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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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赤いボタン

14/09/01 コンテスト(テーマ):第三十九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1404

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 まったくついてない人生だった。腺病質の体質、おまけにとびきり臆病な性格から、子供のころは学校で毎日のようにいじめにあい、成人後は社会からいじめられ、どこの会社、どんな職種も長続きせず、親からも、兄弟からもなかばみすてられたかたちで、四十になっても定職につけずに毎日を、なんとかその日暮らしでくいつないできた。
そんなおれだったのでしぜん、世の中を斜にみるくせがしみついて、僻み根性だけはだれにもまけず、成功者や資産家たちにはいわれのない恨みを抱いたりした。
 過去をふりかえれば、じっさいいやなことばかりの連続で、どこかに晴れ間はないものかとしらみつぶしにしらべても、みえてくるものはみな暗雲ばかりだった。その暗雲が吹きだまるところこそ、おれの将来にちがいなく、おさきまっくらとはまさにこのことだった。
 相次いで親が死に、親族であるおれに三百万の遺産がころがりこんだ。
両親の資産からみて、本当はもっとあってしかるべきだが、そこはぬけめのない兄弟のこと、なんだかんだと理由をつけて、三百万のあとはびた一文つけくわえることなく、まるでこれで家とは縁をきれとばかり、おれの鼻面におしつけてきた。
 いわれなくてもとっくに家とは縁がきれたも同然のおれだったので、磁石の同じ曲が反発しあうように、三百万をもらうなりほとんど逃げ出すようにして肉親たちからはなれていった。
 三百万は、いまのおれにとっては破格の額だった。だが、おれにはもう、人生をたてなおすだけの気力というものがのこっていなかった。おなじ理由から、この金を放蕩三昧に使いきるだの勢いももちあわせていなかった。
 それでもおれは、この金の使い道に、あらんかぎりの頭をしぼった。
そして考えついたのが、世界一周の旅だった。いったい三百万で世界一周ができるかどうかさえ定かではなかったが、とにかくいけるとこまでいって、あとはサメのエサにでもなってやるさと、これまで人生を逃げに逃げつづけ、敗北街道をまっしぐらにつきすすんできたおれらしい最期を思い描いた。
 一か月後おれは、豪華客船というものの上にたっていた。これがおれとおなじ人間がこしらえたものだろうかと、その途方もない船舶の巨大さに、ますますじぶんのみじめな小ささを痛感したおれだったが、このような、じぶんの世界観をもののみごとにくつがえす体験によって、もしかしたらじぶんの生き方にも飛躍的な変化が生まれるかもしれないという予感めいたものをおぼえた。
 その船が二週間後に、嵐にあい、座礁したあげく転覆するなどということが、そのときのおれにどうして予想できただろう。転覆した船から荒波の上に投げ出されたおれは、三百万でも、豪華客船でも、なにをもってしても、おれのどん底人生を変えるなどということは結局、土台無理なのだということをいまさらながらおもい知ったのだった。
 おれはどこかの島の砂浜の上で意識をとりもどした。サメのエサにもならず、生きのびたことに、最初はさすがによろこんだ。が、結局それも、この世の生き地獄をまださらに味わわうことがのびただけではとおもいなおして、うっかり希望などという柄にもないものにすがりつきそうになったじぶんに、きびしく往復ビンタをくらわした。
 ここはちいさな島だった。
高台にあがってみまわしても、島の周囲はらくらくみわたすことができた。島の中央に群生する木々には、梨に似た大きな果実がすずなりにそだち、ためしに一個、かじってみるとそれは甘く、滋養もありそうで長いあいだ海面を漂っていたからだに活力がわきあがってくるのを感じた。
 これを日に三個たべるとして、いまみえるすべての木の果実をたべおえるまでおよそ一か月の期間がありそうだった。一か月もあれば、どこかの船が島のそばをとおりすぎることもあるだろうし、客船事故のあとだけに偵察機が上空にやってくることも考えられた。
