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滝沢朱音さん

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Last Flowers

14/08/25 コンテスト(テーマ):第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】 コメント:6件 滝沢朱音 閲覧数:1210

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――私の涙には、かつて、魔法の力があった。

涙の玉を線香花火のように調節しながら、ゆっくり顔を上げる。
「美月に泣かれると弱いな」
父は幼い私の頭を撫でた。私はまだ涙を止めない。
「お父さま」
丸く膨れ上がった玉は瞳で最高に美しく輝いたあと、順調に頬を伝ったはずだ、たぶん。
「わかったよ。もう一晩だけ、な」
腑抜けた顔で私を見つめる父に、母はたたみかける。
「今夜も、まだこちらでいいの?」
「ああ。厳しいけどなんとかするよ」
母の眉から憂いが消える。精いっぱい上品に取り繕った声色。
「うれしい。お帰りをお待ちしてますわ」

――父の滞在を束の間延長させ、母の上機嫌を継続させる、力。

天野美月。
天野は母の苗字。私には父の姓は許されなかった。
その人が私の父でいるのは、年に数回の出張の時だけ。

「ほんとにべっぴんさんだなあ、美月は」
涙の魔法でその晩もうちに帰ってきた父は、私を抱っこしておでこにキスした。大好きな父、至福の瞬間。
「大きくなったら、きっとモデルや女優さんになれるよ」
女優という言葉に敏感に反応した私は、キッチンの母の様子を視界の隅でうかがい、声をひそめた。
「お父さまの奥さまって、女優さんなんでしょ?」
「……誰に聞いたんだ?」
「ママ……お母さまが、電話で誰かに話してた」
「そうか……」
「やっぱり綺麗な人?」
「……そうだね、とても綺麗だよ」
「いいなあ」
「美月も負けないくらい綺麗になるさ」
父はそう言うと鞄から携帯を取り出し、そっと写真を見せてくれた。
「内緒だよ」
画面の中で微笑む父と、美しい女性。この人ならテレビで見てよく知っている。そして中央の、父に似た涼やかな少年。
「美月のお兄ちゃんだ。真の月と書いて、まつき」
「真月……」
「最近、子役デビューしたんだよ。いつか美月にも会わせたいな」

母も美しい人ではあったが、その女優の異様なまでの美貌とは比べものにならなかった。
父がいる時と違い、普段の母はひどく下品でヒステリックで、醜く衰えつつある“商売女”だった。
「あの女、もう愛されてないくせに、いつまでも妻の座にしがみついてさぁ!」
誰かに愚痴る電話だったのだろう、酔っ払って悪態をつく母は、怯えて威嚇する野良猫のようで。

幼い私にすら、おぼろげにわかっていた。
父は、もう母を愛していない。
私を楯に父にしがみついているのは、母のほうであることを。

父が見せてくれた、この上なく美しい家族写真。
あの目映い枠の中に、私もいつか入ることができたなら。
私に兄と一字違いの名前を付けたのは、父の配慮なのかもしれない。

――いつしか抱きはじめた甘い幻想は、父の突然の死で崩れ去った。


父の姓を掲げたその名前を市の掲示板で見つけたのは、中学生になった頃だった。
【ジュニア劇団員 大募集! 出身:藤村真月(18)大河ドラマ出演中】
華やかに笑う、父によく似た青年の写真。

「この児童劇団の先輩、藤村真月くん。マッキーが、地方ロケの合間をぬって駆けつけてくれました!」
子どもたちの歓声と拍手で迎えられた、笑顔の兄。
「今日はこのマッキー先生に特別レッスンしてもらいますよ。みんな、しっかりね」

――この時を、この告白の時を、私はどんなに待ち望んだことだろう。

「次は天野美月さん」
「はい」
私は、ついに兄の前に出た。
父にそっくりの瞳が私に釘付けになるのを確認し、俯いて涙をスタンバイする。

お題は、かの有名なロミオとジュリエットのセリフ。
どうなったって構うもんか。

――開演。

「ああ、真月、真月」
顔を上げた途端、いきなり転がり落ちる魔法の涙。ざわめく観衆。
「どうしてあなたは真月なの?」
同じ月の字を名前に持つ兄の、驚いて見開かれた目。

