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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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笑顔と謝罪の崖っぷち

14/07/31 コンテスト(テーマ):第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1841

時空モノガタリからの選評

自虐的な内容ながら、テンポよく楽しく読ませてくれる作品ですね。「5−2」が出来ないというのは大げさとしても、案外多くの人が「普通」でないという悩みを持つものかもしれないな、と思います。また「友」の存在がすごく素敵ですね。彼女の押し付けがましくない優しさ、それを察しする「私」の関係がとても羨ましく思えました。

時空モノガタリK

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最初に職場でその男を見た時、私は
「こいつ駄目だ」
と思った。
何が駄目って、私が駄目だ。
筋張った体つき、癖っ毛具合、伸びた背筋、ストライクにも程がある。
その年下男は私達の支店に転勤して来たその日に、私の心を鷲掴みにしてしまった。

私は会社ではただ一人の女の営業職であり、それなりに結果も出している。
ただ、正直、鉄砲玉然とした私の仕事ぶりを、周囲の男達がフォローしてくれているような状態である。
その前のめり感やその他諸々も手伝って、私は会社ではちょっと変わった女として扱われていた。
変わった女というのは貞操観念も緩めであると見られるのか、管理職からセクハラ寸前の言動もよく受けたが、私が
「下らん男どもだな」
とナチュラルにそいつらを見下す性質だったため、大ごとにはならなかった。
そっちから懐いて来るなら会社の外でも可愛がってやろう、という性根を職場で丸出しにするおっさんどもは不愉快だったが、能力勝負で切磋琢磨しようとする同年代の男達は実に有難かった。
それを考えると、非常に恵まれた職場に巡り合ったものだと思う。

実は私は、営業職にありながら、数字というものにとことん弱い。
いや、弱いどころではない。
驚くなかれ、私は少々慌てただけで、一から十までの数字を数えられなくなるのだ。
「七の次って本当に八だっけ?」
「今、数字を飛ばさなかったかな?」
などと考えだすと、もう自分に自信が持てない。

一度、本社から営業部長さんが来て会議を行った時のこと。
会議の進行上、私がまず自分の売上予算の五千万円のうち、二千万円が消失するので、それをどう穴埋めするか、という説明をしなければならなかった。
ちょいと上がった私は何と、五千万−二千万が、本当に三千万なのかどうかが分からなくなってしまった。
これは、5−2=3、が出来ないのと同じだ。
口ごもり、冷や汗をかく私を、チームの仲間達が驚いて見ている。
営業部長は私の沈黙の意味を取り違え、
「ショート分の対策が、何も出来ていないのか」
と怒号を飛ばした(当然である)。
てやんでえこちとら既に手を打ち終わってらあ、と言いたかったが、出来ない。
単に計算が出来ないだけなら、多少格好悪くても、何とか進行のしようはある。
問題は、
“自分は5−2が出来ない人間なのに、社会人面している”
という罪悪感なのだ。
5−2が出来ない。
これはもう、障碍の領域ではないのか。
滝行の如く我が身を打つ、罪悪感、劣等感、絶望感。
私は、立ったまま泣いてしまった。
会議はその後、私の上司が引き取って部長の誤解を解き、丸く収まった。
私の思いは一つ、「死にたい」だった。

そんなこんなで、会社員としての自分は、もう限界だと感じていた。
逃げたい。
それが私を、一層色恋に駆り立てたのかもしれない。
寿退社でもして、5−2が出来る振りをしたまま、一般人の中に混じっていたかったのだ。
叱ってくれても、嗤ってくれても、蔑んでくれてもいい。
私は、“普通”でいたかった。

例の年下男と打ち解けて来たある日、そうした私の葛藤含みの恋心は、決壊を迎えた。
早い段階で一回抱かれてしまいたい、とさえ思った。
緩いじゃないか貞操観念。どうもすみません。
仕事終わりにヤツめを会社近くのコーヒー店へ誘い、一発、告白をしてみた。
「すみません。俺、結婚してるんです」
おお。
おお。
どうしてくれる。
聞いてんのか神様コラ。あんたに言ってんだぞオウ。

