1. トップページ
  2. 夜光蟲

そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

投稿済みの作品

8

夜光蟲

14/07/17 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:1998

この作品を評価する

今晩は新月。
 
隣で寝ている夫から、小さな鼾がまるで小動物のあえぎ声のように漏れている。だらしなく熟睡している。それが今夜はいつもにも増してカンに触る。
 
 舅と姑、九歳を筆頭にまだ幼い子どもが五人。貧乏人の子沢山とはよくいったもので、子が産まれるたびに、ただでさえ少ない三度の飯はさらにひもじくなる。
 米はもう食べ尽くし、あとは漁で得た魚と野で摘んだ草のおひたしをもう何日も食べ続けている。みな、一様に牛蒡のようにやせ細っている。
 ここ何ヶ月か、海は不漁続きだ。漁師である夫のせいではない。海のせいなのだ。
 そうわかっていても、夫の舟が岸に戻り、かけよって、投網に何もかかっていないことを見たら、無性に腹が立った。情けなかった。
 
 小さなその舟が沈んでしまいそうなほど、魚が捕れたのはもう何年も前のような気がする。大漁旗などどこか隅っこで埃をかぶっていることだろう。その都度、市場で売って金を手に入れたが、それももう一円も残ってはいない。
 
 やはり夫が言うように海の神様が怒っているのだろうか……。

 ――今日は新月だ。
 
 夕食後に夫が心に釘を刺すように冷たく言い放った。それを聞いてようやく私は覚悟を決めた。
 
 ごめんね。あんたを産んであげたいけれど、そうしたらうちは共倒れになる。腹をさする。ここに、命が宿っている。まだ腹は出ちゃいないが、私は身ごもっていた。
 
 新月の晩は月明かりがない。あたりは漆黒の闇だ。今夜は星々もなりをひそめていた。
 それでも見知ったこの道は、目をつぶっていたって海まで歩いていける。
 ひたひた……。自分の裸足の足音だというのに、私は誰かに追いかけられているような気になって何度も後ろを振り返る。そのたびに安堵する。ほら、誰もいないじゃないか。誰にも見られちゃいないよ。安心おし。
 
 一足ごとに潮騒が大きくなる、砂浜に出てみれば、やはり波打ち際は青く光っていた。
 海に赤潮がある日。その夜が新月ならば、たいていこうして夜光蟲(やこうちゅう)が姿を見せる。あの光が海に棲む蟲(むし)の発光の集合体だなんて信じられない。
 
 夜光蟲を見るのは初めてではない。何年か前、同じように生活に行き詰まり、同じように私はこの青い光の中に身を沈め、堕胎したのだった。
 あの時、日の出前に家へ帰ると夫は起きて私を待っていた。そして
「海へ還っただけだ」
 と言った。
 わしらだっていつか海へ還るのだから、と付け加えた。
 私の悲しみを慰めようとしたのだろうか。
 それなのに、ほとぼりが冷めたころ、夫はまた私を抱くようになった。しょせん男は女の本当に悲しみを知っちゃいないのだ。
 
 私はざぶざぶと海へ入る。遠浅の海はしばらく行かないと腰までにはならない。夏とはいえ、夜の海はひどく冷たかった。
 
 それにしてもこの美しさといったらなんだろう。波の動きに合わせてそのたびにその青い光は点滅しながらうごめいていく。
 この世のものとは思えない景色じゃないか。
 そうだ、きっとここはこの世とあの世の境目なのだ。
 夜の海に光るこの青い帯はその境界線なんだ。
 
 何時間たったろうか。もう下半身の感覚はなかった。いっそ全ての感覚を失えば、私もこの光を越えていけるのじゃないか、ふとそんなことが頭をよぎる。
 私の中のまだ人間の形すらしていないであろう小さな命は、さようならさえ言わず流れた。
 流れていって、あの美しい蟲に食われたのだろう。

 しばらく私は打ち上げられた魚のように、砂浜にじっと身を横たえていた。息をするのもしんどい。おえれどやっとの思いで、家に帰ればやはり夫は起きていた。
その先はもう言うな。知っているから。夫が口をあけて何か言ったようだったが、耳の奥がぼわんぼわんとするだけで聞き取れなかった。
 どうっと寝床に倒れこむ。涙さえ出てこなかった。

ねえ、私たちはいつまでこんなことを繰り返すのさ。海の神様に子を生贄に差し出すだなんて、人間のすることじゃないよね。
 生きることは死ぬことに背中合わせにくっついている。この世があの世にくっついているように。
 その境界線があんなにも美しいということだけが、せめてもの救いだ。
 
