W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

KAIJYU

14/08/04 コンテスト(テーマ):第三十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1234

この作品を評価する

 日本海に面した小さなまちの沿岸に、ある日曜日の朝、その怪獣はうちあげられていた。
 あたまのさきから長い尾のさきまでざっと八十メートル、腕は文字通り大木のようにふとく、あしもまたそばの岩のつらなりみかとみまがうばかりの巨大さだった。くろぐろとした鱗におおわれたからだは、夏場は海水浴場でにぎわう浜を、独占するかのように横たわっていた。
 夜のうちにうちあげられたのは明らかだった。
 いつもまだ空が暗いあいだに、犬をつれて散歩にくる主婦が、それをみつけた。
 この主婦は最近家族とともに他のまちから転居してきたいわばよそもので、よくこの主婦がとおる浜には犬の糞が片づけることなくすてられているとの噂がたち、海をきれいにする会のメンバー二人がその真否をたしかめようと主婦が犬をつれてやってくる時刻に浜で待つことにした。
「おれたちの海を汚すやつは、ゆるせない」
 メンバーの、ー山本と中野は、平気で犬の糞をおとしてゆく無神経きわまりない主婦を、きようこそはとっつかまえてやろうと意気込んだ。『犬の糞お断り』の立札をあちこちにたてたのも、かれらだった。
 二人が浜に行ったときにはまだ、空には無数の星がまたたいていた。主婦がこんなくらい時間帯に犬を散歩させるのも、はじめから糞を放置する目的なのだと、かれらがおもいこんだのもむりはなかった。
「いるいる」
 浜につづく繁みのなかから山本がいった。
 懐中電灯のライトがゆれ動くなかに、こばしりにかける柴犬の姿がうかびあがった。
「よし、いくぞ」
 二人はいきおいよく砂浜をかけだした。
 この浜は、みんなが週一で清掃していた。以前美しい海辺の風景ばかり集めた雑誌に、とりあげられたことさえあるこの浜は、まちの人たちにとっての誇りであり、みんなにとっての宝物だった。そのことをふたりは、こんこんと主婦に諭すつもりでいた。
「おーい」
 逃げられてはと、浜のこちらから中野はよびかけた。しかし相手は、その場から一歩たりとも動く気配はなかった。もしかしたら犬が、いまのいま脱糞行為の真っ最中かもしれない。現場をおさえるのは、いまだ。
「あんた、その犬―――」
 どうしたわけか主婦は、やたらと口をあけたりしめたりをくりかえしている。どうやら声をだすのをわすれているらしかった。
 そのころにはふたりにも、なにかが変なことに気がついていた。
 浜にひとつも、波がうちよせていなかった。それに、さっきとびだした茂みから海までの距離が、あまりにもみじかかった。
 目のまえによこたわる黒いものは、海ではなかった。主婦はふたりよりもはやく、そのことに気づいていた様子だった。しかしそれがなにかはまだ、理解できずにいるようだった。
 主婦のふるえる懐中電灯の明かりが、いきなり怪獣の顔をとらえた。そのあまりの獰猛そうな形相に三人は同時に腰をぬかし、砂の上に尻もちをついた。ちいさな犬だけが、なにもしらずに鎖の範囲内を元気にとびはねていた。
 

