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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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イムの夢

14/09/29 コンテスト(テーマ):第四十一回【自由投稿スペース】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1198

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 イムを、正式な学名でいうと、ティラノザウルスということになるのだが、もちろんそんなものは後世の人間たちが便宜上、つけた呼び名にすぎない。
 イムは女の子で、群でくらしているまわりの仲間たちにくらべると、うっかり踏みつぶされてしまうぐらい、ちっぽけだった。
 暴君とまでよばれる恐竜の子供にうまれたおかげで、他にあまた生息する肉食恐竜たちにおいまわされる心配もなく、仲間おもいのみんなのおかげで、食べる物にはまったくといっていいほど不自由しなかった。
 仲間たちは、一度の食事に大量の肉をたいらげるが、その一度がおわるとあとは、何日も、平気でしのぐことができた。もっとも、恐竜たちの最盛期に生存しているおかげで、ちょっとあるけばエサとなる獲物にありつけたし、けがや寿命で行き倒れになったやつにもいたるところででくわしたので、いまはまさにかれらの天下といっても過言ではなかった。
 イムが寝床の巣から姿をあらわしたのをみた兄は、おもわず目をしばたたいた。
「おい、イム、その恰好はなんだ。ふざけてるのか」
 イムは、背筋をたて、尾を地面にひきずりながら、あるいていた。ぴんと後ろにのばした尾と頭で、やじろべえのように、からだのバランスをとっているまわりの仲間たちとくらべると、なんともユーモラスにみえた。おまけに、なんのつもりか、からだをちょこちょこと、妙に小刻みにうごかしているので、ふざけているとしか兄にはおもえなかったのだ。
 イムは、たったいま眠りから覚めたみたいに、はっと目をみひらいた。
「あ、わたし、起きてからもまだ、夢の続きをみていたようだわ」
「どんな夢なんだ」
「ずっとずっと未来に、みんなが、こういうふうに、あるいている夢よ」
「そのちょこちょこするのは」
 イムは首をかしげた。
「それがわからないの。でも、だれもがちょこちょこと、小刻みにうごいているの」
「ふうん」
 そこへ、母親がやってきた。
「おまえたち、そんなところでなにやってるの」
 兄は、いまイムからきいた話を母に語った。
「それはまた、かわった夢だね」
 母親はしかし、兄よりもまじめな顔で、娘をながめた。
 イムが、未来を予知する夢をみるのは、いまにはじまったことではない。
 先日おこった森の火災にしても、ひと月まえにすでにイムが、夢で予言していたのだ。
「………森が燃えている」
 うなされて目をさました彼女が、おびえたようにいうのを、そばで寝ていた母親が耳にした。
 母親は念のため、むっくりとおきあがると、その巨体をのばして森の周辺をみまわした。火などどこにもみえなかった。娘は夢をみたのだ。
「森が燃えるのは、いつのこと」
 母のといかけにイムは、二度目の満月の日よ、と答えた。
 その日は、朝から風がつよく、森の木々がくるったように揺れ動いた。小枝がふれあい、そこから火花がとびちるのも見えた。不安におもった母が、仲間たちに森からはなれるよううながした。仲間たちは、わけもわからず、しかし彼女の真剣な口調に従い、森の外にむかってあるきはじめた。はてたしてそれから数時間後、森はまっかな火におおわれた。
 イムのおかげで、みんなの命はすくわれたのだった。
 これまでにも、似たような出来事はなんどかあった。イムには、将来にまちうける危険を夢で知る能力があるということが、しだいにみんなにもわかってきた。
 だが今回の、イムがじぶんのからだでしめした、恐竜がちょこちょこと直立姿勢で動くのは、いったいなにを示しているのだろう。
 もちろん彼女のみる夢のすべてが、危険の予知ばかりとはかぎらなかった。たびたびそんなに火災がおこるとなどありえなかったし、気候は温暖、餌の豊富な地域に暮らす肉食恐竜の頂点にたつかれらに、そんなにしょっちゅう危機がおとずれることも常識からいってあるとはおもえなかった。こんどの夢も、危機とは無縁の部類に属するのかもしれない。ただ母や兄が、だからといってすぐにその夢を忘れることができなかったのは、イム自身が演じたその、不可解な動きが妙に印象に焼き付いていたからにほかならない。
 兄などは、じぶんなりにその答えをみつけようと、ふだんめったにつかわないあたまをむりやりしぼったものだった。
「もしかしたら、イムがやってみせたのは、おれたちのはるか未来の子孫たちの、進化した姿じゃないだろうか」
 めずらしくもっともらしいことを語った彼に、母親もまた、ちょっとばかし利口ぶった調子で、
「未来には、あんなふうに二本の脚でたって歩く恐竜たちがいるというのかい」
「きっとイムは、未来の世界を、夢にみたんだよ」
「あのちょこちょこしたのは」
 兄は返事にこまって、妹の顔をみた。
「おまえは、どうおもってるんだ」
「わたしにもわからないわ。ただ、おおぜいのふしぎな生き物が、その恐竜たちの姿を、ながめているの」
「不思議な生き物とは」
「みたこともない生き物よ。丸い頭で、からだがちいさくて、ずらりと何列にもならんで、じっとしているの」
「なんだ、そのけったいなのは」
 ほんとうに、そんな生き物、この地上のどこにもいなかった。たまに、なんだかちっちゃい、毛むくじゃらで不様な生き物が、木の上なんかにみかけることはあったが、まさかそいつらではないだろう。
 母親も、こんどの娘の夢ばかりは、前回の森の火事とはちがって、さすがに人畜無害におもえたので、それ以上そのことにはふれずに、
「さあ、さ、きょうはいい天気よ、二人であそびにいってらっしゃい」
 と兄妹をうながした。




