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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
将来の夢 可愛いおばあちゃん
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不確かな無花果

14/09/08 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:15件 光石七 閲覧数:1417

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 『ラ・フィーグ』で働き始めて六度目の春が来た。男を誘うための服と化粧もとうに当たり前で、いろんな客に抱かれることにも全く抵抗を感じない。すっかりこの仕事に馴染んでしまった自分がうら悲しい。どこかの貴族様があたしを見初めて迎えてくださるんじゃないか、初めの頃抱いていたそんな淡い期待は下町の安っぽい娼館では無謀なものだった。
「今日も大入り、結構結構。エマ、奥の一見さんを頼むよ」
「はい、マダム」
あたしは客の待つ部屋に向かった。
 ベッドに腰掛けていたのは若い男だった。あたしのほうを見たけど、緊張してるふうでもそわそわしてる感じでもない。こういう場所には慣れているらしい。
「エマです」
挨拶して男の隣に座った。近くで見るとなかなかハンサムだ。だけどさっきから妙な顔であたしをみつめている。そして呟いた。
「……もしかして、エマ・デュラン?」
どうしてあたしの名前を知っているのだろう?
「僕だよ、ニコル・パラゼ」
聞き覚えのある名前だ。ふと、ひょろっとした少年の姿が目の前の男に重なった。
「……え、泣き虫ニコル?」
「やっぱりエマだ、意地っ張りエマ」
村長の息子のニコルだ。二つ上でよく一緒に遊んでいた。会うのは十年ぶりだろうか。
「なんでニコルがこんなところに? 神学校に行ったはずじゃ……」
「あんな窮屈なとこ、とっくに辞めたよ。エマは……やっぱり親父さんが?」
あたしは頷いた。昔から酒浸りだった父さんは酒代欲しさに娘の身売りをあっさり決めた。
「そうか。……こんな形でエマと再会するとは思わなかった」
そうだ、今は娼婦と客だ。
「ニコル、お金払ったんでしょ? どうする? 昔話だけして帰るの?」
「このままだとそうなりかねないな。払った分は楽しみたい」
ニコルがあたしの肩に手を置いた。
「知ってた? 僕の初恋はエマだったんだよ」
あたしはベッドに押し倒された。

「ねえ、今何をしてるの?」
体のほてりが少し冷めた頃、あたしはニコルに尋ねた。
「神学校辞めた後、職を転々としてたけど……。今は幽霊詩人で結構稼げてる」
隣に寝転がったままニコルが答える。
「幽霊詩人?」
「最近貴族の間で流行ってんだよ、自分で作った詩を女性に贈るのが。ご婦人方は自分がいかに素敵な詩をもらったかを自慢し合うし、詩の才能がちょっとした殿方のステータスになってる。でも、中には才能の無い奴もいるだろ? それでも女性には評価されたい。そこで代わりに詩を作る人間を雇うってわけ。僕はその雇われ詩人ってこと。表に出ない詩人だから幽霊詩人さ」
「……お貴族様って暇なのね」
呆れたように言ったけど、優雅な身分が羨ましくもある。
「確かに貴族のお遊びさ。おかげで儲かってるけどね」
「ふうん」
「意外に評判いいんだよ、僕の詩は意中の女性を射止めることができるって。今も三件依頼が来てる」
「……人の書いた詩を贈る男も馬鹿だけど、それで男に靡く女も馬鹿ね」
「僕もそう思うよ。ま、せいぜい稼がせてもらうさ」
ニコルはもう一度あたしを抱いた。