幸い、気候は温暖で、夜になっても極端に気温がさがることもなかったので、おれはこの無人島で最後の運をためしてやろうとおもった。これまでなにひとついいことのなかったぶん、最後にどかっとまとめていいことがおこらないともかぎらない。しかし、食べるものといえば果実のほかなにもない、四方を広大な海にかこまれた無人島で、いったいどんないいことがまちうけているというのか………。
 最初の一週間は、またたくまにすぎさった。
果実という、おれを生きながらえさせてくれる食べ物のおかげで、おれは木の下から一歩もはなれることなく、無為な毎日を送りつづけた。
 なにもしてないとしぜん、これまでのみじめな記憶がつぎつきおもい浮かんできて、おれの心をむしばみはじめた。
―――どうして人間は、じぶんより弱いものをみると、いじめずにはおれないのだろう。スーパーのレジでならんでいても、まるであたりまえのように俺のまえにわりこんでくるものがいた。車にのっていて、相手からぶつかっているにもかかわらず、おれに非があるとして弁償させる者がいた。道をあるいていると、ふいによってきた二人が、有無を言わせずおれの財布を奪いとっていった。
 どこにいても、なにをしていても、おれはつねに無抵抗で、相手にされるがままだった。一声、コラッと怒ればすむことが、おれにはどうしてもできなかった。そんなたまりにたまった無数の理不尽なできごとが、ありの行列のようにおれのなかをぞろぞろ、はいずりまわりだした。
 世間の人間たちにたいする怒りが、いまその世間と乖離したことによって、いっそう激しくもえあがった。いまもしおれの手に、世界を破壊できる能力のある兵器があったら、ためらうことなくおれはそのスィッチをいれることだろう。
 おれが木の下をはなれ、島のなかをあるきまわるようになったのも、そのままじっとしているとますます増大してくる人間への嫌悪感に押しつぶされようにおもえたからにほかならない。
 どうせ、木と岩と砂しかない島のなかだとわかっていながらも、おれはひょうたん型にせりあがる島の向こう側の岩場に向かってあるいていった。
 そこは、平な岩場のつらなる場所で、黒々としているのは、頭上にひろがる繁みがおとす影のせいだった。
 その影の中に、それはあった。
 地面すれすれに位置する発射台に据えられた巨大なミサイル。
 全長五メートルはあるだろうか。ふといその胴体には、以前は明確にかかれていた文字がいまは雨風にさらされ、泥土にこびりつかれたあげく、まともに読みとれないまでにかすれていた。
 どこの国で作られたのか、まただれの所有なのか、しるすべはもちろんなかった。長年放置されていたのは、ミサイルの表面にびっしりこびりついた土汚れをみればあきらかだった。なぜここにこんなものがあるのか、考えたところでわかるものではなかった。わかっていることはただ、それはここにあるということだけだった。
 おれは、胴体中央部分の、特によごれがはげしい箇所を、爪のさきで削ってみた。乾燥した土が剥がれとれたしたから、つぎの文字が浮かび上がってきた。

 NUCLEAR

ところで、英語などほとんどしらないおれが、このフレーズだけはっきりしっていた理由は、以前みた映画の中で、やはりミサイルの胴体にこの文字がくっきりと書かれていて、画像の下に訳語が、これまたくっきりとでていたからだった。核兵器。この記憶には、自信があった。
 しかし、なぜこんなところに核兵器が。
おれにはまだ、これが本物だという認識はうすかった。中身は何も詰まっていないただの筒ということもありえる。ヤシの実ではないが、なにかの理由で海にすてたものが、ながい年月波のうえをながれながれて、いつしかこの島にたどりついたということだってありえるのだ。
 おれがそんなことを考えていたとき、ミサイルの後ろの木の枝に、なにやら黒いボードのようなものがあるのに気がついた。たいして高くもない位置にあったので、幹に足をかけて木によじのぼったおれは、それが太陽電池のパネルだということをしった。みれば、ほかの木にも、また岩場の上にも、おなじパネルが設置されている。パネルの存在は、ここが完全な孤島でないことを物語っていて、おれをうれしがらせた。がすぐ、これらのパネルがミサイルとなんらかの関係があるのではという疑惑がうかんだ。
 なんらかの電力が、いまもなお働きつづけている。だが、その電力を必要としているものはいったい、なんなんだろう。
 おれは怠惰の底からたちあがると、ミサイルの周囲をくまなくさがしてまわった。まもなく、ミサイルからすこしへだてた岩棚の中腹に、パソコンほどの大きさのパネルをみつけた。パネルの置場は、風雨をしのぐように、周囲を岩棚がとりかこむようにしてあった。