 ダイナメーション―――コマ撮りでとった人形や物を、いかにも動いているようにみせる映画の特撮技法。一コマ、一コマ撮影するので、どうしても細かなブレがでてしまうのが難点といえば難点だが、CG特撮がでるまでは主流を極め、怪獣や恐竜が、あたかも生きているかのように動く映像に、当時の人々は驚嘆し魅了された。イムが予知夢にみたのは、どうやら、この種の映画のようで、ちなみにダイナメーションの最盛期にはまだ暴君竜を代表とする肉食恐竜は、上体を起こし、尾でからだを支えるようにしているスタイルが信じられていた。



 イムのみた夢は、母親や兄には等閑視されたものの、他の仲間たちには、妙に浸透したもようで、その後、あちこちでからだをおこして立って歩く暴君竜の姿がみられるようになった。
 肉食ゆえに、狩りの手腕も要求されるかれらティラノザウルスは、それゆえに知恵もはたらき、したがって好奇心もつよく、あたらし物好きとみてまずまちがいない。
イムのみる未来の夢はそんなかれらの想像力をかきたて、立って歩くという、これまでの概念を覆す彼女の発言に刺激をうけ、みずから演じてみようとおもった連中が結構多くいた
 だが、その重力にさからうような、生体力学を無視した姿勢は、負担がおおきく、何トンにおよぶ体重が腰にかかるのでだれも、ものの一分と維持することができなかった。
 なかにはそれ以上頑張るものもいたが、翌日はげしい腰痛にみまわれるのがオチだった。それでもなお、身をおこしてあるこうとするものは、あとをたたなかった。
 かれらの意識にはいちように、地にはいつくばって生きることにたいする、つよい忌避感があった。そのようなやからは地上に掃いて捨てるほどいた。ティラノザウルスもまた、過去をたどればそんな、地を這い、泥にまみれ、ただ食うことのみにあけくれる、古代生物のひとりにすぎなかった。進化に後退はありえない。ふたたび地にはいつくばるなど、まっぴらだった。そのおもいがかれらを、ちいさな子供が夢見た、立って歩く暴君竜を演じさせていたのだ。


