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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ショートショート2編

14/07/21 コンテスト(テーマ):第三十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1493

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その1  結果は如何に

 自他ともにみとめる世界最高の催眠術師サネ・ムール氏による、今回、まだたれも挑戦したことのないまったく新しい催眠術の実験がテレビ公開でおこなわれるとあって、全世界の人々がその日、画面の前に釘づけになった。
 誰一人、サネ・ムール氏が今回行う催眠術がどんなものかを知らなかった。
 鋼鉄のような強靭な体になるように催眠術をかけ、じっさいにその人間に向かって拳銃を発射するとか、高いビルの上から突き落とすとか、そんなぶっそうな憶測があちこちでとびかった。
 そんなばかなと、一笑に付せないだけの最高度の催眠術のテクニックをサネ・ムール氏は獲得していた。
 催眠術によって水中を、イルカよりはやく人に泳がせたり、真っ赤に焼けた炭を、ふつうの人に素手にでつかませ、やけどひとつ負わせずにすませた―――前回それらの映像をみて驚嘆しなかった人はいないだろう。
 本日の実演も、衛星放送を通じて全世界に実況生中継される予定で、開始時刻まであと数十分に迫ったころ、これまで彼が披露した脅威の催眠術がビデオでながれたあと、世界中の多くのファンが目をこらすなか、彼のオリジナルテーマ曲におくられて、スタジオにサネ・ムール氏が姿をあらわした。
 おなじみの彫の深い顔立ちの彼が、テレビにむかっていやみのない愛嬌をふりまいた。
 いよいよ、本番の運びになった。
 女性がひとりあらわれ、彼のまえにおかれた椅子に腰をおろした。
 地上最高の催眠術がこれからおこなわれるという緊張感に、スタジオ内は異様な静けさにつつまれた。
 おそらくいまテレビをまえにしている全世界の人々もまた、同様に固唾をのんでみまもっているにちがいない。
 これからなにがはじまるのか、サネ・ムール氏が彼女にどんな催眠術をかけるのか、胸はいたずらに高鳴るばかりだった。
 サネ・ムール氏はおもむろに、椅子に背筋をのばしてすわる女性に顔をちかづけると、独特の低い、どこかエロスを感じさせる、しかし迫力のこもった声音で語りかけた。
「―――さあ、あなたは、催眠術にかからない。あなたは催眠術にはかからない。あなたは決して、催眠術にはかからない………」




 その2  世界最強の男

 南原一郎は、目の前の椅子に深々と腰をうずめてそっくりかえる悪魔にむかって、おもおもしげに口をひらいた。
「おれはこれまで、きみにはかなりの投資をしてきた。人の不幸をなにより好むきみのために、借金苦に自殺を考える男のことをおしえたり、冷たく捨てられて男にはげしい殺意を抱く女を紹介したり、さきをこされた昇進に恨み骨髄の同僚社員の個人情報をわたしたりした。わすれちゃいまないだろうな」 
 悪魔は、人間にはまずだせそうにない悪辣な形相で、じろりと南原をみかえした。
「もちろんおぼえているさ、おかげでずいぶん楽しいおもいをしたものだ。この世のあらゆる人間を、不幸のどん底にたたきおとすことこそがおれの、至上の幸福だからな」 
 はじめて彼のまえに悪魔があらわれたとき、二人は契約をかわした。不幸におちいりそうな人間の情報とひきかえに、南原が要求する三つの願いを悪魔が叶えるというものだった。
 その要求の二つは、すでにかなえられた。すなわち、世界でも有数の大金もちになること。つぎは、世界で一番美しい女を妻にすること。二つ目の要求には彼は、いささか悔いをのこした。美しい女性がかならずしも最高の女性ではないということがわかったときには、すでにあとの祭だった。
 南原がいま念を押すように悪魔との契約をわざわざくりかえしたのも、いよいよここらで最後の要求をつきつける気になったからだった。
「―――三つめの要求を、きいてくれるか」
「なんなりと、どうぞ」
 南原一郎は、きゅうに目に見えて興奮しはじめた。世界一の金持ちや、世界一の美女なんかより、じつはこれこそが彼の、本心から求めるものだということがいまではわかっていた。
「おれを、世界最強の男にしてくれないか」
 悪魔はそれを、さきの尖った耳をひろげてじっときいていた。
「いいだろう。それでいつ、なりたい?」
「たったいまだ」
「わかった」
 悪魔は胸のまえで細いが強靭そうな腕をクロスさせると、いつもの呪文をとなえだした。
 南原は、息をこらしてまった。これまでの二つのときも、この呪文をきいているうちに、意識がとおのいていき、はっと気がついたら願望が実現していたのだった。
 そしてこのときもまた、意識がスゥッとひいてゆくような感覚にみまわれたあと、いきなり彼の耳になにやら多くの人々のざわめきがきこえてきた。
 なんだろうと彼は、あたりをみまわした。
 ロープにかこまれた四角いリング、目の前にグローブをはめた上半身裸の屈強な男がたちはだかり、いまその男がこちらにむかって右こぶしをふりまわした。
 いまのいままで最強の世界チャンピォンだった南原一郎が、挑戦者の放ったロングフックをまともにあびてダウンし、世界王座からころがり落ちたのは、レフリーが10カウントを数え終わったそのときだった。
 悪魔が願望をかなえてやったとき、南原一郎はたしかに世界最強の男だったのだ。


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