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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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最後に、私だった日

14/08/11 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:13件 クナリ 閲覧数:2037

時空モノガタリからの選評

これは「詩人」同士の2人ならではの、非常に繊細な物語ですね。「詩人」同士ならではの「信頼」と、それを現実世界で実現する困難さがとても的確に表現されているように感じました。「主語を隠したり、返答にあいまいにするのは詩人」というのは、なるほどと思います。2人の「信頼」は、おそらくネットという「主語を隠す」環境において、より容易だったのではないかと想像します。ネットの世界を飛び出し、現実に「逢う」ことは、2人の関係の「曖昧さ」を否定し、「主語」を明らかにし、「返答」を明確にする、つまり散文的で分断的な現実世界に適応することに繋がっていくことのように思われます。きっとそれは「やんなきゃいけないこと」に専念し「私でなくなる」ことへの、彼女の意志の表れだったのでしょう。また「詩人」同士であることと、現実の男女としての関係を築くことの両立の難しさも感じさせますね。「パートナーに文系の感性を求め」、「詩人」的繋がりを求めてしまう「僕」の苦悩は、まだまだ今後も続いていくのでしょうね。

時空モノガタリK

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僕が中学生の時に始めた詩サイトへの投稿は、高校一年生になった今でも続いていた。
暗く自虐的な僕の詩は、僕の年若さもあって高く評価され、今では僕はサイト内のトップランカだった。
対照的に、学校生活は冴えなかった。
何人かの女子と付き合ったけど、皆、すぐに別れた。
どうやら、僕が無意識に、パートナに文系の感性を求め過ぎるのが大きな原因だと思われた。
よく、彼女達に「バカな自分が申し訳なくなる」と言われたからだ。
勿論、バカなのは僕である。

僕の使っていたサイトに、『ヤモリ』という投稿者がいた。
ヤモリは個人情報公開をしておらず、年齢も不明だったが、よく僕の詩にコメントをくれていた。
「暗い詩にありがちな、回りくどい比喩や修飾語が無くて良い」
と言ってくれたのが、特に嬉しかった。

ヤモリも詩の投稿はしていたが、あまり出来は良くなかった。
僕は散々悩んだ末勇気を出して、
「いつもありがとう。ところで、僕の方はヤモリさんの詩が短か過ぎて粗削りに見えて、だからなかなか感想が言えません。すみません」
とコメントを書いた。
怒らせやしないかと冷や冷やしたが、あまり仲良くなり過ぎる前に言うべきだと思った。
翌日、ヤモリから僕へのレスが付いていた。
「有難う。こちらこそ済みません。貴方は信頼出来る人間だと感じています」
それだけの文を、僕は何度も何度も、読み返した。

ヤモリの詩はそれから飛躍的に良くなり、コメントも多数付くようになった。
おかげで僕はしばしば勝手な敗北感に打ちひしがれたが、それは理想的な状態でもあった。

僕らは頻繁に言葉を交わしたが、殆どは詩の感想だった。
だから、ヤモリから突然、
「会いたい」
とダイレクトメッセージをもらった時は驚いた。
高校では孤立しがちだった僕は、意思交換のみで信頼を築き合っているヤモリとの関係に崇高さを感じ、少なからぬ矜持を抱いていた。
それだけにショックもあったが、同時にヤモリの、どこか切迫した雰囲気も感じていた。

ヤモリと、僕の家からは電車で三十分ほどで行けるショッピングモールで待ち合わせをした。
向こうの家も近くらしい。
「『寒鰤』さん?」
雑踏の中から声をかけて来たのは、制服姿の女子高生だった。
茶色い髪と、短いスカートに驚く。
「ヤモリは、……男だと思ってた」
彼女の方が年上に見えたが、つい敬語を使いそびれた。
「よく言われる」
と言って、ヤモリはにやりと笑った。

彼女が行きたい所があると言うので着いて行った先は、町外れのガード下だった。
ヤモリは僕の数歩先で立ち止まると、首だけを壁に向けた。
「私……、やんなきゃいけないことがあって、それは絶対にやんなきゃなんないことなのね」
「うん?」
「もうね、ポエムー、とか書いてられなくなるの」
彼女の沈痛な声は、なのに裏腹に、なぜか心地良く僕に響いた。
横顔が綺麗だと、つい、思う。
ヤモリはすっとしゃがみ込み、
「この隅のちっこい落書き、私が初めて書いた詩なのね」
目を凝らさないと埃にしか見えない小さな文字で、ガード下の壁に文章がある。