 それからニコルはたびたび『ラ・フィーグ』を訪れるようになった。
「エマの常連がまた一人増えたね」
皆が言うようにあたしを指名する客は何人もいる。でもニコルが来ると、あたしは他の客が相手のときには無い喜びを感じるようになっていた。
「ニコル、まだ幽霊詩人続けてるの?」
「うん、依頼があるし」
「どんな詩を書くの?」
「依頼主の要望もあるけど、基本ロマンチックに情熱的にってとこかな」
「どうやって書いてるの? ……やっぱり自分の好きな人を思い浮かべて?」
言いながら、胸がチクリと痛んだ。
「それは無いかな、僕は恋人に詩を贈ったりしないし。ほとんど想像だよ。そのほうが自由に言葉が出てくる」
「……恋人、いるんだ?」
心臓をぎゅっと掴まれたように苦しい。恋人や妻がいても娼館に通う男は大勢いるのに。
「一応ね。結婚するかはわからないけど」
ニコルはあっさり答える。
「彼女とはそれなりにうまくやってるし、今がよければそれでいいと思ってる。わざわざ恋文代わりに詩を書く必要はないよ。そもそも言葉なんていくらでも飾れるし、取り繕える。そんな不確かなものを盲信したくないね。将来の約束もそうだ。この先どうなるかなんて誰にもわからない。今確かにあるものを存分に楽しむほうが得だよ」
ニコルがコルセットの紐をほどいた。
(今確かにあるものを存分に楽しむ……)
あたしはその言葉がどこか遠くに感じられた。ベッドの上で重なる体。あたしを抱きしめる腕の力強さや肌の熱さは幻なんかじゃない。愛おしい、でも溺れきれない。ニコルにとってあたしは幼馴染だった娼婦でしかない。
(どうせ偽物の愛なら、うわべだけの詩でももらおうか)
虚しい考えが心に浮かんだ。


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このストーリーに関するコメント

14/09/09 夏日 純希

拝読いたしました。

物語の導入部分すごくいいと思います。
再会から何か変わっていくのかな、どう盛り上がっていくのかな、
と興味をそそられました。
どうしようない恋心も、切なさを感じさせてくれました。

欲を言うと、山場みたいなものがどこかで欲しかったなぁと思いました。
場面的な盛り上がりでもいいし、石蹴りの作品の「落ちたら……ゲームオーバー」的な
読者の心をグラグラ揺らしてくれるような一言でもいいんですが。

いつも、いちゃもんばかり言ってすいません…。
誤解の無いように言っておきますが、光石七さんの作品は、
繊細さみたいなものが感じられてすごく好きです。
私もダメ出し頂きたい方なのと、自己紹介のところで希望されているようなので、少し勇気を出して…。
あくまでも私見なので、大事にしているものは、
気にせず貫いていただければと思います。

素敵な作品ありがとうございました。

14/09/09 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

平安時代から、恋文の代筆者っていたようですよ。
身分の高い貴族はそれように専属の歌人を雇っていたみたいだし、
みんながみんな歌心があるってことはないみたい。

せっかく幼馴染に巡りあったのにハッピーエンドとはいきませんね。
エマは娼婦だし、それでもやっぱり幸せになって欲しかった。

14/09/09 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

「ラ・フィーグ」って無花果って意味なんですね。
それでこのタイトル…つまりは禁断の実を食べてしまったアダムとイブ
男と女を暗喩させているのでしょうか?

吟遊詩人のことを調べていて私も知ったのですが、
王侯貴族は有名な詩人を抱えていることが一種のステイタスみたいなこともあったようですね。
情熱的な恋文を書く詩人のニコルが実は言葉なんて信じてないというところが面白いし、実際そういう人が書くものの方がウケるというのはわかるような気がします。

どこか醒めている(というか、境遇がそうさせてしまったのかもしれませんが)
エマの想いが切ないです。

14/09/10 滝沢朱音

光石さん、こんばんは。

詩のゴーストライター!面白いです。

今確かにあるこの実を味わうのなら、たとえ嘘でも花を咲かせてほしいですよね。女としては。
現実はなかなかプリティ・ウーマンのようにはいかない、か。。。

関係ないけど、なんとなくコルセットと無花果をリンクさせて読んでました。
(紐を解く=皮をむくイメージ?!)

