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夏日 純希さん

名前は「なつのひ じゅんき」と読みます。誰かに届くなら、それはとても嬉しいことだから、何かを書こうと思います。 イメージ画像は豆 千代様に描いていただきました(私自身より数億倍、さわやかで、かっこよく仕上げていただきました。感謝感激) Twitter(https://twitter.com/NatsunohiJunki) 豆 千代様 HP:MAME CAGE(http://mamechiyo555.tumblr.com/?pagill )

性別 男性
将来の夢 みんなが好きなことをできる優しい世界を作ること。 でもまずは、自分の周りの人を幸せにすること。
座右の銘 良くも悪くも、世界は僕に興味がない。(人の目を気にし過ぎてるなってときに唱えると、一歩踏み出せる不思議な言葉)

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一つだけの仕事

14/08/10 コンテスト(テーマ):第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】 コメント:4件 夏日 純希 閲覧数:990

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京都老舗のすき焼き専門店。すき焼き『半額』。
嬉しくない。なぜなら、それが私につけられた値段だったから。

「あんたの腕では、半分しかお代はいただけません」

女将である母は言った。当時の私は心の中で悪態をつくだけだった。
あるお客さんの話を聞くまでは。

友達が就職活動で苦戦をしているのを、私は少し遠くから眺めていた。
私は産声を上げたときに、すき焼き屋から内定通知をもらっている。
そんな私に突然の半額宣言。私は少し戸惑っていた。

ある日、私が担当になったのは、普通の服装をした一人の男性だった。
高級店にはあまり相応《ふさわ》しくないが、
半額の私には、なるほど、相応しそうだった。

「よろしくお願いいたします」

着物姿の私は、ふてくされた心を隠しながら言った。
男性は、とても優しく微笑んで「よろしくお願いします」と返した。
思わず私は丁寧に挨拶をし直したのだった。

三十代前半だろうか。静かで、雰囲気が柔らかくて、居心地がよかった。
肉を焼いて、たれをかけて、ご飯をつけて、また肉を焼いて、野菜を焼く。
一連の作業の間に、すっかり打ち解けていた私は、ついつい本音を漏らしていた。

「この仕事をしたいのか、わからないんです」

「他にやりたい仕事でも?」

「わかりません。物心ついたときから、店を継ぐように言われてたから」

「じゃあ、ここで働くのは嫌いかい?」

「嫌いではない、と思います」

「でも、それが自分の天職だという確信が持てない?」

私は黙って頷いて、その男性の次の言葉を待った。
ジュージューという鍋の音だけが妙にうるさかった。

「人の仕事は一つしかない。他の人を幸せにすることだ。
 君の場合、すき焼きを作って、食べた人を幸せにする。
 すき焼きを作るのは『手段』に過ぎない」

男性は話を続けた。

「君のすき焼きはすごく美味しい。僕は食べられて幸せだ。
 だから僕は君に、ありがとうって思って、喜んでお金を払う。
 こうして、君の仕事が成り立っている」

喜んでもらえて、感謝されて、お金をもらえる。
言葉の響きは最高だ。けれど、私の中では、釈然としないものが残る。

「でも、お金を頂く限りは…」

あの忌々しい格言と、嫌な思い出が頭をよぎる。
横柄で、セクハラまがいで、ビールばかり飲んで、大声で話す客。
ああいう接客を、私は何十年もしたくない。

「お客様は神様です。あれは間違いだよ。客も店員も、人間だ。
 お互い人間なんだから、尊重しあうべきなんだよ。
 僕が想像するに、あれは誰かを幸せにするときの心構えを説いた言葉だと思う。
 『客の横柄な態度を許せ』なんて、言葉がみんなに受け入れられるわけない」

調べたわけではないから、間違っているかもしれないけど、と男性は付け加えた。

「勘違いしたまま大人になって、周囲に迷惑をかけ続ける奴がたくさんいる。
 これは社会の問題であって、君の仕事からは切り離して考えた方がいい」

確かに、これはどの仕事でも遭遇しかねない。そこで、私はふと思う。

「だとしたら、『手段』は何でもいいと?」

「いいや、よくない。人からお金をもらうためには、その『手段』で優れていなければならない」

「つまり、才能が必要ですか?」

「少しはね。でも、大事なのは、その『手段』で人を幸せにして、自分がどれぐらい幸せになれるかだと思う。
 幸せにする。幸せになる。もっと幸せを望む。もっと上手になる。もっと幸せにする。もっと幸せになる。
 このループが必要なんだよ」

