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橘瞬華さん

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詩無き吟遊詩人

14/08/12 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:3件 橘瞬華 閲覧数:1678

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其の老楽士は此処数日、古い屋敷に付随した噴水の脇に座っては夜な夜な名も知れぬ楽器を奏でていた。おそらく異国の民の楽器で在ろう其れは聴き慣れない割に何処か懐かしい音を発し、老楽士は歌うでもなくただただ切なげな調べを夜へと溶け込ませていた。其の旋律を聴く者は居ないだろうと思われたが、今宵は其の唯一の観客が屋敷から降り立った。
「何故お前は、毎夜其処で物語を奏でるのだ、楽士よ」
 挨拶も無しに不遜に問うは半ば廃墟と化した屋敷の唯一の住民。元は高価であったであろう服は着古され縒れていた。一方で夜風に靡く髪は月明かりに照らされるとまるで金糸のようであり、其の髪が青年の輪郭の淡さを浮かび上がらせていた。其の様はまさに没落貴族の其れであった。しかし彼の放つ語気は荒く、持ち前の尊大さを隠そうともしない。
「ほう、聴き手なぞもう疾うに滅んだものと思っておったがのう」
 老楽士は其の態度を諭すでもなく飄々と軽口を返す。老楽士は様々な布を幾重にも纏っているが、大地を踏みしめる足には如何なる布も巻かれてはいない。白く輝く頭髪は布で覆われているが、髭は伸びるが儘に任されている。楽器の入れ物は身の丈を超える程であるが、その他には僅かな食料を持つのみである。老楽士は其のような出で立ちで青年と対峙していた。
「我が牢獄の真下で奏でられるのだ、耳に入らずには居られまい」
 青年は自嘲気味に言葉を放つ。親に後継者として見切りを付けられた青年の流された島。其れが町外れに在る、誰も手を入れることのない此の屋敷だった。其の自嘲に気付くか気付かずか、老楽士は調子を合わせる。
「ほほう、大声で歌えど罰せられぬ牢獄とな。まさかこのオンボロ屋敷に人が居るとは思わんよ。しかし今宵お主が出て来なければ明日にはちいと邪魔させてもらう予定だったんじゃがのう」
「フン、やはり聴いていたか。人が居るとは思わない等とはよく言ったものだ。明日まで待てば不法侵入で警吏に通報してやれたものを。全く惜しいことをした」
 青年と老楽士は快活な笑い声を重ねる。言葉を交わすのは此れが初めてのことであったが、どうやら相性は悪くないらしい。
 老楽士は腰を上げ少しスペースを空けると青年に座るよう促した。青年は何の躊躇いもなく焚き火を囲む形で其の場に座す。木がパチパチと弾ける音を背景に老楽士は話を切り出す。
「其にしても私が紡ぐものを旋律ではなく物語とな。よく分かったのう」
 青年の初言を思い返しながら老楽士はウンウンと頷く。老楽士は夜毎此処に来ていたが、歌ってはいない。ただ古から伝わる調べを奏でていただけだ。其れを青年は「物語を奏でる」と称した。
「俺の心に残る物は何時だって物語だけだ。其れ以外は心に沁みはしない。お前が奏でるのはお前の民族の歴史か、伝承か。何れにせよ美しい物語だった。民の名は知らないがな」
 当然だ、とばかりに、何の恥ずかしげもなく青年は口にする。物言いこそ尊大ではあるが其れは素直に老楽士の「物語」を讃えたものだった。青年は目を閉じて其の壮大な「物語」へと思いを馳せる。幾夜も耳にし、耳にこびり付いた其の民の軌跡を、其の歌声を以て辿る。言語を介さない其れは星空へと舞い上がり、静寂の中を流れては消えた。
 「物語」が終わり、暫しの沈黙が流れる。やがて老楽士は青年に優しく語りかけた。
「お主には歌の才が在ると見る。こんな屋敷で腐ってないでどうじゃ、私と共に来んか」
 瞬間、青年は驚きの表情を浮かべたものの直ぐに苦笑を浮かべ首を振る。そして出会い頭からの態度とは裏腹に神妙な面持ちで、俯きながらたどたどしく言葉を重ねる。
「俺は心に残る、忘れられない詩的表現というものに出会ったことがない。感心はしても感銘を受けることはない。作家が言葉を弄して書き上げたはずの戯曲や詩……。凡そ文学と言われるものの何を読もうと、いつも物語にばかり意識が向く。それ以外何一つ頭に残りやしない。俺は詩を歌うのに向かない」
 だから俺は歌に言葉を乗せないんだ、と青年は胸中で呟いた。老楽士は其の飲み込んだ言葉も含めて青年の言わんとすることに耳を傾け、ポンポンと青年の背中を叩き満面の笑みを浮かべた。
「ならば私としては都合が良い。私が弾いとるのは物語でな。比喩や小手先ばかりの修飾なんぞ要らん。物語を唄うに必要なものは物語に心酔出来る心と、其れに従った抑揚だけじゃ」
 老楽士は立ち上がると青年に手を差し伸べた。青年は其の手を取り立ち上がる。其の顔には先程までの翳りは微塵も見られない。老楽士はそんな青年に向けて火の始末を付けながら旅立ちを告げる。
「明日には此処を発つ。旅の支度をしてくるがよい」

 斯くして、青年は老楽士と旅の第一歩を踏み出した。彼が楽士として「詩無き吟遊詩人」の名を馳せるようになるのは、また別の話だ。


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このストーリーに関するコメント

14/08/12 クナリ

新たなる旅立ちの契機となった瞬間の物語ですね。
きっかけとしてのエピソードだけでなく、彼が何を成したか、まで作中で読みたかったです。
彼独特の感性は、この後どのような出会いと運命を紡ぐのでしょうね〜…。

14/08/24 滝沢朱音

はじめまして。最近の作品も含めて全て読ませていただきました〜♪
始まりから読者を一気に別世界に持っていってしまうような、ぐいぐい引っ張る感じ。とにかく説得力がすごいなぁと思いました☆
女性の方とのことですが、いい意味でそういう枠を超越した世界観だなぁと…!
うらやましい&カッコいいです。これからの作品も楽しみにしていますね♪

14/09/15 橘瞬華

>クナリ様
コメントありがとうございます!
本当に、我ながら言葉を弄さず、もう少しストーリーに字数を割けばよかったかなーと。2000字に纏めるのは難しい……。しかし条件は皆同じなので今後とも精進していきたいです。
個人的にも彼と老楽士はお気に入りのキャラクターでもあるので、彼らのその後について想像したりと、いつか書けたらなーと思っています。

>滝沢朱音様
コメントありがとうございます!
他の話も読んでくださりとても嬉しいです。
そんなに褒めても何も出ませんよう、という気持ちと褒められた!嬉しい!という気持ちがせめぎ合ってます(笑)
昨今では物語の内容を作者の性別によって批評する方が多く居るように思います。そうではなく、物語は物語として、誰が書いたということを抜きにして読んで評価されたい。そういう意味ではこのインターネットの世界でこうして読んでもらってコメントをもらうことは純粋な評価がなされているということ。自分の世界観を評価されてとても嬉しいです。

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