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シンオカコウさん

文章修業をする根暗コミュ障チキンです。 精進していきたいです。 / コメントの類が苦手で埋まりたくなります。 語彙力が欲しいです。/ 【14/11/11】 日本児童文学者協会様の公募『スポーツ創作短編』にて、拙作を入選にとっていただき、『日本児童文学2014年11・12月号』に掲載していただきました。 / 【15/4/3】 Amazonと楽天KOBOで拙作「『正体不明の詩』の名は」発売中です。どうぞよろしくお願いします。 Amazon【http://www.amazon.co.jp/dp/B00TYF41XY】 楽天KOBO【http://books.rakuten.co.jp/rk/38e393f794ae37208f5932c99a60fe9a/】 / 各所の方々、ありがとうございました。

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とけない雪

14/10/05 コンテスト(テーマ):第六十六回 時空モノガタリ文学賞【 舞い降りたものは 】 コメント:5件 シンオカコウ 閲覧数:964

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「旦那様、お薬を持って参りました」
 時間きっかりに、私は旦那様の寝室のドアをノックした。内側から「ああ、入りなさい」と許しが出るのを待ってから、ドアを開く。
「いつもいつも、時間厳守でご苦労なことだ。たまには少し遅れるくらいの方が、可愛げがあるというものだよ」
 ベッドに身を沈めた旦那様が、うっすら苦笑しながら言う。
「いや、こんな注文は君を困らせるだけか」
「はい。できれば正確なご命令を」
「やはり融通がきかんな。いい、これまで通りで構わん」
 そう首を振って億劫そうに上半身を起こし、旦那様は私の手渡した薬を飲み下した。コップを私に返す際、ふと、痩せて肉が削げ、指の節が目立つ手をじっと見た。その瞳が憂鬱の色に陰り、諦念の滲んだ呟きが漏れた。
「吾輩は、君を見ていると、どうにも自分の身の弱りようを実感せざるを得んよ」
 咄嗟にかける言葉が思いつかず、私はただ黙って頭を垂れた。

 私は二十年と四ヶ月、旦那様に仕えてきたロボットだ。旦那様は先の戦争で負傷し退役した元軍人。その怪我で足が不自由となり、杖が手放せなくなったものの、功績を多く残していたために国から生活を保障され、さらに私というヘルパーも支給された。
「どうせなら、美人な女性型を寄越してくれればよかったのだがね」
 退役軍人というからには気難しい気質の人物を想定していたが、顔を合わせて二言目にはそんな冗談を飛ばされた。平均的な成人男性の容姿を模したロボットである私は、当初旦那様の冗談を真に受けて女性型への交換を提案したが、盛大に噴き出されて終いには大笑いされたのを覚えている。旦那様は、少々茶目っ気のある、よく笑う方だった。
 数年前、身体に病の巣がみつかるまでは。

 旦那様に仕えてから、二十年と六ヶ月目。凍えるような寒い日のこと。とうとう、旦那様は天国へ旅立った。幸せな最期だったと思う。空調で適温に管理された部屋で、奥様やふたりのご子息、孫に囲まれ、旦那様は彼らひとりずつの手を握り、メッセージを遺した。それは激励であったり反省であったりしたが、総じて感謝が含まれた温かな言葉だった。家族への遺言を終えた旦那様は、医師や屋敷のメイドにすらも感謝を述べ、やっと満足した顔で目を閉じた。きっと家族の望んだ理想的な臨終だった。医師が脈を確認し、静かに奥様が泣き崩れ、その肩をご子息が抱いた。私は彼らを、部屋の隅からみつめていた。叫び出しそうになりながら。
 ああ、旦那様。
 私へは、何のお言葉もなかったのですか?
「それでは、私はこれで。ああ、君」
 その後の処置を終えた医師が部屋を出ようとしたとき、私を手招きした。
「君は今日でお勤めは終いだ。遺言で政府に返却するよう頼まれたんだ、一緒に来なさい」
 耳を疑った。動けないでいると、医師は困ったように首を傾げた。
「旦那様の言った通り、少しガタがきているのかな。二十年も使っている旧式だ、当然か」
 私はやっと理解した。旦那様にとっては、私は所詮消耗品の機械だったのだ。なるほど、ならば別れの言葉などかけようとも思うまい。冷蔵庫に話しかけるようなものだ。