『私でなくなる私は
それでも私だろうか

私だった頃の私を好きだという人には
逢ってしまっていいものだろうか

そんなことを考える私は
私だと思っていいものですか』

「浅くて、粗いよね」
「そうだね」
「でも、悪くないかな」
そう、悪くはない。
「今日はこれ見に来たんだ。ごめん、一人じゃ虚しくて。寒鰤さんとは一度、会ってみたいなとも思ってたし……最後だから」
ヤモリが立って、僕を見つめた。
「結構カッコいいじゃん」
「ヤモリも、……可愛いよ」
「ありがと。もっと色々話したいけど、やっぱりきりが無いから、行くね。本当、今日はありがとうね」
引き止めたかった。
でも、彼女が限界に近いことが分かって、出来なかった。
ガード下に立ちつくす僕を置いて、ヤモリの後姿が小さくなって行く。
逢わないことに価値があった筈の彼女の、明るい髪が、ガード下を出て、陽の光を浴びた。
頭上に電車の轟音が響く中、
「もう会えないの……!」
僕は、今まで出したことのない大声をあげた。
ヤモリはくるりと振り返り、
「寒鰤さん、実は今、私のことかなり好きだよね!」
「そうだよ!」
「分かってたよ! だから、これからもやって行けるよ!」
主語を隠したり、返答を曖昧にするのは、詩人だからだろうか。
そしてヤモリは、人波に消えた。

自宅に帰り、ノートパソコンを開くと、ヤモリの退会の挨拶がサイトに載っていた。
多くの利用者が別れを惜しんでいる。
彼女の過去の作品を見直してみても、あのガード下の詩はない。

ぼうっと画面に見入ったまま、やがて痛んだ目を指先で押さえる。
ぽろぽろと雫が落ちた。
好きだよなあ、と、主語も答も無いままで、思った。


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このストーリーに関するコメント

14/08/11 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

私も詩のサイトに投稿しているひとりの人間として言わせて貰えば、クナリさんの作品は
小説であっても、そこに脈々と流れているものは詩の心だと思う。

いつも文章の巧さに感嘆させられいます。

詩であっても、そこには巧みな構成力を感じさせる。
比喩とか、比喩とか、比喩・・・それだけが詩だと思ってる詩人がいるが、私は
ストーリー性も大事だと思う。

クナリさんはその両方を兼ね備えておられる。羨ましい限りです!

14/08/11 かつ

自分は小説等、このようなサイトは初めてで初心者です

なにを読んでもなんて言っていいかわかりませんが

この作品を読んで涙がでました。

ありがとうございます

14/08/12 クナリ

泡沫恋歌さん>
精力的なご活動には、頭が下がりっぱなしですよ〜。<詩のサイト
あ、なんかどえら素敵な褒め言葉をいただいている感じです。
他人から見たら「この程度のこと、よくあるよね」と言われてしまうくらいの出来事であっても、本人の心中では嵐のような化学反応が起こってしまうことというのはあるわけで、その感覚を表現するには「その時に起こったこと」だけでなく、話として伝えることが必要な時というのはあると思うんですよね。
それがうまくいっていれば、僥倖でございます!

かつさん>
自分も書き始めのころ(話を投稿する、という行為を始めてからはもう三年くらい経つのかな…)、さまざまな書き手さんに大量の刺激を受けました。
かつさんの創作の、刺激のひとつになれたのならば幸甚でございます。
こちらこそありがとうございます。
またかつさんの琴線に触れるものが書けましたら、楽しんでいただければうれしいです。

14/08/12 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

テーマ『詩人』って難しいと感じている私。それは、詩人が到底理解しがたいもののひとつと感じているからです。繊細すぎて、それでいて、大胆なのでは、あるいは、もっと複雑なのかしら。

彼女「ヤモリ」さんも、そういう詩人さんのように感じました。詩は、書いた本人の見解でなく読んだ人の感覚で捉えて良いからねと誰かに言われたことがあります。『私が私でなくなる』の詩もそういう意味合いかなと、かってに判断しています。(コメントに書いて駄目だったかも……ごめんなさい)

文中の詩が素敵。クナリさんはやはり何を書いても上手いですね。2千文字として濃い内容だと思います。

14/08/12 クナリ

草藍さん>
いえ、『詩人』、むっちゃ難しいですよ〜。
詩人を生業としている人の話がどうしても書けなくて(そういう人をあまり知らないから、リアリティが自分の中にないのかも?)、ネットで詩を書いている中高生を主人公にして、彼らなりの詩情というものを書いてみたらストーリーになるだろうか…という着想から構成したのです。
詩人といっても、千差万別ですしね。

