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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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私はここにいる

14/07/30 コンテスト(テーマ):第三十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 汐月夜空 閲覧数:1314

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「すべての生き物は自ら光るか、もしくは何らかの光を浴びて輝く。鈴、それはなぜだと思う?」
 スタジオから家に向かって夜道を歩く。隣の祥子がそう尋ねた。私は蒸し暑い夜の空気を扇いで答えない。
「答えは簡単よ。私たちは皆、自分がここに居ることを証明するため、そのためだけに輝くの」
 街灯が広い間隔を空けて続く暗く細い道。私はこの道が嫌いだけれど、祥子はいつも楽しそうにこの道を歩く。くるくるとターンを刻んで。そうやって隣に居たはずの祥子はいつも私の先へと行ってしまう。私が持つ懐中電灯の光が当たる環の中へ。
「川辺の蛍はなぜ輝く? パートナーを探すためだ」
「ホタルイカはなぜ光る? 自らの姿を隠すためだ」
「クジャクはなぜ自らに色を付けた。自分が居ることをパートナーに示すためだ」
「探すために光を発し、隠すために同調し、伝えるために光を届ける」
「すべての色は光であり、すべての光は色である」
「では、人はなんのために光を得た?」
「五感の一つが無くても生きれるのに。闇の中でないと出来ないことがあるくせに」
「何のために私たちは光り、何のために光を届ける?」
「着飾って、光物を身に着ける。それは一体なんのためだ」
「決まっている。それは私が私であるためだ。自分のための私であるために、誰かのための私であるために、私たちは光り、色を持つ」
「ここに居る、私を見て、と叫ぶために、私たちは懸命に光るんだ」
 演説口調で見栄を切る祥子。私に向かって手を伸ばす。陶磁のように白く綺麗な腕を夜に流して、私の手を取った。
「鈴だってそうだろう? 私たち演者は光が無くては生きていけないのだから」
 パチン。光が消えた。遠くの街灯の明りで影が出来る。こちらを覗く祥子の顔が闇に紛れて見えなくなった。
『ああ、光を。もっと光を』
 光を失い、繋いだ手からお互いの熱だけが伝わる。今度やる演劇の台詞。祥子が演じるのはヒロインの光の妖精。
 自らが輝く光の妖精は、光を知らない。常に明るい世界に居る彼女の瞳には何も映らない。色も無い。でも、周りの妖精たちは言うんだ。なんてきれいな光だろう。一色にも見えるし七色にも見える。淡くも見えるし濃くも見える。この世のすべての色と光があなたの中にあるようだ。
 ああ、違う。そんな言葉を聴きたいわけじゃない。私が綺麗かなんてどうでもいい。あなたたちは一体私の何を見ている。光の中で何も見えない私が、何を思い何を願うかなんて、あなたたちにはどうだっていいのだろう。外見が綺麗ならば、それでいいのだろう。あなたたちは私なんてどうだっていいんだ。私の光さえあれば、中身なんてどうだっていいんだ。
 それなら私は、物言わぬ太陽にでもなりたかった。
 ああ、光を。もっと光を。中の私が消えたことに気付かれないくらい、近づくことさえ許さない強い光を。
 ああ、光を。もっと光を。私がここに居るということを。私がここに居たということを。せめてすべての仲間たちが忘れられないよう、その網膜に焼き付けてくれ。
「光の妖精の慟哭。誰にも見えない『私』の叫び。それを口にするといつも思う。私たち演者も光の妖精と一緒だ、と」
「私たちは自分だけが見えない光を演じる。その光に観客が息を飲むのが分かる。それは、素晴らしいことだ。だけど、私は演じる光に飲まれてしまうような自分ではいたくない。〇〇を演じる祥子ではなく、祥子が演じる〇〇を好きになってもらいたい。脚本の中の人物ではなく、すべてを演じた『私』を好きになってもらいたい」
 それが例え、演者の歴史に唾吐く行為だとしても。
 私は私で居たい。私がここに居たことを観客の網膜に焼き付けるために。私は光を発したい。強く鮮烈な光を。
「――明りをつけて、鈴」
 長い独白の後、祥子は私に懐中電灯をつけるように促した。私はやはり無言で祥子に向かって明りを灯す。ありふれた路上の上だとしても、今ここは、祥子のための舞台だから。
 最後の場面。
 光の妖精の最期。苦悩の末、光の妖精は自害する。自らの手で、自らの首を絞め、涙を流し、消えていく。消える間際、弱まる光の中で仲間たちの立場となった観客たちは初めて彼女の表情、彼女の涙を知るんだ。
「――光を。ああ――、もっと、光を」
 ああ、もっと。その声は初めて見る世界の美しさに震え、その表情は恍惚とし、その涙は解放感から零れる。
 だけど、生まれて初めての幸せは死と引き換えだ。一瞬の間に表情は移り変わり、最期は微笑み、瞑られた瞼から雫がこぼれ、足元に落ちる。
 同時に暗転。舞台が終わる。
「光を綺麗と思った瞬間、私たちは死ぬの。何も見えない光の中で、私たちは永遠に光を求めて生きるのよ」
 祥子が闇の中で笑う。その笑顔がどんなものか私からは見えないけれど。それはきっと泣き笑いのような表情だと思った。


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このストーリーに関するコメント

14/08/10 そらの珊瑚

汐月夜空さん、拝読しました。

なぜ生物は光を求めるのかなど、舞台で芝居が同時進行しているような
切り口に惹きつけられました。
光は光以外の他者を輝かせるためだけにしかなく、それゆえに光の妖精は絶望してしてしまったのでしょうか。
ゲーテが臨終に際して言ったとされている「もっと光を」が効果的に使われていて、哲学的な作品だと思いました。

15/03/23 汐月夜空

そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
光りは自らを認識することは出来ない。周りを見ることが出来る者は光りではない。そんな切り口から考えてみました。
哲学的な作品という言葉が嬉しいです♪

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