 イムはまた夢をみた。しかしこんどのは、まえよりずっと生々しい印象をともなって彼女の脳細胞にせまってきた。
 恐竜はもはやたつことなく、頭と尾を地面に平行にのばして移動する、現存するティラノザウルスがそうであるような、きわめてリアルな姿をしていた。前回のように、小刻みな動きとはうらはらに、じつになめらかに行動する恐竜たちだった。彼女は夢のなかで、これはいまの世界のものをみているのではないかと自問したほどだった。やはりこのときも、あの頭の丸い連中が、こちら側に列をつくってならんでいる光景さえなかったら、彼女もそれが未来を予知した夢だとはおもわなかったかもしれない。
 一頭のとてつもなくおおきなティラノザウルスが、まともにこちらをにらんで吼えたてた。イムはとびおきるなり悲鳴をあげた。
 いっしょに寝ていた兄もまた、おどろいて目をさました。
「またなにか、夢をみたのか」
 イムはさっそく、じぶんが見た夢を兄にはなした。
「すごい迫力だったのよ。口のなかのすべての牙が、みえたわ。あんなおそろしい形相、はじめてみた」
 イムが本当におびえているのが、兄にもよくわかった。二人の話し声をききつけて、子供おもいの母親が、のっそりとちかづいてきた。
「こんな夜中に、なにをしゃべっているの」
 イムはおもわず、母親の胸にしがみついた。てっきり、兄にいじめられたものとばかり
思い込んだ彼女は、あらあらしい鼻息を彼にむかってふきかけた。
「ちがう、ちがう、母さん。イムが夢におびえて目をさましたんだよ」
「―――あら、そう。こんどはどんな夢だった」
 すると、あたりで寝ていた仲間のティラノザウルスたちも、あらたなイムの予知夢をきこうと、いつのまにかそばにあつまってきていた。
「こんどのは、なんでもないの」
 イムとしても、期待に耳をそばだてるみんなをがっかりさせたくはなかったが、正直に、自分がみた夢を話した。


 今回みたイムの夢は、いわずとしれたCG技法でスクリーンによみがえった恐竜の姿だったのだろう。ほかにも、何頭もの肉食恐竜たちの、目を覆いたくなるような殺戮シーンを彼女は夢のなかにみた。とにかくもう荒々しいいっぽうの、残酷で、顔さえあわせればやみくもに闘争モードにはいるかれらのふるまいに不快感をおぼえながらイムは、そこのところの齟齬も意識しながら、みんなに夢の話を語ってきかせた。
 あんのじょう、耳をかたむけていたみんなも、あどけない子供の口からきかされる、残虐非道な行為におよぶ肉食恐竜たちのふるまいに、さすがに辟易となるものや、なかには嘔吐をもよおすものさえでる始末だった。それはちがうと、声高にアピールするものこそでなかったものの、だれもが心の中では否定的に首をふっているのはあきらかだった。
 イムもまた、じぶんの話を傾聴するみんなの表情が、しだいに暗鬱なものにかわっていくのをみて、心苦しくおもった。彼女も同様、いまみんなに語った殺伐とした恐竜の未来が、はるか後世にまちうけているのだとおもうと、なんともやりきれなかった。そりゃ、食べるためにはだれだって、鬼の形相になることだってあるだろう。弱みをみせたらたちまち、よってたかって攻めてくるのが世の常だから、ときにはこちらも居丈高に、肩肘張ることだって必要だ。だけど、あの夢にあらわれる恐竜たちの、無思慮で、傍若無人の、ただ瞬間、瞬間の感情だけに支配されて行動しているような生き様だけは、とうてい受け入れることなどできなかった。
「おれたちの将来は、絶望的だな」
 だれかが重々しげにつぶやいた。