14/09/10 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

切ないですね、そっとしていてくれればよかったのか、それでも出会ってよかったのか、どちらにしろ娼婦であるエマが、ここから抜け出せることはないのでしょうね。

ゴーストライター、いつの世もうまくいけば稼げる仕事のようです。有名な芸能人の出す私小説にはそういう方が起用されていると聞きます。詩人にもこの時代設定なら成り立つ仕事だと思います。だから、とてもリアル感を持つので、余計エマに感情移入してしまいました。できれば、ニコルにって……運命はそう物語のようにはいかないもの、ですよねえ。

タイトルが意味深、無花果のあの実を想像して娼婦の熟れたものに感じるのは下衆のようですね。珊瑚さんのコメントがその正解なのでしょうねえ。
最近、体によいとかで無花果を使ったお料理が増えていますね。見た目で私は食わず嫌いでしたが、フレンチのソースやお菓子などかなり美味しいものです。食べなければ味の良さがわからない無花果、エマは娼婦という見た目と中身(心中)は違っているという意味合いを私は感じました。

14/09/10 光石七

>夏日純希さん
今回も丁寧なコメントを下さり、感謝です。
いちゃもんなんて、とんでもない。自分では客観的に読み切れないし、不完全燃焼・推敲不足のまま投稿してしまうこともしばしばなので、ご指摘は本当にありがたいです。
今回は漠然としたイメージのまま書いて登場人物の内面を掘り下げきれず、それが盛り上がりに欠けた原因かもしれません。ラストも書きながら台詞が二転三転しましたし……
正直、あまり伝わらないだろうと思っていました(苦笑)
そんな中、冒頭を気に入ってくださり、エマの切ない心をくみ取ってくださり、うれしいです。
何より、足りない部分を教えてくださる夏日さんのような方は貴重です。
本当にありがとうございます。

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
和歌で想いを伝えていた平安時代を近世ヨーロッパに置き換えてみました。
皆が皆上手いわけじゃないですよね。もしかして、現代に伝わっている有名な歌も代筆者によるものだったりして……
ハッピーエンドじゃなくてすみません(苦笑) 誰かいい人がエマを身請けしてくれればいいのですが。

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
最初は「フリュイ」(果実)という娼館のつもりでしたが、タイトルに悩みまして(苦笑)
「花を咲かせず実をつける無花果があるじゃん! 愛は無いのに関係を結ぶ男女にぴったりじゃん!」と思いついて、ついでに娼館の名前も変えたという……(苦笑)
アダムとイブが食べた禁断の果実はリンゴというイメージですが、無花果もどこか背徳的なものを連想させますね。
恋の詩を書くくせに言葉を信じないニコルに着目してくださり、そこにこだわっていた作者としてはとてもうれしいです。
ニコルもエマももっと人物を掘り下げられれば良かったのですが、力不足でした。

>朱音さん
コメントありがとうございます。
「幽霊詩人」は私の造語ですが、ゴーストライターからの連想です(苦笑)
女性としては恋・愛という花を咲かせたうえで体も一つになるのが理想ですし、愛の言葉はやはり欲しいものですが……
コルセットと無花果、意識してなかったですね。この時代の娼婦らしい格好と行為の始まりの表現の妥協点としか……(苦笑)

>草藍さん
コメントありがとうございます。
エマ自身も抜け出せる望みは薄いと諦めています。なんでニコルに惚れたんだろう……(自分で書いたくせに(苦笑))
ですが草藍さんがリアルに感じてくださり、感情移入までしてくださり、エマも作者も幸せ者です。
タイトルはわざと意味深にしました。無花果はどこか背徳的・淫靡的なものを連想させますし。
無花果、私も大人になってから好きになりましたね。エマの見た目と中身の違いになぞらえるとは、草藍さんの感性に頭が下がります。

