肴に二人は酒を酌み交わし、貴史は夢の実現を誓った。そして何も決めていない幸夫はそれにエールを送った。そんな一夜が明け、二人は上流にある滝を見ようと沢登りに出掛けた。
 幸夫にとっては慣れたコース。だが貴史はまるで己の夢を実現して行くかのように、岩から岩へと飛び移り、崖をよじ登った。そしてあと少し前進すれば神秘な滝の淵へと辿り着ける。そんな時だった、あっ! 貴史が谷底へと落下したのだ。

 幸夫は急いで貴史のもとへと下りて行った。しかし、貴史は岩で頭を強打したのだろう、血は吹き出し、絶命寸前だった。そんないまわの際に、貴史は幸夫の手を握り、確かに告げた、「俺になって、夢を実現させてくれ」と。
 この言葉は重い。幸夫は遺体のそばで一晩悩み抜いた。そして夜が明けてきた頃に、幸夫は遺体を川岸の草むらに葬り、同時に自分の無能な魂を捨てた。そして押木貴史として山を下って行ったのだった。
 その後、幸夫は貴史の下宿で寝起きを始め、貴史として最終面接に臨み、採用の内定を受けた。このようにして幸夫は押木貴史のサラリーマン人生へと踏み出した。されどこれは不法なこと、だが幸夫は自分の誘いで友人の夢を奪ってしまった、この自責の念でとにかく仕事に励んだ。

 それから三年、貴史に成り切れた頃に、幸夫は、いや貴史は七瀬優子と知り合った。優子はいつも潤んだ目で貴史を見つめ、献身的に支えてくれた。幸夫はそんな優子が好きになり、もちろん貴史としてプロポーズした。
 そして結婚後、幸夫が演じる貴史の人生は順風満帆だったと言える。子供たちも巣立って行ったし、今は妻と穏やかな日々を送っている。それでも幸夫はもう一度事故の場所を訪ねてみたくなった。
 遺体は眠ったままであり、また死の間際に頼まれたとは言え、友人の人生を勝手に生きてしまった。この罪の意識が膨らみ、どうしようもなくなってきたのだ。

 こうして幸夫は、吹き来る風が心地よい渓流へと出掛けてきた。当時と何も変わっていない。かって貴史が落下した現場へと足を踏み入れた幸夫、思わず冷気を一息吸い込んだ。その瞬間のことだった、朽ちかけた墓標が目に入った。
 幸夫は歩み寄り、目を凝らして文字を読むと、そこには『押木貴史の夢を繋ぎます。愛を誓い合った七瀬優子より』と刻まれてあった。
 幸夫は腰を抜かすほど驚いた。妻の優子が貴史の恋人だったとは。さらに幸夫の秘密、すなわち貴史の身代わりであることを知っていたとは。
 それにしても今も一緒に暮らしている。それが夢を繋ぐってこと…?

「お帰りなさい」
 優子は悶々としたままの幸夫を、いや、貴史を普段通り迎えてくれた。しかし夕食後、幸夫は遂に切り出す。
「知っての通り、俺は押木貴史ではなく、杉村幸夫だよ。これ以上貴史を演じても、優子を余計に惨めにさせるだけ。だから、貴史の事故の前の二人に戻ろう、つまり…離婚しないか」
 それはあまりにも唐突だった。だが優子は驚く風もなく、「貴史を捜して、あの谷に辿り着いたの。その後私はあなたに巡り会ったわ。あの時、あなたは紛れもなく貴史だった。だから結婚したの。だけどこんな仮装劇、いつか幕は閉じると思ってたわ」と告白した。
 優子はこんな結末を予感していたのだろう。されども長年共に歩んできた夫婦、優子の目に涙が溢れ出す。これを目にした貴史、否、幸夫は今までの秘密のベールを剥ぎ取り、熱い愛情で優子をぎゅっと抱き締めた。それに応えてか、妻が囁くのだった。
「私は二つの戸籍を持つ男と暮らしてきたのね。だけど近頃、貴史への愛より、幸夫の方に情が移ってしまったようよ。だから、あなたが罪を償い終えるまで、ここで待ってるわ」


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このストーリーに関するコメント

14/10/06 鮎風 遊

みな様へ

表紙絵の中央の写真は
GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0
著作者: Ventry
ライセンス: クリエイティブ・コモンズ表示 - 継承
ID: 201305010600
からお借りしてきました。

よろしく。

14/10/07 草愛やし美

鮎風游さん、拝読しました。

数奇な運命と言えるのでしょうか。運命に翻弄された二人でしたが、これからは、自分自身で我が道を進んでいくことでしょう。貴史の霊のはからいかもしれませんね、頑張ったのですから、もう良いと思います。

14/10/07 泡沫恋歌

鮎風 遊 様、拝読しました。

この二人は両方とも親兄弟や親戚がいなかったのでしょうか。
他人になり済まして、別人として生きる人生なんて、本当は苦しいでしょう。

優子さんも待っていてくれるというのなら、本当の自分に戻って生きていく方が
幸せだと思いますね。

14/10/16 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、拝読しました。

なんという偶然でしょうか。
罪を償い終えて、今度は本当の自分に戻り、
ふたりでやり直してほしいなあと思います。

14/10/20 鮎風 遊

草藍さん

コメントありがとうございます。

確かに数奇な運命でしょうね。
罪を償い、もう一度やり直してくれるでしょう。

14/10/20 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

コメントありがとうございます。

そうですね、両方とも親兄弟や親戚がいなかったようです。
だから化けられたのでしょう。

これからやり直します。

14/10/20 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

コメントありがとうございます。

偶然でしょうか、こういうことって、あり得たのです。
やり直してくれるでしょう。

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