 不思議に胸が軽くなった。中の機械が抜け落ちたかのような、空ろな軽さ。そんな軽さに身を任せ、促す医師の後につき、長年仕えた屋敷を出る。仕えている身で感謝が欲しかったわけではない。労って欲しかったわけでもない。では何を望んだのだと問われても、機械仕掛けの心で出せる答えはない。

 目の前に、ふわりと白が舞った。雪だ。上着の前を掻き合わせる医師が吐く息も白い。私は空を仰いだ。口からは声にならない空気が漏れていく。それには温度もなければ、白さもない。雪が頬に舞い降りて、溶けることもなく凍てついていく。
 もし。私が年を経るごとに歳を得る身で、頬に凍るこの雪が、溶ける温度を持っていたなら。私は、旦那様に何か言葉をもらえただろうか。そう考えながら自分の両手を見下ろして、出し抜けに私は気付いたのだった。

 旦那様が私の手を握るのは、決まって介護のときだった。それ以外では、一切握ろうとはしなかった。自分の身の弱りようを嘆いていた横顔が蘇る。私を見る目の陰りも。
 誇り高き軍人だった旦那様にとって、ヘルパーという私の存在は、ひょっとして屈辱の権化だったのだろうか?

 私の手を握るたび、身の不自由を噛み締めていたのだろうか?
 だから、最期に手を握って、言葉をかけることもなかったのだろうか?
 答えはもう、分からない。

 雪は激しくなるでもなく、止むでもなく、ただ静かに降ってくる。空が悼みの涙を降らせているようだ。涙を許されていない私は、焦がれるような嫉妬でもって、空を、雪を、見上げ続けた。


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このストーリーに関するコメント

14/10/05 suggino

長年使うとモノにも魂が宿るといいますが、感情を持たないはずのロボット《私》にも心が芽生え始めていたのですね。長い歳月が経っても変わってゆくのは周囲だけ。年を重ねてゆくもの、涙を流せるもの、温度を持つものに嫉妬するラストが切ない。面白かったです。

14/10/05 そらの珊瑚

シンオカコウさん、はじめまして。拝読しました。

体温がないから雪は溶けない、けれど機械仕掛けであろうとも心を持ってしまった。それも温かい人間に似た心を。
ラストは切なさが極まるシーンだなあと思いました。

14/10/06 草愛やし美

初めまして、シンオカコウさん、拝読しました。

切なさに、心が凍えそうです。この雪の表現が美しすぎて余計切ないです。
介護というものは、心あるものであってほしいと願う私にとって、このロボットはとても素敵なヘルパーさんです。でも、受け取る側は違っていたりいうことでしょう。機械の心が人のそれであり、人の心が機械を器具としか捉えていなかった、悲しいです。
嫉妬の終わり方とてもいいですね、感動しました。

14/10/07 光石七

拝読しました。
この主人公はある意味人間よりも人間らしい心の持ち主だと思います。
静かに降る雪、出せない涙…… 切ないですね。

14/10/07 シンオカコウ

sugginoさん/
ご感想ありがとうございます。
拙作をしっとりと読んでくださったようで、丁寧なコメントに恐縮しております。
ロボットの過ごした年月や感じたものごとなど、ラストも含め、お言葉に見合う深みのある話になっていればいいのですが……!

そらの珊瑚さん/
はじめまして。お読みいただき、ありがとうございます。
ラストはコンテストのテーマにもかかる部分だったので、より気を遣った部分でもありました。
そこに目を留めていただけて、書いた身として嬉しいばかりです……!

草藍さん/
はじめまして。未熟者の拙文でお恥ずかしいですが、優しくお読みいただいていて背筋がのびる思いです。
介護やヘルパー、ひとと機械の心の機微など、読み方に哲学が窺えるようだと勝手ながら感じてしまいました。
ご感想、ありがとうございました。

光石七さん/
お読みいただき、ありがとうございます。
読んだ方が人間の心の在り処を主人公のなかに認めてくださったり、切なさを感じられたりするのも、
その方の琴線あってのことだと思います。ありがとうございます。

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