こッこちらこそスミマセンー、と逃げ出して、私は会社が近い盟友に電話した。
ショットバーへ二人で繰り出し、でれんでれんとクダを巻く私に盟友は、
「ちゃんと断ってくれる人で良かったじゃん。人を見る目があるってことだと思うよ」
と微笑んだ。
おお友よ、友よ、君のためなら死ねる。
「ところで今日ブラントン飲みたいんだけど、慰めたご褒美におごってくんない?」
おお友よ、友よ、そうでなくては。
私は派手にずっこけながらも、ちゃんと分かっているからね。
それが君の、純度100%の優しさだとね。
あの年下男と同じくらい優しいね。
泣けてくらあ。

年下男は翌日からも、何も変わらずに私と仕事をしてくれた。
その週末、盟友は、何やら難しい名前の店のチョコレートケーキをホールで買ってうちに遊びに来てくれた。
ショットグラス一杯のブラントンよりは、値の張る品である。
彼女は何も言わずに、にこにことそいつを切る。
私は私でクロテッドクリームなどを盛り、いただきまーすとのたまってみる。

男達よありがとう。
女達よありがとう。
頑張り過ぎてはならぬと言われ始めた世の中で、もう少し頑張ろうと思います。
たとえ5−2が出来なくとも、笑っていようと思います。
明日もどうもすみません。

おお、熱いコーヒーちゃんを入れねば。


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このストーリーに関するコメント

14/08/02 夏日 純希

あー、なんかわかります。
僕は理系のくせに計算が苦手です。
冷静になればできるんですけどね。
会話してると、間違えたらどうしようという気持ちが
頭の中の数字の上に乗っかってきて、日本語の混じった計算式は
容易に崩壊して、僕はあほと思われたかなぁなんて焦ってしまって、
ひたすら笑って誤魔化してみます。

とまぁ、そんなことはさておき。

強さも、弱さも、甘い物が好きなのも、かわいらしさも、あわてんぼうなのも、全部伝わってきて、なんだか好きでした。
クロテッドクリームとか女の人は妙にテンションあがりますよね。
ほんと、微笑ましい限りで。

ちゃきちゃきの江戸っ子ですか?文が活き活きとして、一気に読みました。
楽しかったです。

14/08/02 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

私も数字や計算弱いのでよくわかります。姉に連れられて行ったパチ屋で、さっきまで自分が座っていた台番号がわからない。ちょっとトイレ行っただけで……、それからは、大きなハンカチタオルを台の上にドカッと乗せて立つようになった経験ありなのです。
ただ、値引きだけは素晴らしい計算力を発揮できます。何%引きかは重要問題ですから、だから、彼女も主婦になってしまえば、あるいは変わっていたかもですが……、残念です。でもさっぱりした爽快感で終わるこの話、いい感じですね。
タイトルがとても興味惹かれます、さすがクナリさんだなあと思いました。いつもクナリさんのタイトルセンスには感心させられています。

14/08/02 クナリ

夏日純希さん>
コメントありがとうございます。
二桁くらいの計算でも、ぱっとだいたいでも暗算できなかったりするとすごく慌てるんですよね…。
間違えたらどうしよう系の恐怖は、実に拭い難いですねッ。
今回は内容的に、軽妙な文体で書こうと思ったので(でないと凄く暗くなりそうで…)、読みやすく出来ていれば何よりです。
そういえばクロテッドクリームってよく見る割に、いまだに具体的な定義がよく分からなかったりします(お前)。
あとグレイビーソース。
あとベシャメルソース。

草藍さん>
ええ、自分もよくスーパーとかで停めた自分の車を、買い物終わった後に見失いますからね(おい)。
スーパーの20%引きシールを見て、即座に「あ、と言うことは○○円だな!」と計算できるようになればしめたものなんですが。
で、漠然と「これくらいかな?」と思いながらレジ通して金額を見たら「お、思ったほど安くなっておらぬ!」と驚愕したりして。
そうやって、人は成長していくものですよね!(…そうか?)
タイトルは毎回、結構悩んで付けております。
それなりに面白げに見える様に、でも凝り過ぎて訳わかんなくなっちゃってもなー…あーでもないこーでもないー…と。
なので、注目していただけてとてもうれしいです、ありがとうございます!