14/09/12 かめかめ

偽物の愛なら、うわべだけの詩なんか鼻で笑う。
そんな女でないからこその悲哀なんでしょうねえ。

14/09/13 クナリ

独特の魅力のある主人公による、深い情念漂う冒頭と、儚く終わって行くラストが良かったです。
夏日さんのおっしゃる通り、確かに、もうひとつ最後に欲しい気もしましたが、テーマの「詩人」をこう使うのかー…と感銘を受けました。
詩人そのものでありながら、主人公ではなく、話のキーマンなのに主人公との精神的疎通も無く、むしろニクい男…そして自分では言葉のチカラを信じていないとは。
人物の表現の妙なのでしょう、情景の描写は多くないのに、人々が行き交うゴシックな街並みが思い浮かぶのも上手いなあと思いました。

14/09/13 光石七

>かめかめさん
コメントありがとうございます。
そうですよねえ、普通に冷静に考えたら鼻で笑いますよねえ……
でも情というのは論理が通用しない。簡単には割り切れないし、駄目だとわかっていながらそっちに向かったりするもの。恋愛感情はなおさらではないでしょうか。
あまりうまく描けなかったのですが、エマの心を汲み取ってくださりうれしく思います。

>クナリさん
コメントありがとうございます。
やはりひと山足りませんでしたか。言葉を信じない詩人と娼婦という組み合わせ自体が冒険で、形にするだけで終わってしまった感が自分でもあります(苦笑)
人物の掘り下げも足りない中、主人公に魅力を感じてくださり、冒頭とラストを評価してくださり…… 逆に申し訳なくなってきます(苦笑)
情景が浮かぶのはクナリさんの感受性と想像力だと思います。

14/09/15 四島トイ

拝読しました。
娼館のヒロイン。幼馴染の青年。達観の内奥に燻る憧れと自由への渇望。王道ですね! そして、そう簡単に救われない、と思い知らされる終幕がどこか小気味よくもあり、悲壮感だけではない作品として昇華されたのは作者様の力量でしょう。

一方で、まだストーリーが始まっていないような雰囲気もあり、どこか物足りなくも感じます。今後はどうなるのか。ニコルの恋人が別の殿方から詩を受け取って惚れてしまうとか。しかもその詩を書いたのがニコルの商売敵だったらとか。
むしろ、冒頭との絡みで考えると、例えばエマが貴族から求婚されてるとか。しかもその貴族が求婚時に送った詩が実はニコルが代筆したものだったらとか。

続きの気になる作品作りも作者様の構成あってのことでしょう。
拙い感想ではありますが、御容赦ください。

14/09/17 光石七

>四島トイさん
コメントありがとうございます。
やはり物語としての動き、盛り上がりが足りませんよね。
設定が王道という意識は無かったですね。続きも全く考えてませんでした(苦笑)
ただ詩人に「言葉なんていくらでも取り繕える不確かなもの」と言わせたいがために書いた話でした。
言葉の力ともろさを表現したかったのですが、全然力が足りず……
そんな中いろいろくみ取ってくださり、今後の展開まで考えてくださり、恐縮です。

14/09/21 光石七

>OHIMEさん
コメントありがとうございます。
新たな境地……確かに自分としてはかなり冒険でした(苦笑)
“詩人は言葉の無力に一番敏感な種類の方々”とは、言い得て妙かもしれませんね。震災でどう言葉を綴ればいいのか悩んだという話を聞いたことがあります。
何気に妄想って強いですよね。恋も一種の妄想と言えなくもないかも……
 P.S. ちーちゃんの写真、撮る人間が下手で申し訳ないです。
    OHIMEさんもお体に気を付けて。

14/09/23 黒糖ロール

大人?の抱える空虚を、作品全体で表現されているように感じました。
アダルトな作品、楽しませていただきました。

14/09/23 光石七

>黒糖ロールさん
コメントありがとうございます。
言葉が持つ空虚な側面を詩人に語らせようとしたら、何故かアダルティになってしまいました(苦笑)
楽しんでいただけてよかったです。

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