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山中さん

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マングローブの森

14/08/08 コンテスト(テーマ):第六十二回コンテスト 【 未来 】 コメント:8件 山中 閲覧数:2096

時空モノガタリからの選評

マングローブは人の背丈まで成長するまで、20〜30年かかるそうですね。森を再生させることは本当に大変な仕事だと思います。「大切なのは我々の願いではなく、大地が森を必要としているかどうか」という視点が新鮮です。たしかに長い目でみれば自然ほど理にかなったシステムはないのでしょうし、人間の都合でそれを破壊し続けた先には、きっとしっぺ返しが来るのだろうと思います。そして森が戻ることの「喜び」が老人の原動力となっているのが面白いと思いました。人間を突き動かすのは、最終的には理屈ではなく自然に沸き上がる感情なのかもしれない、と思います。マングローブの植林活動は世界各地で行われているそうですが、老人がそのような人々の心を代弁してくれているように思えました。

時空モノガタリK

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 バイクを走らせると砂煙が空高く舞い上がった。畦道のすぐ脇には海へと注ぐ河口が広がる。どこまでも続く荒れた大地に、茶色く濁った水と乾いた太陽。ベトナムの陽射しは容赦がない。昼時には観光客でなくても根をあげそうになる。こんな日はハンモックに揺られながら太陽をやり過ごすに限る。
 そんなことを考えながらしばらく走り続けていると、遠方に人の姿を見つけた。老人のようだ。湿地帯に足を踏み入れ、腰をかがめながら何かを探しているように見えた。

「じいさん、いいものでも落ちてたかい?」

 畦道の上から、からかってやるつもりで声をかけたのだが、その老人は俺を見上げにっこりと微笑んだ。

「命だ」

 俺はバイクのエンジンを止めた。おかしなことをいうじいさんだな。ひょっとして、からかわれているのは俺の方なのだろうか。

「なあ、ここじゃ小魚一匹取れないぜ。欲しけりゃ市場にでも行ったほうがいい」

 よく見ると、老人の手にはいくつもの小さな苗が握りしめられていた。何かを探しているわけではなく、苗を植えていたらしい。
 老人は俺を無視した後、その苗を一本ずつ丁寧に植え始めた。そのそっけない態度は、まるでこっちへこいとばかりに誘い込んでいるようだった。俺は滑り落ちないよう、慎重に河口へと足を進めながら彼の側へと近寄った。

「それ何だい?」
「マングローブの苗だ」
「植物が育つような場所には見えないけどな」

 じいさんは腰を伸ばしてから額の汗を拭った。照り付ける太陽の陽射しがそれを受け止め、微かに光り輝く。

「ほんの数十年前まで、この辺りはマングローブの森に覆われていた。見る影もないのは、伐採や戦時中の枯れ葉剤の影響だ。だかな、人の手によって壊されたのなら、また戻すことだってできる」
「それがあんたのいう命かい?」
「命は育てるものだ。私はその手助けをしているだけにすぎない」

 老人は手を休めることなく苗を植え続けた。マングローブは成長速度が遅いと聞く。そいつがたとえ大きな森になったとしても、彼がそれを目にすることはないだろう。なによりこの暑さじゃ、じいさんが先にくたばっちまう。

「余計なことかもしれないが、無理はしないほうがいい。こんな田舎じゃ、ぶっ倒れても誰も助けになんか来ないぜ」

 聞こえているのかいないのか、じいさんは構わず苗を植えていく。息を切らしているのがここからでもよくわかった。だが笠の下から覗く口元は、どこか嬉しそうに笑っている。
 俺にはまったく理解できなかった。人もろくに通らないような場所に森が出来たとして、一体誰が得をするのだろう。そして老人は、俺に背を向けたまま話しかけてきた。

「ある哲学者はこういった。地上のあらゆる物は、火、水、土、空気の四元素から構成されていると」

 哲学なんて言葉を持ち出された俺は正直困惑したが、静かに彼の言葉を待つことにした。

「森はそういったものすべての象徴だ。そしてその循環が他の生命を作り出す。周辺には魚やエビ、貝類などが生息し、それを糧とする鳥達が集まってくる。そんな世界が戻るとしたら、喜び以外に何があるね」