14/08/10 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

いいではないですか、5−2が出来なくとも、社会で生きていけます!(たぶん)
つきつめたら、世界はなんで1から9の数字だけでまかなわれていて、
あとは0というバリエーションだけって、
その理由を知っている人がいたら教えてほしいです。
(私には理解できないだろうけど)

頑張っている主人公のこと、メチャクチャ応援したくなりました。
流麗なコミカルタッチがなんとも心良かったです。

14/08/11 クナリ

そらの珊瑚さん>
この世界は確かに数字に支配されているとは思うんですけど、それに服従する必要はない…のかも?(ひよったッ)
内容的に、暗く陰鬱なタッチで書くとすんごい暗くなりそうだったので、なるべく明るく書くようにしましたが、それが功を奏していますでしょうか。
「し、死にたーい!」と思うことが頻繁にあるのが人生ですが(やるせないなあ)、それでも「やっぱしもちょっと生きたいぞー!」と思えるような材料に囲まれていけるよう、がんばらねばなりませんね…(お前がなッ)。
ありがとうございました!

14/08/14 橘瞬華

拝読しました。
私も彼女と似たような人間なので共感出来ました(笑)私なんかバイトで塾の講師をしていながら未だに採点するのが苦手でよく生徒に「ちょっと待って!今1の位変わっちゃったからもうちょっと待って!」とか「○+△って□で合ってるよね……?」とか聞きます。彼らは「そんなことも出来ないの〜?w」とか言いながらも答えてくれ、決して見下したりはしないのです。しかしそれが上司は「そんなことも出来ない人に任せるのはちょっと〜」と出来るはずの仕事まで取り上げていきますよね。読みながらああ、私も泣いてしまう日が来るかも……と思ってしまいました。
仕事でダメなことがあろうと失恋しようと、奢れよ〜wとか言いながら慰めてくれる友人がいる、素敵なことだなぁと思いました。誰かにとって自分もそうあれたらいいなぁ!

14/08/15 クナリ

橘瞬華さん>
みんなができる当たり前のことができないことを自分ができないことを思い知って、それをひた隠しにしながら生きている彼女ですが、同じような思いを抱いている方は意外に多いのかもしれませんね。
周りが非常に高能力の方に囲まれた職場だったり、自分に課した目標が通常よりも極端に高かったりすると、まじめな人ほど悩んでしまいそうです。
その人の一端を見て、全体を判断するような管理職にも困りものですがッ…。
コメント、ありがとうございました!

14/08/24 光石七

読み終えてある人を連想しました。独特の文体とか……
それはさておき、この主人公、応援したくなりますね。同時にこちらも励まされます。
私はコーヒー飲めないけれど、ミルクティーでも飲んで明日も頑張ろうかな。
人の優しさに乾杯♪

14/08/26 クナリ

光石さん>
コメントありがとうございます。
自分で書いていて、おそらく同じ方を思い浮かべたのですが(^^;)、
実はこの口調はクナリがむかーしからお付き合いのあるヲタクお姉さんのものです。
結構小気味いいので、自分も油断するとよくこの口調に引っ張られる…。
うーん書きやすい(^^;)。
一人称なので、すき放題に人物造形ができましたが、その甲斐あってかそういっていただけてうれしいです!

14/09/22 小李ちさと

お、おもしろい!
そして私も繰り下がりの計算が出来ないので、他人事ではないです…
開き直って計算機しか使わない私からすれば、自分で考える主人公の責任感、素晴らしいです。
軽く軽くテンポ良く、楽しく読めました。私もこういうふうになりたい。

14/10/02 クナリ

小李ちさとさん>
レスめっさ遅くなりすみません…!
内容的に重くなりそうだったので、つとめて明るいタッチにしてみましたが、功を奏していれば何よりです。
賞の好評では「大げさ」とありますが、この5-2のシーンはほぼ実話だったりするので、いかに自分を平静な状態に保てるかが自分の人生の課題だったりします。
ありがとう電卓。これからもよろしく電卓!
自分の100倍、機械のほうが信じられる!(泣)
コメント、ありがとうございました!

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