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辛楽さん

幻想的なもの、奇抜なもの、切ないもの。 心に直接訴えてくるような物語に憧れています。 読んでいて恥ずかしくなるような拙いところもあると思いますが、これが僕の世界です。 絵は友人にかいていただきました。タバコ吸いません!ピアス開いてません!眼帯してません!ってもはや似顔絵じゃない

性別 男性
将来の夢
座右の銘 良きにも悪しきにも忠実に、されど人道外れずに。

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川流れ柳の思い出

14/08/16 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:1件 辛楽 閲覧数:998

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彼は國を渡り歩く詩人らしい。
そう言われている割には、彼が詩を書いているような素振りは一切見受けられなかった。

「いやね、詩というのはその人の感情、その時の情景、様々なものから生まれる芸術的な記録なのさ。私が君のいう詩を書かないでいるのは、決して記録をサボっているとか、そういうのではないのだよ」

彼はお得意の小難しい言い回しで言い訳をすると、縁側で足をぶらつかせながら湯呑をすすった。

「うん、君の淹れるほうじ茶は、この世で唯一、絶対の保証がされた美味であるな」

正直、僕は彼が何を言っているのかわからない。
彼はトレードマークである紺の着流しの袖から小さな巾着袋を取り出すと、小さく揺らしてこちらへ投げた。
おおっ、と驚きの声をあげてそれを掴まえる。絹の心地よい包みに金糸の封がされていて、一目で、安いものではないことが分かった。

「鞠之屋の金平糖さ。いつものお茶のお礼だよ」

紐を解くと、中には大粒で淡い色の鮮やかな金平糖が入っていた。
私にもおくれよ、と自分で贈ったものにもかかわらず三粒も持っていくのがいかにも彼らしい。
彼は変わらず縁側で、僕は少し奥のだだ広い畳の上で、晩夏の昼の風を微かに感じながら金平糖をなめた。

「私がなぜ川流れの柳と呼ばれるか教えようか」
「その話は何度も聞いたよ」

彼、周囲曰く川流れの柳さんは放浪しながら詩を書き、その日暮らしをする旅人なのだという。
いつどこからあらわれどこに消えるのか誰も知らず、いつのまにかそこにいて、いつのまにかいなくなっている。そしてまたあらわれ茶をたかっては、どこかに消えている。
柳の葉のようにしなやかに何にでも柔軟で、川に流れる柳の落ち枝のように流されるまま旅をする。そんな彼にその名がついたのは、必然的といえば必然的であったのだろう。

……いけない、柳さんの小難しい言い回しが、僕にもうつってしまったようだ。

「おかわり、淹れますね」
「君ほど気がきく女性なら、貰い手もすぐ見つかるだろうに」
「あいにくですが僕は十四の男ですので」
「なに、私は初めて知ったよ」

そのくだりも以前に何度もやりました。
そんな今更な突っ込みをのどに仕舞いこみ、僕は急須に湯を注ぐと新しいお茶を柳柄の湯呑に淹れた。

「私が詩を書かないのはね、この世界には言葉で表せないものが沢山ありすぎるからなんだ」

二つ目の金平糖を口に放り投げると、柳さんはほつりほつりと話し出す。

「空の雄大さや風のささやき、花の美しさなんて言葉にしたって安いだけさ。その時その場の、その情景や感動なんて、言葉にする頃には自分の頭の中で美化されたり、逆に風化してしまったりして本当の情景じゃない。本当に伝えたいことは、言葉にする頃には本当ではなくなっているのだよ」

わかるような、わからないような。
葦で編まれた湯呑置きの上に新しいお茶を置くと、柳さんは間髪入れずにそれを啜った。

「私はこのほうじ茶をこの上なくうまいと感じている。だがそれを君に、うまいと伝えたころには本当にうまいかの保証はない。口に含みながらうまいという信号でも送ればそれははたして真実なのだろうが、どうにも人間は視覚と聴覚、双方を以て真実であると認識するのだから、きちんとうまいという感情が伝わることはないのだよ」

僕はもう、真実でもお世辞でもいいから、飲むなら飲むで一人で楽しんでいてもらって結構だ。

「しかし裏を返せば、その時その場の、その情景や感情を感じた本人であるならば、真実は真実として不変の事実なのだ。いずれ記憶が美化されても、風化しても、感じた本人のその瞬間だけは、この世界の美しさは存在するものである」

最後の金平糖を足元の縁の下にそっと置くと、柳さんはぴょんと軽い身のこなしで立ち上がり、腰の骨を鳴らした。

「私が君のほうじ茶をうまいと感じたことは、私の中で世界の美しさに匹敵し、いずれ私という詩集が完成したとき、あの世まで持っていくよ」

私は詩人でなく、詩そのものだからね。じゃ、さようなら。
ひらひらと手を振り何事もなかったかのように去る柳さん。
彼が金平糖を置いた縁の下を覗くと、そこには小さな蟻が列を成していた。

「柳さん、人の家で虫に餌付けしないでください」

その文句は一際なめらかな風に乗せられ、彼の高い耳に届いたかは分からず終いだった。


次なんてあるかわからないから、と別れの挨拶はいつもさようならだった柳さん。
あの夏以降、彼は二度とほうじ茶を飲みに来ることはなかったが、この世界のどこかで、きっと彼以外にはわからないそれはそれは素晴らしい詩集を完成させたのだろうと、僕は今年の晩夏も蝉の鳴き声とほうじ茶を楽しみながら思い出すのだ。





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このストーリーに関するコメント

14/09/09 光石七

拝読しました。
柳さんのセリフがとても魅力的ですね。
“本当に伝えたいことは、言葉にする頃には本当ではなくなっている”とか、“感じた本人の瞬間だけは真実”とか。
柳さんに会ってみたいと思いました。

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