「でも、人より上手になんて…」

男性はそこでちょっと吹き出して笑った。

「継続して努力できれば人よりは上手になれるさ。
 世界一にならなくたっていいんだよ。地域で一番、いや、二番だって大丈夫。
 大事なのはね、その『手段』で人を幸せにしたいと思えるか。幸せをループさせ続けるために。
 君は、すき焼きを作って、みんなを幸せにしたい?」

私は小学校の頃を思い出した。
すき焼き作りを、何度も練習した。
みんなが美味しいねって、褒めてくれた。
私はとても誇らしくて、嬉しかった。そして、また上手になった。
私はその忘れかけていた思い出をそっと抱きしめた。

「私は…、すき焼きを作って…、みんなを幸せにできたら…、嬉しい…」

私の中に眠っていた言葉は、口からゆっくりと這い出してきた。

「よかった。僕はまた君が作ったすき焼きを食べたいからね」

男性は、生卵をまとった最後の肉を、口にゆっくりと放り込んだ。
自然とあふれ出る幸福な表情を見て、とても嬉しかった。
お金を払った後、男性は律儀にお礼を言ってくれた。

「また来て下さい」

「半額じゃないときに、また来るよ」

私は、熱い何かを胸に秘め、深くお辞儀をして男性を見送った。


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このストーリーに関するコメント

14/08/11 泡沫恋歌

夏日 純希 様、拝読しました。

すきやきのお話、美味しそうですね。
昔、三重県の松阪牛のお店ですきやき食べたら、目玉が飛び出るくらい高かった記憶があります。
もちろん、人の奢りですが・・・(笑)

携帯小説の人ですか?
改行の仕方がそんな感じ、私は魔法のiらんどにアカウント持っています。

幸せをループさせ続けるために、すきやきを作っていくことが、主人公にとって、
とても大事なことだと思いました。

楽しめるお話をありがとうございます♪

14/08/11 夏日 純希

泡沫恋歌さま

すき焼きを夢で見て、食べたくなったので、書かせてもらいました。

>携帯小説の人ですか?
携帯小説は未経験です。過去に覗いたことはあるかもですが。
過去はブログでちょいちょい書いていただけですね。
「横組みはだらだら書くと見にくいなぁ」と思って、
少しでも見やすくしようと頑張った結果、
あんな改行スタイルになっております
(僕の仕事のeメールもこんな感じです^^;)
もし、逆に見にくかったらすいません・・・。

コメントいただきありがとうございました。
全然コメントもつかないので、誰も読めないくらい駄作だったかと心配しておりました(笑)

14/08/12 草愛やし美

夏日純希様、拝読しました。

すきやきにしろ、どんな仕事もそれを極めることは努力と忍耐が必要でしょうね。特に、シェフや板前さんの仕事は、辛抱を続けなければいけないと聞いています。包丁を握るまで何年、お客の前に出られるには、20年ほどもかかるとか……。
レールが引かれていると思っていた息子へのきつい母親であるおかみさんの言葉は粋ですが、心を鬼にして辛いけれど、のれんを守るとは、そういうものなのでしょう。

私は京都生れですが、京の老舗はんは敷居が高おます。そやけど、そうなるために努力も惜しんだはらへんと思います。木屋町や花見小路、祇園さんなんか、今も一見さんお断りのお店多おますえ、そんなお店のおかみさん思いながら読ませてもらいました。味わい深いお作どした。おおきに

14/08/12 夏日 純希

ほんと京都っておもしろいところですよね。
一見さんお断りとかで、どうやって商売成り立つんやろうとか、
店の前を通っていつも不思議に思います。

私は、主人公女性の方をイメージしていたので、
コメントをいただいて、なるほど、
自分の記述ではどちらでもとれるかぁと思いました。

自分のイメージをうまく伝えられなかった悪い例ですね。
こういうのはコメントいただいて始めて気づかされるので、
ほんとうにありがたいです。

毎回、勉強になります。コメントありがとうございました。

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