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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
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豊後国を駆け抜けた命

12/06/28 コンテスト(テーマ):第八回 時空モノガタリ文学賞【 大分 】 コメント:8件 鮎風 遊 閲覧数:3190

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「龍馬、あしたの朝は早いぞ、もう寝ようぞ」
「はい、先生、そうしましょう」
 二十八歳の竜馬は、師と仰ぐ勝海舟に殊勝に答えた。そして、本殿の仏間から漏れくる薄明かりの中でそろりと瞼を閉じた。

 時は文久四年(1864年)、疾風怒濤の幕末だった。英、米、仏、蘭の四カ国による下関砲撃が続いていた。幕府はそれを中止させるため、勝海舟に長崎に出向き、その交渉にあたれと命を下した。
 これを受け、勝は海軍塾・塾頭の坂本龍馬を伴い神戸港を出帆した。そして二月十五日、豊後国(ぶんごのくに:大分)の佐賀関に着船した。そして徳応寺にて一泊の止宿、世話になっている。

 二人にとって九州は初めての旅。龍馬はその興奮が冷めないのか、なかなか寝付けない。そっと目を開き、横の布団で眠る勝海舟を窺(うかが)ってみる。鼾(いびき)をグーグーとかき、疾うに心地よい眠りに陥られているようだ。

「さすが先生、肝が据わってらっしゃるわい」
 龍馬はそう呟き、かっと目を見開き薄暗い天井を睨み付ける。そして、決意を新たにするかのように言葉を絞り出す。
「きっとこれで良かったのだ。とにかく拙者には、この道しかなかった。そしてこれからも・・・・・・一途に進むしかないのだ」

 それから龍馬は踏ん切りを付けたかのように、ぎゅっと目を閉じた。しかし、今までの出来事が走馬燈のように浮かんでは消えていく。

 十一歳の時に母を亡くした。そして少年から青年へと。姉の乙女が母代わりとなって育ててくれた。
 その甲斐あってか十八歳の時に、江戸の千葉道場に入門できた。それから五年の剣術修行を終え、二十三歳の時に土佐へと帰国した。
 その後、いろいろなことがあったが、武市半平太の土佐勤王党に加盟した。

 そして脱藩。それは二年前のことだった。
 その後、勝海舟先生と出会い、弟子入りする。その後、武市半平太は土佐で投獄されるが、龍馬は勝海舟の薦めにより海軍塾の塾頭に任じられた。

「それにしても、ちと目まぐるしかったかな」
 龍馬は闇に向かってふうと大きく息を吐いた。それからじんわりと脳裏を過ぎっていくのだ、楢崎龍(ならさきりょう)の言葉が。

「同じ龍、共に生きたいの。だから帰ってきて・・・・・・私のところへ」
 おりょうはそんなことを囁いて手を振ってくれた。

 三十三間堂の南にある天誅組の隠れ家で出会ったおりょう。父の死により不幸を一杯背負ってしまっていた。しかし、それにもめげず、いつも気丈に振る舞っていた。そんな勝ち気な娘が涙を零した。
 龍馬はその瞬間に決めた。おりょうと夫婦(みょうと)になろうと。

「この旅が終われば、内祝言だけでも、すぐに挙げてやろう」
 こう結論付けした龍馬、また一歩前進できたかように安堵感を覚えた。そしてその後、心身とも暗闇の中へと溶けて行き、深い眠りへと落ちていった。

「さあ、長崎へと出立だ」
 晴天の朝だった。勝海舟は龍馬に声をかけきた。
「はい、先生、先を急ぎましょう」
 この二人には使命感が溢れていた。

 文久四年二月十六日の朝、坂本龍馬は未来への一歩をまた確実に踏み出した。そして佐賀関街道から肥後街道へと駆け抜けていった。

 そこには、その後の運命、寺田屋で深傷を負い、おりょうと霧島で遊ぶこと。
 そして近江屋で刺客に襲われ、三十二歳の誕生日に、無念の中で絶命すること。
 そんな予兆は微塵にもなかったのだった。

                      おわり


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このストーリーに関するコメント

12/06/29 泡沫恋歌

拝読しました。

坂本龍馬と勝海舟の交わりをお書きになるとは
凄い歴史ロマンですね。

この二人が居たから日本の歴史が大きく動いた
と思うと興味深いモノガタリでした。

12/06/29 ドーナツ

短い話の中に濃厚なエキスがぐっと詰まった歴史ものですね。
32年の人生は、短いですが、でも竜馬のやったことを考えたら 人生80年分にも相当するように思います。駆け抜けた という言葉がぴったりの人物だと思います。

12/07/03 鮎風 遊

ドーナツさん

コメント、ありがとうございます。
豊後街道を駆け抜けた龍馬、あまりにも短い32年の命でした。

12/07/03 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

まさにロマンです。
豊後国にも咲きました。

12/07/07 鮎風 遊

長月五郎さん

コメント、ありがとうございます。
龍馬は案外標準語だったりしましてね、これ面白くないですか?

参考にさせてもらいました。

13/10/01 草愛やし美

鮎風遊さん、拝読しました。

竜馬にこんな秘話があったとは……。竜馬が長生きしていれば日本は変わっていたかもと思うと、残念です。

13/11/29 鮎風 遊

草藍さん

コメントありがとうございます。

龍馬にはお龍さんが、京で待ってました。

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