 愚か……だと思う。けれど愚かな生き方しか出来ない人間なのだよ。
 長い夜が明けようとしていた。
 
 
 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/07/18 そらの珊瑚

画像は「ソザイニング」さまよりお借りしました。

下から12行目に間違いがありましたので訂正します。申し訳ありません。
 おえれど→けれども

14/07/18 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

堕胎をテーマの話は重いけれど、夜光蟲の美しさがこの世とあの世の境界線のように
波打ち際で発光している様子が幻想的でした。

昔はこういう厳しい現実があったのでしょうね。

14/07/19 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

昔、農村や漁村には、貧しい家が多かったですね、避妊の知恵もなく、身籠れば産むしかない時代。産んだらもっと生活が貧しく切羽詰ったものになる。産婆以外に堕胎やが横行していた吉原のようなところもあったようです。中には、薬の量を間違えて死んでしまった人もいるとか……、そんな術のない平民は、海へ還すしかなかったのでしょうね。切なく悲しい、女はなぜ身籠るのかと、口惜しい思いだったことでしょう。
夜光虫は、刺激によって光るらしいです。海へ還そうとする行いは、彼らにとっても何とも刺激的なことだったのではないかと察します。

14/07/24 鮎風 遊

確かに、人間とはこういう罪深いものでしょうね。
いつもこの世とあの世の境目を彷徨ってるものでしょう。
そして男は女の気持ちはわからない。
すべてが真実だと思いました。

14/07/26 そらの珊瑚

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

夜光蟲、実際には見たことはありませんが、
きっと妖しさも感じられるような美しさでなかろうかと想像します。
貧困のなか、堕胎というものは今より身近にあったのだと思います。

>草藍さん、ありがとうございます。

産まれてくることを許されなかった命、もしかしたら夜光蟲のような
美しいものに生まれ変わってくるのかなあとも思ったりします。
そうらしいですね、石を投げたりしても光るらしくて。
防御本能とも言われているらしいですね。

>メイ王星さん、ありがとうございます。

ありましたね、冷たい川のなかで。
そういった歴史の事実はほんとに悲しく
それでも生きていかねばならない現実は辛いものだったと思います。


14/07/26 そらの珊瑚

>凪沙薫さん、ありがとうございます。
明るい話を書いたあとは、なぜかダークな話が書きたくなるって
ありませんか? 
自分の中のなにかのバランスでもとっているのでしょうか。
闇に葬るよりほかになかった命のことは、女の心のなかに
一生消えない闇を作ってしまうのかもしれません。

>鮎風 遊さん、ありがとうございます。
現代でも祝福されないまま葬られていく命は
悲しいけれどあるのが現実かなあと思います。




14/07/27 光石七

拝読しました。
昔は実際にこういうことがいくらでもあったでしょうね。
最後の一節が印象的です。
でも、人間の愚かさは文明が進んでも変わってないのかもしれません。

14/08/01 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。

必死に生きて、でも産むことが出来なかった命。
残酷な話ですが、そういう命は少し歯車が違えば
自分だったかもしれないと思ったり。
そうですね、人の愚かさは時代が違っても変わらないものなのかもしれません。

14/08/14 橘瞬華

拝読しました。
描写が幻想的で美しく、心情の吐露も余すところなく描写されていて、良いなぁと思います。
いつまでこんなことを繰り返すのさ、この言葉が身に沁みました。自分の腹で育つのでなければ親としての実感が湧かない、それを命だとも思えない。命を消すのに命を生み出す行為をする。その矛盾に気付いていないのか、男性は知ったような言葉を投げ掛ける、分かっちゃいないのに。分かるような気がします。

14/08/16 そらの珊瑚

橘瞬華さん、ありがとうございます。

「あたし」がいつまで、と問う先は亭主でもあり、自分自身でもあったのかもしれません。
男と女はその性の差異がある限り、ほんとうの意味での理解はないのかもそれません。(それがいいとか悪いとかいうことではなくて)

15/11/15 そらの珊瑚

篠川晶さん、ありがとうございます。

>堕胎された命が夜光虫の光
ああ、そうですね。そう思えるような発見をいただきまして、感謝します。
人の業、産む性にまつわる悲しさとでもいいましょうか、彼女にとって
海は味方でもあったかもしれないとも、あらためて読み返して思いました。

ログイン