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リアルコバさん

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新宿夢想物語

12/02/23 コンテスト(テーマ):第一回 時空モノガタリ文学賞【 新宿 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:3037

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 灰色の雲が高層ビルにかかり、そこから細かい雨が風に煽られて舞っている。 (くそっ) 鈍く瞬く点滅灯に悪態をついて歩き出した。『適正判断の結果本採用は見送りとなりました。 ご苦労様でした。』 仮採用と云う名目でふた月の試用期間を無難にこなした筈だったが、 高層ビルの若僧どもとはノリが違ったらしい。 また仕事を探さなきゃだ。(ハルク・・・)いや今は家電量販店か、横断歩道を駅側へ渡りソイ丼でも食べようかと小雨に濡れる狭い路地を歩いた。思い出横丁の匂いが嫌でもあの頃を思い出させる。 

 『いいよあんたの歌。あたしは好きだな』 ビールをグラスに注ぎながら彼女が笑った。『大丈夫呑んでよほら 此処はあたしが払うから何か食べなよ』 歳上なのか年下なのか皆目見当のつかない不思議な女と知り合ったもんだ。『ねぇもう一回弾いてよ今の歌』 指先の出た毛糸の手袋でボロンと弦をなでたあいつが、野良猫の体で俺の部屋について来たのもこんな雨の夜だった。すえた匂いのガード下は俺達の夢を共鳴させる唯一の場所だった。 『大丈夫あたしが稼いでくるからさ』ゴールデン街で店を持つことが夢だと語った彼女の稼ぎで、そのまま自堕落な生活が始まったのは、まだ世の中がバブルとか言われる以前のことだった。

 『お前も来ればいいよ部長に紹介するからさ 大丈夫即採用来月には月給取りさ』 区役所前でばったり出会った友人の勧めで投資用マンションの販売会社にあっさりと就職した。面接した部長殿は脂ぎった笑顔で俺にこう言ったもんだ。『今は夢を金で買う時代なんだ 自分の手で掴み取れるほど夢も安くはなくなったのさ』正論だと思った。いつまでもヒモみたいな生活は続けられない。 
 『白亜のタイル貼りマンションです。あなたも夢を買いましょうよ』そういって地方の金持ちに幾つものマンションを売りつけた。それが当たり前の行為で当たり前の時代だった。『もうギター弾かないの?』『カラオケの方が楽でいいじゃん』引っ越した先のベランダにギターケースが放置されたままだ。ある日夜中に帰った時には、まるで猫が家出するように彼女の匂いは消えていたんだ。
 『我が社でも有数な営業成績を上げる将来有望なエースです』 そんな歯の浮くような言葉で披露宴の祝辞を受けて、やっとの事で口説き落とした受付嬢と結婚をした。ノルマをこなし稼げるだけ稼いだ分、快楽と見栄の為に使い果たしていった。そして無理して買った都心の部屋も、着飾ることしか興味のなかった同じ歳の美人の妻も、競売の強制執行と共に失った。

 (ゴールデン街ってまだあるのだろうか)月給取りになってから行ったことはない。いや一度だけ通り抜けた時はドアに板を打ち付けられた店が、まるでどの仕事でも上手くやれない我が身のように痛々しくて記憶から消し去ろうと努力したほどだ。《ジョージ》《鬼ゆり》《みつこ》残っていれば奇跡に近い。誰もが年齢不詳の不思議な人種だったが、残酷にも時は流れすぎている。『口開けよ 一杯飲んできなさいよ』 ガード下に歌いに行く前に景気づけといって小瓶のビールをおごってくれたりした。『あんたらいい加減にしなさいよ』『すいませ〜ん』 仲間たちと散々飲み歩き吐きまくり朝靄の中スカンピンで路上に寝てたりしたもんだ。

 真新しいゴールデン街の案内板には記憶にある店の名は無い。『お兄さん何か探してるの』性別不能の化粧の塊のような顔が覗き込む。一瞬タイムスリップしたのかと後ずさり辺りを見回してみる。パチンコ屋は無くなったけれどストリップ劇場は健在で、真後ろには濡れそぼる区役所が控える。目を元に戻すと暗闇にぼんやりと明かりを放つ木造二階建長屋の群れ。『大丈夫?私の店で一杯やってけば?』(結局此処に戻れってか・・・)意味のない苦笑いと一緒に花園三番街の細い路地を歩いている。まだほとんどの店が明かりすら灯さない午後七時前、小さな店の扉が開いたその時、「あらぁお帰りなさい」懐かしい声と小柄な女が外に出た。

 霧のように降っていた雨はいつの間にか上がり、それでも漆黒の空が狭い軒先に闇を落とし込んでいる。小さなオレンジの明かりに照らし出された小さな店の中から一匹の猫が飛び出した。「祐一遠くへ行くんじゃないよ」俺と同じ名を持つ猫が『ニャー』と返事をして走り出して消えた。『やっぱりね戻ってきたんだ、さぁどうぞ入って』 相変わらず年上なのか年下なのか判らない不思議な女が、さも当然のような顔をしてブルースに染まる店内へ導いた。 

 「お帰りなさい祐一 あたし待ってたんだよ此処でね」5坪にも満たないその店の壁に、いつか夢見たブルースマンのポスターが貼られている。「私の夢、これで全部叶ったよ」 俺は出されたおしぼりの中でむせび泣くしかなかった。


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