 電源はすぐにわかったので、いれてみると、パネル全体が低い振動とともに起動するのが伝わってきた。キーボードのようなものがパネル上にならんではいたが、キーにはなにやらややこしい記号がみてとれた。しかしおれはパソコン感覚で、キーを指ではじきはじめた。あてずっぽうでもなんでも、いまのおれにこの試みをためらわせる、どんな理由もみあたらなかった。
 いきなり、まんなかのキーが、赤くひかった。
おれは、たいしてなにも考えずに、その赤のキーボタンに指を置いた。一度はおそうとしかけたのだが、なにかがおれにそれをおもいとどまらせた。
 おれはほかの、赤くならなかったキーに指を移動させた。それなら躊躇なく押すことができた。
 モーターが作動するときのような機械音が鳴り、おれはその音がしたあたりに目をやった。
すると、いままさにミサイルが、機首のほうからみるみる垂直にたちあがりはじめた。さすがにそれをみたときには、おれは背筋にぞっとするものをおぼえた。
このミサイルは現役なのだ。
 とたんにおれは用心ぶかくなって、それからはキー操作にも細心の神経を配るようになっていた。
わかったことはとにかく、赤以外のボタンはすべて、ミサイルの角度と方向を移動させるためにあるようだった。みっちり一時間かけておれは、キーボタンの操作によってミサイルを、まるでじぶんの腕のように、自在にあつかうことができるようになっていた。
 もうそのころにはおれにも、キーボードの中央で輝いている赤のボタンがなにを意味するのかがわかっていた。
 核ミサイルの発射ボタン。
 のっけにこれを押していたら、いまごろ世界はどうなっていただろう。
まさかこんな絶海の孤島から核がとんでくるなどどこの国も夢にもおもわないだろうから、迎撃することなどまず不可能にちがいない。ハリウッド映画のように、かゆいところに手が届くようなぐあいには現実社会はできてないのだ。
 おれにしても、はじめのうちは、赤いボタンをみるのは怖かった。なるべくそちらに手がちかづかないよう、意識してパネルからはなれていることが多かった。
 あの太陽電池パネルがいつとりつけられたのがいつかはわからないが、おそらくミサイルと同時だったことはまちがいなく、これが設置されたときには本気でミサイルをどこかにむけて発射する目的だったのだろうか。
 国に異変がおこったか、内戦の結果か、とにかくなんらかの原因でミサイルはここに、きょうまで土埃にまみれて、しかし太陽エネルギーだけはいまも吸収しつづけながら、息づいていたのだ。
 おれはパネルからもミサイルからもはなれて、ふたたび怠惰に泥のなかに実を沈めた。
するとまた、さまざまな雑念が心のなかにさかまきはじめた。
 人間にたいする呪詛の念―――水をふんだんにすった雑草が、際限なく増殖をつづけるように、おれのその呪詛する気持ちにも、歯止めがきかなくなってきた。もう何年もまえの出来事にもかかわらず、おもいかえすととたんに息をふきかえして、ありありとした現実感覚をおびておれに迫ってきた。あのとき、一言いいかえしておけばとか、殴ればよかったとか、いまになって歯がみすることばかりでそれらは占められていた。それができなかったばかりに世界は、いまもおれにとっては、意趣返しのできない、ワンサイドにやられっぱなしの、まったくもって忌々しいところだった。
 ふと、いまなら、やれると、おれはおもった。
 いまのおれには、どこにでもうちこめる、核ミサイルがあった。赤いボタンを押すだけで、これまでたまりにたまった恨みつらみが、きれいさっぱりチャラになるのだ。
おれは、これまでつとめて避けてきた、岩棚のパネルのところにふたたび立った。赤のボタンはいまも、薄暗がりの中で、怪獣の目のようなどくどくしげな輝きを放っている。
 これを押すのは、簡単なことだった。
 そうおもいながらおれは、一日じゅう、その場にたちつくしていた。
 翌日もまた、おなじ場所にたって、赤いボタンをみつめつづけた。その翌日も、またその翌日も………。
 おれはなんども、これまで経験してきた、おもいだしても怒りと憎悪で全身にふるえがはしるようなできごとをおもいうかべては、ボタンを押そうとした。ほんとうに、ボタンに指をおしつけ、あと一ミリ、圧をくわえればという寸前にまできたこともたびたびあった。
 だが、押せなかった。
 それからまた一週間がたった。