 朝日がのぼり、あたりがすっかり明るくなったときには、浜の周辺には、大勢の人々が押し寄せていた。
 クジラがうちあげられたとばかりおもいこんできた連中が、それとはまるでちがう、これまでみたこともない生き物をしって、そのとき浮かべたあ然とした表情がいままで消えることなくずっと顔のうえに張り付いていた。
 報道関係者がやってき、テレビの取材や人々へのインタビューなどで、いつもはしずかな浜がうそのようにさわがしかった。
 そんな浜に、突然どよめきがあがったのは、それまでぴくりとも動かなかった怪獣が、わずかに身をくねらせたときだった。
「まだ生きてるぞ」
「だけど、このまま陽ざしのなかにおいていたら、おっつけ死んじまうだろう」
「かわいそうよ。なんとかたすけてあげましょう」
 そんな言葉がとびかううちに、だれかが家からバケツをもちだすのをみてみんなも、てんでにもってきたバケツで海水をくみ、それを怪獣のからだにかけだした。そんな親たちのけんめいなふるまいを見て、背後からは子供たちが声援をおくる。中に一人の幼児が、スポーツドリンクのボトルを怪獣の口許にもっていこうとするのをみて、報道関係のカメラがいっせいにシャッターを押した。生き物の命を愛する子供―――この美談がフォトとともに世間にながれたとき、いったい何人が感動のあまり涙を落とすことだろう。
 海水をかけられた怪獣が、じょじょに生気をとりもどし、みひらいたまぶたのなかで目をこきざみにうごかす様子や、ときには全身を大きくなみうたせるのをみたみんなは、バケツの水かけにいっそう精を出すようになった。
 かれらはみな、怪獣をもとどおりに回復させて、海にもどすことがじぶんたちのつとめだとおもっているようだった。『瀕死の怪獣をよみがえらせた人々』―――新聞に、週刊誌に、テレビに、ウェブにながれるそんなフレーズが、心地よくかれらのあたまをよぎった。
 怪獣は、なんとか動くようにはなれたものの、まだまだ自力で海にもどることはかなわなかった。
 あつまった人々全員が両手で怪獣の体をおしてみても、動いた気配はまったくなく、みなはそのとほうもない重量にただただ圧倒されるばかりだった。
 そのうち、陸からはユンボやブルドーザーなどの重機が、海からは漁船やヨット等の船舶がかけつけてきた。
「みんなで力をあわせよう」
 そのかけごえのもとに、数隻の船舶が海から怪獣のからだをロープでひき、重機がそれを後押しする計画が実行された。
 そのころには三台の消防車によるホースを使っての海水かけがはじまっていた。
 全身に滝のように浴びせかけられる海水に、怪獣がいかにも気持ちよさげに身をよじるのが二度、三度確認された。
 怪獣のからだが海水のなかにすべりだしたのは、午後のちょうど三時のことだった。
 浜全体から歓声と拍手がわきおこった。
 生物学者たちは世紀の大発見の怪獣を、このままみすみす海にかえしてしまうことには大反対だったが、死にかけていた怪獣をみんなの協力でいきかえらせ、子供たちに生命の尊さをまのあたりにさせた連中にとっては、いままた怪獣を浜にひきあげ、ふたたび生命の危険におとしいれることなど、とんでもない話だった。
 それから一時間後、怪獣がその尾をしならせながら、沖合に泳ぎだす姿がみられた。
 浜にずらりとならぶ人々の達成感と満足感にみちた顔を、おりからの夕日が赤々とてらしつけた。
 まちによそものがふえ、近所づきあいもめっきり減った昨今、きょうのこのできごとでふたたび交流ができるぞと、よろこぶ高齢者たちもすくなくなかった。
 例の犬の糞放置の婦人も、いまでは中野と山本たちと親しげに言葉をかわしていた。
「あんたが第一発見者だから、あの怪獣に命名したらどうだい」
「そんな、とても、とても………そうね、この犬の名前が、トンちゃんだから、トンちゃん怪獣ってのは、どうかしら」
「そんな漫画みたいな―――」
 三人が笑いだすのにつられるように、まわりからも笑い声がおこり、それはやがて浜全体にまでひろがっていった。
 しかしその、笑い声のなかからつたわってくる、異様なけはいに気づいて、顔をこわばらせるものがいた。
「あ、あれ―――」
 何人かがいっせいに、海のほうを指さした。
 異常な数の海鳥たちが舞う下の海面がにわかにもりあがり、くだけちる波しぶきのなかから、ぬっとあの怪獣が頭をもたげたのはそのときだった。
「お礼をいいに、もどってきたのかな」
 そんな冗談も、最初のあいだだった。
 いきなり怪獣の口から、轟音をたててほとばしりでた火炎が、海岸沿いの松並木をたちまち焼き払ってしまった。
 怪獣は、人々の手厚い救助によって完全に回復した全身を精力的にゆらしながら一声、あたりのなにもかもを震わせるほどのものすごい咆哮をあげた。
 そして力とともによみがえった破壊と殺戮の本能をみたすために、まだいっぱいの人間たちであふれる浜辺にのっそりと、地響きをたてながらあがってきた。

 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン