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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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涙巻き ねたましいのは猫の恋

14/07/14 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1664

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 いつもは静かな夕暮れの横丁が、今晩は騒がしい。
 
 ――猫の恋。
 桜の花が狂わすのは人間の心だけじゃなさそうだ。毎年この時期になると猫もさかりがつく。
 ぎゃあおうぅ。ぐえええー。何匹かののすさまじい声色が重なり合う。
 まったく恋に浮かれている声とは思えない、喧嘩だろ、ありゃ。どんでもねえ、わめきっぷりじゃんか。
 おおかた雌猫をめぐってオス同士が敵意むきだしで闘っているんだろう。
 店先に積んであったダンボールを蹴散らして猫が走っていく。谷中霊園の供物の饅頭でも食ってやがンだろう、どの野良猫も丸々と肥えている。
 
 失恋したて、ハートブレイクほやほやのこの身からすれば、うらやましい光景だ。
 恋の季節が終われば猫はきれいさっぱりとその恋を忘れるんだろうなあ。未練なんかみじんも残さずに。

『ごめんね〜カンちゃんのことは好きだけど結婚は別!』
 つきあって二年の彼女にプロポーズしたら即座にそう言われた。
 
 ぼっこり、へこんだ。二十三年生きてきて最大級にへこみましたとも。
 嘘でも『考えさせて』とか言えんのか! これだから江戸っ子っていうやつは待つのも待たせるのも嫌い、はっきりしすぎていけねえ。……っていう俺も江戸っ子か。
 東京で三代続けば江戸っ子なのさ。
 
 まあ、冷静になってみりゃ、給料は安い、貯金ゼロ、六畳一間風呂なしアパート暮らしの寿司屋の見習い職人とくりゃ、結婚なんて贅沢な話だったのだ。
 
 俺が勤める東京谷中の福寿司のおやっさんの口癖はこうだ。
『江戸じゃ、寿司は今で言うファーストフードだったのさ。いつから高級な食いもんになっちまったのか。これ以上敷居を高くするわけにゃいかん』
 廻る寿司屋に対抗しているんだろう、カウンターの寿司屋でも安くて旨い寿司を出すのを信条としている。
 グルメガイドマップにも載ったこともあり、結構繁盛してるってわけさ。俺の給料ももう少し上げて欲しいってところだけど、薄利多売だってよ。人生、そううまくはいかないらしい。ってか、うまくいかないことだらけさ。
 
 買い出しから店へ帰ると、既にカウンターは一杯だった。今日は俺の兄貴分の職人が休んでて、おやっさんとおかみさんの二人だけじゃ大変そうだ。
 さっそく俺は手を洗い、カウンターに入って手伝いを始めた。といっても握りはまだまかせちゃもらってねえ。俺に出来るのは巻きものだけ。

「涙巻きひとつ頂戴」
 常連の近所に住む御隠居さんから注文が入る。
「はいよ」
 俺は張り切って威勢良く返事する。
 
 まず、伊豆の天城産の極上わさびを鮫肌の上を円を描くようにすりおろす。
 うちではわさびの作り置きはしねえ。香り、風味がとんじまうから。
 大さじ一杯ほどすりおろしたところにほんの少しの白砂糖を加える。そうするとわさびの苦味が中和され、辛味がすっきりと深くなる。
 酢飯にそれを混ぜ込む。たちまち白い飯はエメラルドグリーンに染まる。
 火であぶった海苔にその酢飯を広げ、中心には千切りにしたわさびを置いて巻き込む。
 これでわさび巻き、通称『涙巻き』の出来上がりさ。
 
 たいていの常連さんはこれをシメに注文する。
「くううゥゥ……効くねえ」
 これだけのわさびだ。効かねえわけがない。ご隠居さんの目から涙がほとばしっている。
 わさびには寿司ネタの生魚の食中毒を抑えるっていう効用がある。そこから涙巻きが生まれたっていうことらしいが、ひそかに俺はそれだけじゃないとふんでる。
 