 島をおおうほど実っていた例の果実も、だんだん底をつきはじめた。あとわずかなぶんしか、枝にはのこっていなかった。それらの果実はしぜん、枝の一番上のほうにあって、さいごは木をよじのぼっていかなればならないようだった。そしてその実がなくなったら、おそらくつぎの実がみのるのは、来年だろうから、島にはもはや、おれを生きながらえさせてくれる食べ物は、きれいに尽きてしまうことになる。
 そのときまでに、ボタンを押すことができるだろうか。
 自問しても、結局答えがえられないまま、とうとう、最後の果実をもぎとるときがやってきた。
 とりやすいものからとったせいで、その最後の一個は、あらゆる木の中でもっとも険しい高みにぶらさがっていた。十メートルはゆうにあるので、うっかり落ちたら、おしまいだろう。もっとも、落ちなかってもあとのおれの寿命は、果実一個ぶんにかぎられているのだが………。
 おれは地面から実を見上げながら、あることを心にきめた。
 もしもあそこまで無事のぼりきることができて、果実をとることに成功したら、そのときは赤のボタンを押す。とれなかったら、なにもかもあきらめて、この島でしずかに息絶えるのをまつ。二つに一つ。これまで踏ん切りのわるい人生を生きてきたおれともおもえない、潔い考えだといえた。
 おれは木をのぼりはじめた。
 いまだになんの木やらわからなかったが、よくここまでおれの命をたもちつづけてくれた。感謝の気持ちをこめながら、おれは、木に腕と脚をからませながら、のぼっていった。
 高い枝の最先端にぶらさがる、黄色味をおびた果実を、一心にみつめながらおれは、だんだん困難になってゆく木登りに息をはずませた。一度、手にした枝がぼきっと折れて、あやうくそのまま落下しそうになったのを、なんとかもちこたえておれは、なおも上をめざした。
 おれの口から、大きくため息がもれた。すでに、人間がのっかっていられる限界もこえていて、ちょっとの体重移動で細い枝は折れてしまうだろう。おれは、ゆらゆらと揺れ動く枝のうえで、にっちもさっちもいかない状況にたたされた。
 もうおりようかと、あきらめかけておれが、ふと岩場の向こうの茂みの中をみおろしたとき、なにか異様なものが目にふれた。なにかの骨のようだった。
おれは果実のことはあきらめると、その場所に足をむけた。
さっきはなにかの骨といったが、それがひとの骨だということに、おれははっきり気づいていた。それもおびただしい数の骨だった。
 足場の悪い高台を、繁みをかきわけながらようやくたどりついたおれは、あらためて折り重なるようにして横たわる何十という数の骸骨を確認した。
その骨たちは、古いものもあれば、そうでないものもあった。
まだ衣服が付着していたり、なかにはひからびた肉がこびりついているものみつかった。子供のものはなく、おおむね成人のものでしめられていた。
 いったいこの骨は、なにをものがたるのだろう。
 おれは考えあぐねて首をふった。ただひとつこれは確実だとおもえることは、いずれはおれも、この骨たちのように、この場に横たわるときがくるということだった。
そのおもいつきはやがて、この骨の中の一番新しい人もまだ存命中に、いまのおれと同じ考えを抱いたのではという憶測におれをみちびいた。この場に立って、骨をながめて、さまざまな考察に頭を痛めたことだろう。
 その人間もきっと、あのパネルの存在には気がついていたにちがいない。そしてあの赤いボタンの意味も………。
 かれもやっぱり、あのボタンを押すことはなかった。その前の人間も、またその前の人間も。赤いボタンは一度として押すことなく、骨となった。
 おれはいまはじめて、人間にたいして、信頼感のようなものをおぼえた。かれらにしても、ボタンの一押しですべてを終わらせることができる力に、誘惑されそうになったことはなかったとは断言できない。
 だが、かれらは押さなかった。
 おれはこの、救助の兆しもない孤島にきて、食糧もつきてしまい、いるものといえばかわりはてた骨だけというなかで、人間のすばらしさをみるおもいがした。
 いずれはおれも、あの骨たちの仲間いりをするだろう。が、もしもだれかがこの島にながれつくようなことがあって、あの押されることのなかった赤いボタンと、それを押すことのなかった骨たちをみて、やはりいまのおれのように、人間はすてたものじゃないのだとおもってくれるようなことになったら、おれの人生もすこしは意味があったといえることができるかもしれない。











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