「お父様をお父様と思わず、名前を捨てて」
父の『真の月』であるあなたが、どんなに羨ましかったか。
「それが無理なら、私を愛すると誓って」
私は、あなたの美しい家族の一員になりたかった。

「憎い敵は、あなたの名前だけ」
限りなく憎く、だけど、愛しいひと。

――しばしの静寂。そして、大喝采。

「よかったよ。演技はまだつたないけれど、涙の迫力に圧倒された」
褒めてくれた兄に、私はあわてて話しかけた。
「私、美しい月と書いて、みづきと言います」
「そうなんだ。僕と似てるな」
「兄は藤村さんと同じ名前、真月って言うんです」
「へえ! それでさっき、僕の名前を呼んでくれたのかな」
兄は手を差し出し、無邪気に言った。
「お兄さんにもよろしく」
握手で、父のあたたかい手の感触が蘇る。たまらない。
「私、女優になります。憶えていてください」
何も知らない兄は、ファイト! と笑顔で親指を立てた。

女優になる。あなたの真の家族になってみせる。

――忘れないで、私を。


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このストーリーに関するコメント

14/08/25 滝沢朱音

★★★★★★★★
この曲を聴きながら書きました。

BGM:「Last Flowers」Radiohead
(映画『告白』より)
http://youtu.be/9_uQzEsSA1A
★★★★★★★★

14/08/25 草愛やし美

滝沢朱音様、拝読しました。

複雑な家庭環境にあって、強く生きていく美月、逞しいですねえ。ここで告白するとは、読み手の私までびっくりしました。
冒頭の涙の表現が素晴らしいです、線香花火の火玉、なるほど、一番大きな玉を形成した時が、花火の火花が大きく盛んになり、最たる見どころの瞬間、でも、それが花火の終焉なのですから意味深です。内容と同じように奥に隠された深い部分を感じさせますね。
美月さん、真月くん、共に素敵な俳優さんになり共演するなんてのを想像しています。キャラクターがしっかりしているので、このキャラで他のお話も書けそうだと思います、面白かったです。

14/08/25 亜子

読みました。強いファイトの中に、悲哀が込もっているのだなと感じさせられました。女優さんの中には家族の愛を得たくて努力する人もいるようです。私達は女優さんやその他の俳優さんがそのときは自分のものであるかのような錯覚に陥りますが、本当は一人の人間として認めてほしいという感じがしました。マスコミはパパラッチで人権侵害していると思う。だから、アイドルに恋愛は認められないとか昔はあったようだけど、その延長線上にいてはいけないと思います。大衆娯楽はだれも悲しむ人がいないようなら正解だと思います。ひとりひとりが相手のことを一個人として認識できるようにはまだなっていないと思います。忘れてはならない人がそのことを教えてくれているような気がします。

14/08/27 夏日 純希

なんというか……続きが気になりました。
簡単に打ち明けなかっただけに、
打ち明けるときはかなりドラマチックになりそうですよね。
二人にどんなドラマが待っているんでしょう?
ここまでお膳立てしておいて、ここで止めるのは、
僕にとっては拷問に等しい……。
でも、まぁ仕方ないので、とびきりのハッピーエンドは、
ひとまず想像の中で楽しませていただきます。

14/08/29 滝沢朱音

★★★★★★★★
>夏日さん
こんにちは☆
読んでくださり、楽しんでくださってありがとうございます♪
実は、3つ前に書いた掌編の登場人物を主人公に書いたのですが、
機会があればアンソロジー?風に綴っていってみたいです(*>ω<*)

今ふと思ったのですが、セリフの場面、
せっかくだから涙の玉を後に持ってくるべきだったかも…^^;
…って、ひとりごとというか愚痴ですね(笑)失礼しました〜

>皆様
何か気づいたことがあれば、
今後のためにも、ぜひアドバイスお願いしますm(_ _)m
★★★★★★★★

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