そうですね、基本的に発表された作品は読み手のものだと思います。
だからなんとも解説もしませんー(できないだけと違うか、突っ込んではなりません(^^;))。
作中の人物の書いた詩でも、考えたのは自分なわけで、こうでございと「浅くて粗いけど悪くない詩」なんてものを出すのは恥ずかしかったですが(^^;)。
お褒めの言葉をいただけてうれしいです、ありがとうございます。

14/08/23 かめかめ

語られない多くのことを感じ取れるのが詩人なんでしょうね

14/08/26 クナリ

かめかめさん>
コメントありがとうございます。
詩人というのは、感受性と発信能力が備わってるんだろうな、と思います。
時として不幸を招くこともあるのでしょうが、その完成はいとおしいものですよね。

14/08/30 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

詩人というテーマに正当法な切り口で描かれた作品という気がいたしました。
クナリさんが描く人は器用に生きられなくて、それをなんとか埋めようとしたりしなかったりで、
(ヤモリさんは詩というもので、そしてそこへ集う人とのふれあいで埋めようとしたのかなと)そこが切なくて魅力的だなあと常々思ったりしてました。

私が中学生の頃はネットがなかったので、某雑誌に投稿などをしておりました。
何を書いていたのかすっかり覚えてませんが、あの頃の私というものが詩を書くことによって何かを埋めていたのかもしれないなあと。
そんなことを懐かしく思い出しました。

14/09/01 クナリ

そらの珊瑚さん>
詩人て、どう書いたらええねんー「詩」じゃなくて「詩人」だもんなー人を書かないといけないんだもんなーとぐるぐるした結果、このような仕上がりになりました。
職業詩人になってしまうと、本当にどう表現していいのか分からないので、主人公は「詩の愛好家」くらいの中から選んだわけなのですが。
コミュニケーション能力の欠如で悶々したり、それを後ろ向きに受け止めて(人と触れ合うことを諦めて)生きている人々をよく主人公に選びますね…。自分がまっとうに社会で生きたいという願望ですかね(^^;)。
自分は投稿などという行動を起こせずに、というより何かを作るという作業自体興味を持たないままに生きて来たのですが(大学くらいからですかね、いろいろやりだしたのは)、「表現する」ということに若いうちから取り組まれている方々の費やした熱量や時間にはよく圧倒されることがあります。
それと同じくらい、十代の頃に創作した過去作品を見返した表現者様が、気恥ずかしさに悶絶してる様子もよく見ますが(^^;)。

14/09/06 夏日 純希

そろそろ締め切りだなぁと思って読んでいなかった作品を改めて眺めていました。
と、名作を見逃しておりました!

青い感じがいいですね。
二人出会ってからのシーンをもっと読みたかったですが、
掌編ですから仕方がないですね。くそぉ・・・。

ほんとクナリさんは、コンスタントに良い作品綴りますね。
僕も負けないように頑張ります!

14/09/08 クナリ

夏日純希さん>
精力的な創作、お疲れ様です。
コ、コンスタントというのなら、夏日さんには及びませんがッ…。
自分は今のところは、書くペースが〆切に追いついているのでいいのですが、いずれ手詰まりになる日がくることでしょうッ…!(弱気)
一つのぼでーたっちすらなく終わった恋ですが、これも青い春の一ページですね。
物足りなく、ほろ苦い経験も、掌編だからこそ表せるもの…とでも申しておきます(^^;)。
逆に、いちゃいちゃするシーンってちょっとしたこと書くにも半端なく文字数使うので、「ああ、愛し合っている二人がどんなに盛り上がっていても、第三者から見れば無駄の塊でしかないということなのかな…」などと思ってもみたり(違)。

14/09/09 光石七

好きだよなあ、と私も呟いてしまいました。目的語は“このお話”ですが。
思春期の繊細な心情を描くのが本当にうまいですね。
作中の詩も素敵ですし、……あれ? なんか自分泣きそう?
変なコメントですみません。確かなのは、この作品に出会えてよかったということです。

14/09/13 クナリ

光石さん>
おしゃれなお褒めの言葉を、ありがとうございます!
恥ずかしながら、思春期がちゃんと描けているのなら、きっと自分の情緒が十代くらいから成長していないせいだと思われます!(結構頻繁に思い知るッ)
作中の詩については、まあせっかくこのテーマだし、ポエムひとつ入れ込んでも罰当たるまいッ、と思って入れたのですが、
……「浅くて粗いけど悪くない詩」ってどんなんやねん、そんなん書けるんけ自分書けるんけ、と悩みながら書きました(^^;)。
コメント、ありがとうございました!

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