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たまさん

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ガリレオの望遠鏡を持つ女

14/08/01 コンテスト(テーマ):第六十二回コンテスト 【 未来 】 コメント:4件 たま 閲覧数:1068

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 青い瞳の女だった。

 土の壁を刳り貫いた窓には、暗緑色のペンキを塗りたくった鎧戸があって、部屋のなかは薄暗いままだった。
 暑くないか? と男が言うと、女は小さな扇風機を回した。
 ごめんね、明るいのは嫌なの。

 窓辺のベッドの上で男と女は汗にまみれて埋め合わせをする。鎧戸から漏れたわずかな白熱の光が女の顔に当るたび、右眼だけが宝石のように青く灯るのを男は見逃さなかった。

 ガラス戸は押し上げてあった。女が鎧戸を開くと眩しい汐風が流れ込んで部屋を満たした。窓の外にはやはりペンキを塗りたくったような紺青の海があって、そこは小高い丘に建つ一軒屋だった。
 男はベッドに寝転がったまま、下着もつけずに汗ばんだ指に乾いた葉巻を挟んだ。薄っぺらな鏡台の前で髪を梳く女の傍らで、小さな扇風機は、ずっと、回りつづけていた。

「ねぇ、どこから来たの?」鏡のなかの男に向って、女が尋ねる。
「昨日の朝はマイアミにいたよ。証明はできないけどね。」括れた腰まで届いた女の紅い髪を見つめて男は答えた。
「アメリカ人なの?」
「ああ……今はね。」
「うふっ、アメリカ人って不思議よね。いつも国籍が曖昧なんだから。」
「なるほど、そうかもしれないな。」

 ね……もういちどする? それともワインにする?

 とりあえずワインにしよう。 と男は言って、つづきは海に日が沈んでからでいい……と、付け足した。

 山羊の乳を塗りたくったような木のテーブルに、葉巻を持った手で片肘をついて男はワインを呑んだ。あいかわらず、小さな扇風機は回りつづけている。

「いらないんじゃないか? それ。」
「あら、どうして、涼しくないの? あたしね、好きなのよ、これ。」

 女は小さな扇風機の首を振るたびに聴こえる甘い音が猫の笑い声みたいで好きだという。

「猫の笑い声? あんた、詩人だなぁ。」
「そうかしら……あたしはどう見たって娼婦よ。詩人じゃないわ。ね、あなたは? お仕事あるの?」
「あるよ、こう見えてもね。小説家さ。ノンフィクションだけどね。」
「なあに? ノンフィクションって?」
「真実だけを書いた小説……つまり、嘘は書かないってことさ。」
「あ、それならわかる。あたしも嘘はつかないもの。」

「じゃあ、ひとつ聴いてもいいかな?」 そう言って男は女のグラスにワインを注いだ。
「いいわよ。なあに?」
「さっき、ベッドの上で気づいたんだけど、あんたの右眼……どうしたんだ?」
「やっぱしね。そうだと思ったわ。」

 あたしの右眼はブルーサファイアなの。

 生まれたときから右眼がなくて、十八のときに失恋をして手首を切ったけれど死に切れなかった。宝石商をしていた父親が手を尽くして、左眼とおなじ色をしたブルーサファイアを手に入れると、シカゴの街で義眼を作ってくれたのだという。

「不自由だな。」
「そんなことない、よく見えるのよ。この眼……。」

 女は粗末なタンスの抽斗に仕舞ってあった望遠鏡を手にすると窓辺のベッドに腰かけた。

「なんだい、それ……ガリレオ式か?」
「そうよ、カリブの海賊が使ってたやつよ。」

 17世紀初頭、西欧のある街の眼鏡屋が偶然発見した望遠鏡。二枚のレンズを組み合わせれば遠くの景色が大きく見える……ガリレオ・ガリレイはその噂を耳にして、自らの手で望遠鏡を試作した。その数、たった一年間で100本あまりという。後にガリレオ式望遠鏡と呼ばれるが、視野が狭く実用性に乏しいものだったから、現代ではすっかり忘れ去られている。

 女はオレンジ色に染まりはじめた海の彼方に望遠鏡を向けた。金色の産毛が輝く女の腕のなかで、そいつはうれしそうに夕日を浴びていた。

「なにが見える? キューバか?」
「ちがう、アフリカよ。」
「アフリカ? おいおい、ここはカリブの海だろ。そんなの、見える訳ないじゃないか。」

 女はよく動く左眼をつむってウィンクすると、悪戯っぽい笑みを男に返した。

「海の向こうはアフリカよ。それでね、ここは地中海の街なの。ね、あなたはいつかアフリカで死ぬの。だから、行っちゃだめよ。地中海も、アフリカも。」

 男は口に含んだワインを吹き出して苦笑した。
「俺はね、どこで死んでもかまわないよ。でもさ、ほんとにアフリカなのか? ちょっと、嫌な気分だな。」
「どうして?」
「死んだら、すぐに腐るからさ。」

 じゃあ、もういちど確かめてみるわね。

 女は望遠鏡を顔に近づけると、左眼を薄く閉じて、右眼で覗いた。すると、海のなかを覗くような青い視野のなかに、女を抱いた男たちの、未来が見えるのだった。

 一年後、男はカイロで客死する。


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このストーリーに関するコメント

14/08/01 夏日 純希

部屋の描写が、いい雰囲気で好きです。
扇風機の音が自然と耳の中で再生されつつ、読ませてもらいました。

14/08/01 そらの珊瑚

たまさん、拝読しました。

タイトルがいいですね! 興味をそそられます。
ガリレオが望遠鏡まで作っていたとは知りませんでした。
退廃的でいて、乾いた無国籍な風が漂っている、ような文体ですね。
最後の一文を読んで、やはり! と思いました。
女は嘘をつかないというのは本当だったと。

14/08/02 草愛やし美

たま様、拝読しました。

ガリレオの望遠鏡なるものが存在するという設定が凄く詩的ですね。しかも、それを覗き見る女の登場。摩訶不思議な雰囲気を醸し出した作品、オチに、「ほほうやはり、そうなのか」と呟いていました、面白かったです。

14/08/02 泡沫恋歌

たまさん、拝読しました。

このアンニュイな雰囲気がいいですね。
ちょっと退廃的な、ふたりの関係が興味をそそります。
これぞ大人の文学だと思った。たまさんの文学性に触発されました。

ガリレオ望遠鏡って、ネット検索したら意外と大きいものなんですね。
私、オペラグラスみたいなものかと勝手に想像してた(笑)

最後に、女の予言が当たっていたのが哀しいね。

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