 半月後、夢からめざめたイムが、いつない明るい声で、兄に話しかけた。
「空を、飛んでたわ」
 唐突に、そんなことをいいだす妹を、うかがうようにみて兄は、
「飛ぶって、なにが」
「すべての恐竜がよ。全身に、羽毛が生えていて、みんな気持ちよさそうに飛んでるのを夢にみたわ」
 現実主義の兄が、きこえないふりをきめこむかと、顔をそらしたかけとき、あたらしいイムの夢をまちかねていたほかの暴君竜たちがやってきた。
 このまえの、おもいだすさえ虫唾がはしるような、恐竜の将来像を彼女からきかされたかれらが、あらたな夢のお告げをいまかいまかとまちわびていたのだった。
 このごろのかれらの楽しみは、イムから夢の話をきくことで、このあいだのように失望することはあっても、いいことがあればそうでないこともあるのがこの世の中だから、いやなことはあっさり忘れることにして、こんど彼女はどんな夢をかたるだろうと、だれもが心待ちするようになっていた。
 いまやイムは、そんなかれらのなかにあって、カリスマ的な存在にまつりあげられていたのだ。
 恐竜が、空をとぶというイムの奇想天外な話は、みんなには大うけだった。地面から、とにかくうきあがることこそが、かれらのめざすべきステータスなので、その地面からはなれて飛ぶときいて、よろこばないものはなかった。
「おれたちの将来は、空の上にあるのだ」
そのおもいは、みんなを狂喜乱舞させずにおかなかった。


 鳥が、恐竜の子孫というは、最近では定説になりつつある。
 羽毛の痕跡が化石で発見されている恐竜―――羽毛恐竜の存在が、その考察に拍車をかけたのはまちがいないだろう。大半の恐竜が羽毛につつまれていたと唱える学者もいるぐらいで、映像でもそのような恐竜がすでになんども登場している。

 
 イムの話をきいた仲間たちのあいだでいつしか、全力で走りながら空中にとびあがる遊びがはやるようになった。その巨体からこれまで、空を飛ぶという概念などおもいもしなかったみんなだったが、じっさいに勢いをつけてつっぱしり、ちょっとした高台から身をおどらせると、一瞬でも、ふわりとした感覚が味わえるとあって、その醍醐味に、なかには病みつきになるものたちもでるほどだった。ただ、ときにはものにけつまずき、もんどりうったはずみにけがを負ったり、骨折するものも出たが、かれらの空にたいする憧憬のまえには、そんなわずかな失態はものの数ではなかった。そのうち暴君竜以外の恐竜たちにも、その遊びをまねるむものたちがでるようになって、もっとちいさく、さらに敏捷な種族のなかには、はるかに高く、跳躍するものもあらわれた。
 
 かれらの、憑かれたようなふるまいをまのあたりにするたびイムは、もはやそれはあそびの範囲をおおきく超越していることをみとめないわけにはいかなかった。
 じぶんがみた、恐竜が羽毛におおわれた鳥となって空をとぶ夢は、これからどれだけ時間をへた未来なのかはわからなかったが、いまみる、あたりを飛び跳ねる恐竜たちの姿をみていると、いつかは必ずそんな日がやってくるようにおもえてならなかった。
 ただ、未来の夢をみるとききまってあらわれる、あの直立する小さな生き物たちがなんなのか、いまだにわからないのがもどかしかった。いつも不動の姿勢で、じっと恐竜たちをながめているその様子をおもいだすと、彼女はなにか冷たい風にふかれたような感覚におちいった。
 ふしぎなのはいま、枝の上や、岩陰を、しきりにちょろちょろ動き回る毛むくじゃらの獣をみると、なぜかあの夢の中の小さな生き物をおもいだすことだった。形も大きさもちがうのにと、イムは首をかしげたが、ときおり木の上からじっとこちらをみつめているあの獣の、なにを考えているかわからない真っ黒な目が、そういえば似ているなと、ときに彼女は微笑まじりにおもうことがあった。
                              



 


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このストーリーに関するコメント

14/10/05 suggino

面白いテーマですね!たのしくよみました。
偉い学者先生たちのがんばりによって現在、われわれは数千年もまえに生きていた恐竜たちの姿を知ることができますけど、だれも実際の姿を、暮らしの様子を見た人なんかいないわけですもんね。ほんとうにこんな風だったら愉快だなと思いました。

14/10/06 W・アーム・スープレックス

時代がへだてればへだてるほど、その存在がしだいに詳らかになるというのが恐竜のおもしろいところですね。もっと未来になれば、まだ不明とされている恐竜の肌の色も、判明することでしょう。それまでは、大いに想像をもてあそんで楽しみたいとおもいます。
コメントありがとうございました。台風は、だいじょうぶでしたか。

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