 聞く耳を持たないとはこのことだろう。このじいさんには何をいっても無駄なような気がした。嬉しそうに苗を植える老人を眺めながら、俺はマングローブの森とそこに住み着く生き物を想像した。そのイメージは強烈な陽射しによってすぐに消えたが、立ち込める霧が晴れていくような清々しさを与えてくれた。

 額に手をかざし空を見上げる。陽がだいぶ高くなってきたようだ。しょうがねえな、俺はそうつぶやくと靴を脱ぎ捨て、河口へと足を踏み入れた。
 別にマングローブの森を見てみたくなったわけじゃない。こんなところにじいさんの墓を建てられるのは御免だったからだ。俺の様子に気がついたじいさんは、例の笑顔を見せ苗を差し出してきた。人の気も知らずにいい気なもんだ。
 照り付ける陽射しの下での作業は、想像以上に過酷なものだった。しかしこれだけの苦労も報われず、苗が育たなければどうするつもりなのだろう。俺は不安になりじいさんに問い掛けた。
 するとじいさんは、ためらうことなくこういった。それはただの結果だ、と。

「大切なのは我々の願いではなく、大地が森を必要としているかどうかだよ」

 正直、俺は納得がいかなかった。だがいつしか、俺達の植えた苗が大きな森へと成長したならどうだろう。そう考えると、自然と口元が緩むのがわかった。そのときはきっと、俺は心の底からじいさんに感謝できる、そんな気がした。


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このストーリーに関するコメント

14/08/09 クナリ

根本的な衝動として、こういう価値観を持つ人たちが、最後は世界を救うのかもしれませんね。
作品のテーマとは無関係(と言うか下手すると相対するかも)ではありますが、顧客満足度の高い企業のスローガンを思い出しました。
細くも力強い、老人の指先が見えるようです。

14/08/09 草愛やし美

オレンジ様、拝読しました。

ただ未来を待つのではなく、育てる、森が必要とするなら育つのでしょう。そのためには、やはり命を植えなければならない。私達は未来のために、具体的に何もしていない時代に生きているような気がします。

見ているだけでなく、動くことが何よりなのかもしれません。老人はそのことが一番わかっているのでしょうね。私達もそのことに気づかないと……。この世界の未来が、もし、自分が少しでも関わったものとすれば、どんなにか素晴らしいことでしょうねえ。

14/08/10 山中

クナリさん、ありがとうございます。
若者は今を大切に考えますが、年配者は未来を優先する、といった個人的なイメージが強くありました。それになんだか説得力もありますしね。
企業のスローガンとは少し以外でしたが、それらしい写真と一緒に並べるとそれらしく映るかもしれませんね。

14/08/10 山中

草藍さん、ありがとうございます。
未来という先の見えないものに対して行動することは、勇気のいることだと思います。
未来は確かに存在するし、放っておいてもやってきます。それがどういったかたちとなるかは、現在の影響ですよね。ある意味、今を過ごしている時間も未来の一部なのかもしれません。
世界、となると壮大すぎますが、小さな未来になら、何か自分にも関われるものがあるかもしれませんね。

14/08/10 光石七

拝読しました。
おじいさんの言葉にとても説得力がありました。
未来のための小さな一歩、それが実を結ぶかどうか保証はなくても行動することが大切なのでしょうね。
素敵なお話をありがとうございます。

14/08/11 泡沫恋歌

オレンジ 様、拝読しました。

「大切なのは我々の願いではなく、大地が森を必要としているかどうかだよ」

とても良い言葉ですね。胸を打ちました。
マングローブの森が育つことを願っています。

14/08/11 山中

光石七さん、ありがとうございます。
どれだけ立派な理想を述べたところで、行動なくしては何も成り立たないということですね。これが一番難しいのですが…
小説なら、登場人物にそれを託すことができます。今の自分にはこれが精一杯です。

14/08/11 山中

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
老人の台詞に、良い言葉と受け止めていただけて嬉しいです。ひとつのことに情熱を傾けられる人間は、見ていて勇気をもらえますね。老人は自分の中にある理想像かもしれません。

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