 男だって泣きたい時があるのさ。
 だけど素直に泣けないのが男というものさ。
 そんな時に涙巻きを食べれば、『悲しくてないてるんじゃねえぜ。わさびが効き過ぎちまってよォ』って言い訳出来る。
 そのために涙巻きが生まれたんじゃないかってね。
 
 御隠居の隣に座っていた外人さんが、その涙巻きを見て
「オークレイジー! デンジャラス! バット ビューティホー」
 と叫んだ。
 
 そりゃそうだろう、今夜の涙巻きは作った本人がもらい泣きするくらいのがっつりわさびなんだからよ。
 
 言っとくが、終わった恋が悲しくて泣いてんじゃねえよ、わさびのせいだからな。


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このストーリーに関するコメント

14/07/14 そらの珊瑚

画像は「写真素材 足成」さまよりお借りしました。

14/07/14 ナポレオン

拝読いたしました。

非常にテンポよく読めて、まさに江戸っ子の威勢が伝わってきました。最後の一文がかっこいいですね。
ちなみに私は寿司屋に行っても堂々とさび抜きを頼むほどの辛いの嫌いなので、涙巻きなんて絶対に頼むことはありません。

14/07/15 光石七

拝読しました。
最後のセリフがいいですね。いかにも江戸っ子らしい。
「頑張れ、主人公!」と応援したくなりました。

14/07/15 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

猫のあの時期は我が家の近所も大変な騒ぎになります。何事かと思うほどの鳴き声、誰かが絞殺されているなんて、慌てたこと大昔ありましたよ。苦笑

江戸っ子さんの心意気は素敵ですね。わさびの巻き寿司食べてみたいです。「涙巻き」素敵なネーミング。
外人さんって、ほんまわさびが好きなんですよ。アメリカの寿司には大盛りのわさびが添えらています。それを全部バッサリ入れて食する方がほとんどで驚いたこと思い出しました。たぶん、少々の刺激では、足らない体質なのかなあと思います。
そういえば、アメリカの日本人向けスーパーでは、柿の種がわさび味しか売ってなかったなあと思い出しました。普通味がないのですから、柿の種はわさび味なんだとしかアメリカ人は思ってないかもですねえ。笑

14/07/15 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

なるほど、かなり利きそうな「涙巻き」ですね。
わさびは好きだけど、あんまり辛いのも苦手な私です。

涙をわさびで料理するとは、なかなかのアイデアに感心しました。
その発想は私には浮かばなかったわ。

ピリリッと利いたお話ありがとうございます。

14/07/18 そらの珊瑚

ナポレオンさん、ありがとうございます。

ラストしめの台詞、お気に留めていただいて嬉しかったです。
痩せ我慢であるのですが、そういう気質が江戸っ子らしいかなという
思いを込めたものでした。
そうでしたか! ちなみにナポレオンさんほどではありませんが、
私も辛いには苦手でして、涙巻きなど生涯食べることはないと思います。

>光石七さん、ありがとうございます。

江戸時代だったら「てやんでい」みたいなかんじでしょうか(笑い)
応援ありがとうございます♪

>草藍さん、ありがとうございます。

つい先日もうちのまわりで猫たちのものすごい鳴き声がしたばかりで。
へえーそうなんですか。
アメリカの人がそんなにわさび好きだったとは知りませんでした。
柿の種わさび味、あれは辛すぎて……普通のが一番美味しいです。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

わさびがきくの「きく」はてっきり「効く」かと思ってたら
「利く」のほうが正しそうですね。
コメント読ませていただき、勉強になりました!

14/07/24 鮎風 遊

涙巻きですか、一度食べてみたいものです。

ところで、よく行く焼き鳥屋に、涙焼きがあって、
鳥にワサビを真っ青につけて、青葉に包んで焼く。
こちらは焼いて、ほどよくワサビの気が抜けて、うまいです。

涙が滲む程度なんですよね。

14/07/26 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、ありがとうございます。

涙焼きですか? 初めてききました。
涙巻きより、それのほうが食べやすそうですね!

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