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島中充さん

性別 男性
将来の夢 墓の下で生きる
座右の銘 天は人の上に人を作らず 人の下に人を作らず

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クマ蝉

14/09/26 コンテスト(テーマ):第六十七回 時空モノガタリ文学賞【 秘密 】  コメント:2件 島中充 閲覧数:1244

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クマ蝉がうるさかった。 プールからこども達の甲高い歓声が木々の茂みを通りぬけ聞えていた。真夏の正午 スカートのまま はだしになり 十才の女の子が公園の桜の木に登り始めた。息を殺し桜の木が枝分かれしている所までのぼり 気付かれないように手をのばした。 素早く一気に指で抑え込んだ。 クマ蝉がギュギュウと鳴いた。 枝々から一斉に悲鳴を上げながら 尿をまき散らし たくさんの蝉が四方八方へ飛んで行った。あっ こんなにもたくさんいたのだ。 女の子は八月の蝉の空を見上げた。

女の子はお父さんと一緒に この公園に以前にも来たことがあった。 お父さんは公園から見えるマンションに用事があるのだ。 マンションの女の人に御用があるのだ。御用とは 何か 女の子はうすうす知っていた。
「 ここでしばらく遊んでおいで。 おとうさんは御用があるから。」
誰もいないブランコを指さし お父さんはマンションの階段をのぼって行った。

おとうさんとおかあさんは いつも喧嘩をしていた。
「またあの雌豚に会いに行くのか。 私や子供をすて。お前は二号の子供だから 同じことをするのか」。
お父さんはテレビの野球を見ていて 何も答えなかった。
「お前はお父さんとお母さんのすることをずっと隣の部屋から覗いていて 見て見ぬふりをして 黙りこんで 今まで生きてきたのか。何とか言いなさい。」
お父さんはわざと知らんぷりをしていた。 何を言われても知らんぷりをすることに決めていた。お母さんは次から次へと言い立てた。

クマゼミは七年を地中で過ごす。交尾し 生むために たった二週間地上で 大空の下で生きる。

女の子の小さな手の平で蝉はもがいていた。 腹を激しく震わせジージーと鳴き 尖った手足で女の子の指を引っ掻いた。 女の子はいきなり右手を高く上げ アスファルトに蝉を投げつけた。パシャと音がした。御用なんてきらいだ クシャリと 女の子は蝉を踏んずけた。

お父さんはなかなか出てこなかった。 何をしているのだろう。 女の人と どこかへ行ってしまったのではないか。 私を置き去りにして。 心配しながらブランコに腰をかけ揺られていた。 頭上にまだ太陽は高く輝き くっきりとブランコは影を曳いていた。 首筋に汗が流れていた。

ようやくお父さんはマンションの階段を降りてきた。 駐車場の方へ行こうと 顎をしゃくってみせた。 女の子はお父さんの足元に駆け寄り 手を差し出し ぎゅっと手をつないで お父さんを見上げた。 女の子は嬉しかった。ふたりは駐車場の車の方へ歩き始めた。 幸せそうな親子だった。
 
ふたりの歩む足元に くっきりとした影があった。 影のなかに 真っ黒な蠢く塊があった。無数の蟻にたかられたクマ蝉だった。



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このストーリーに関するコメント

14/09/27 J-POP

島中さん

拝読させて頂きました。
この世界感好きです。

クマ蝉が今のお父さんの現状を暗喩してますね。
素晴らしい作品だと思います。

14/09/28 島中充

J-POP様
ありがとうございます。
これは事実の部分があります。
妻のトラウマになっております。

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