W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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騒音

14/09/15 コンテスト(テーマ):第四十回 【自由投稿スペース 】 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1134

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 二階を歩く足音が、ミシミシ、ミシミシと、天井を伝わって下の部屋まできこえてきた。
 気にしないでおこう。
 静雄はごろりと横になると、ちかくにあった雑誌を開いた。
 するとまた、ミシミシ、ミシミシがはじまった。
 ほっておけばそのうちきこえなくなるさと、雑誌のページに目をこらしていると、こんどはドタドタ、ドタドタと、さっきのミシミシより音がいちだんはげしくなった。
 静雄は、横につんである雑誌から、できるだけ刺激の強いものをえらんで、パラパラめくってこれはというページに、ぐっと目をちかづけた。
 二階の足音はそれからも延々とつづいた。
 子供が運動会でもやっているのだろうか。
 親はどうして黙ってみているのだ。
 階下の部屋におれがすんでいるのはわかっているのだから、静かにしなさい、ご迷惑でしょと一言、注意すべきじゃないか。
 いい加減イライラしてきた静雄の耳に、こんどはとなりの壁から、いきなりなにかをぶっつけるような音がひびいたとおもうと、つぎにビンかなにかの割れる派手な音がおこった。
 似たような音はそれからも何度も起こった。
 隣には大酒のみが住んでいて、それも大変な悪酒で、酔うと手あたりしだいにものを壁にぶつけるというひどいやつだった。
 静雄はたまらず、トイレにとびこんだ。
 と、まるでそれをまっていたかのように真上から、ジャー、ジャー、ジャーとくりか
えし水洗を流す音がきこえた。
 静雄にはこれが、二階の住人のいやがらせだということがわかっていた。なにが不満なのか、こちらがちょっとでも物音をたてると、とたんにそれに反応して
意図的な騒音で応酬してくるのだ。
 集合住宅になんか住むと、まったくにろくなことはない。
 二階だけじゃない。
 向かいの棟の連中もみな、にたりよったりで、ほらいまも、たたきつけるようなはげしさで窓を開くなり、ちいさな子供の、へたくそきわまる笛やラッパの大合奏がはじまった。
 まるでそれを合図にするかのようにあちこちのベランダから、猛烈な布団たたきがはじまった。
 布団からはじきだされるおびただしい数のダニやハウスダストは、どういうわけか気流の関係でみな静雄の部屋に流れこんでくるのだった。
 ベランダで猫の声がした。
 静雄はとんで行って窓をたたいた。
 ペットはこの住宅では飼育が禁止されている。
 しかしだれもそんなこと、守ってなんかいなくて、犬もいれば豚もいるし、ワニだっている。たまにどこかから猿らしい甲高い叫び声がきこえてきたりもした。
 いまベランダにいた猫も、どこかの部屋で飼っているやつで、腹が立つことになぜかじぶんのところではせずに、わざわざ彼の部屋のベランダまで出張してきて、糞尿をまきちらすのだ。
「こらー」
 ベランダの窓をあけ、静雄が大声でどなると、とたんにあちこちから、「うるさい」の罵声が返ってきた。
 夜になったらなったで、どこかで鉄製のドアがなんども、開いては閉まり、閉まってはあいて、そのつど開閉音が静雄の部屋に地響きとなってつたわってくる。これまただれかが、わざと彼を困らせるつもりで、力まかせにドアを開け閉めしているとしかおもえないふしがあった。
 夜がふければふけるほど、テレビのボリュームはあがるいっぽうで、カセットの音楽や、ゲームの効果音なんかもいっしょになって不協和音をがなりたてた。
 そんな騒音にも耐え続けた静雄が、ぼちぼち寝ようとしたやさき、まちかねていたようにどこかの風呂場の蛇口から湯が、勢いよくほとばしり出る音に、彼はあたまをかきむしった。
 電気で作られた音響とちがって、風呂の湯音はまたひときわさわがしかった。
 大勢の家族が入るようでそれも、家族全員潔癖なのかどうかは知らないが、一回一回浴槽を空にしてはまた湯をそそぎこむといった念の入った入り方で、その騒々しさはそれこそ半端じゃなかった。
 静雄は両手で耳にぎゅっと栓をした。
 しかしいくらそんなことをしても、騒音は容赦なく彼の聴覚をこれでもかこれでもかと刺激するのだった。
 男女のばか笑い、また言い争いがなんどもくりかえされ、そのうちそれは、、なんともなやましげな調子になり、さいごにはとても言葉ではいえないようななまめかしい声音にかわった。
「いい加減にしてくれ」
 おもわず静雄が叫んだ。
 とたんに、あらゆる階の住人たちから、「やかましいぞ、いま何時だとおもってたるんだ」とやり返されるとともに、二階からはまた足音が、どんどんと踏み鳴らされ、、右隣からはなにかをぶつける音が、左隣からはわけのわからない絶叫がおこり、たてつづけに水洗がながれ、風呂の水がほとばしりで、 男女の笑い声が、子供の歓声が、スマホの着信音が、遠くでサイレンが、犬の遠吠えが、ごちゃごちゃといりまじって襲いかかってきた。
 彼は、部屋でひとり、耳をおさえてうずくまった。
 実際には、そのような音はひとつも、どこからもきこえていなかった。
 最終戦争で世界はほろび、ほとんどの人間たちが死滅した現在、この街には、静雄ひとりが生き残って、いまいる集合住宅で起居していた。
 彼が耳にしている騒音はみな、静雄本人が作りだしたものだった。
 そうでもしないことには、地上にたれこめる全き沈黙を、耐えることなど到底できるものではなかった。
 


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このストーリーに関するコメント

14/09/16 辛楽

最後の数行ですべてを裏切り、かつ畳み掛けるように完結させる流れの勢いに感動した。
騒音というのは実にやかましいものでありますが、本当にうるさいものは、その騒音さえ恋しくする無音そのものかもしれませんね……
レックスさんの世界観にハマりました。

14/09/16 辛楽

最後の数行ですべてを裏切り、かつ畳み掛けるように完結させる流れの勢いに感動した。
騒音というのは実にやかましいものでありますが、本当にうるさいものは、その騒音さえ恋しくする無音そのものかもしれませんね……
レックスさんの世界観にハマりました。

14/09/16 W・アーム・スープレックス

辛楽さん、コメントありがとうございました。

私もまた、騒音には不自由しない暮らしをしいられていますが、これがいきなりピタリと全部やんでしまったら、それまで耐えていた気持ちのやり場に困ってしまうかもしれません。宇宙は沈黙でなりたっています。いつかは地上の騒音も、きれいさっぱり消えてしまうときがくるのでしょうか。

14/09/21 suggino

すごく意外なラストでした。それから淋しくなりました。
世界の終わりを描いた映画や作品などは今までいくつかみたことがありましたが、気が狂いそうなほどの静寂、孤独。想像もつきませんが、これを読んでなんとなくわかった気がします。…ほんのちょっとだけですが(おまえに何がわかるんだ!という叱責が聞こえてきそうです)笑

14/09/21 W・アーム・スープレックス

sugginoさん、コメントありがとうございます。

いやがうえに騒音に慣れさせられた私たちにとって、たぶん完全な沈黙は、百パーセントの酸素と同じに、危険物質となりうるかもしれません。クラシックSFで、世界が破滅してただひとり生き残った男の部屋に、ふいにノックの音が聞こえるというのがありましたが、その音は心臓が破裂するぐらいけたたましく鳴り響いたことでしょうね。

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