1. トップページ
  2. 涙いろいろ

たつみさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

涙いろいろ

14/07/14 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:0件 たつみ 閲覧数:1037

この作品を評価する

――ねぇ、そんなにガチガチで大丈夫なの?
 最終ホールのグリーン上でパターを構える桜木翔太の体はガチガチである。このパットを決めれば、ツアー初優勝なのだから、そうなるのも当然といえば当然なのだが、それにしても緊張しすぎである。
――君は置き物か!
 固まったまま動かない。
 彼は大学卒業後プロになって6年目のプロゴルファーである。これまでツアー優勝こそしていないが、実力がなかったわけではない。それどころか、毎週のように予選は通過し、一年に一度は優勝争いしているトッププレヤ―なのだ。練習だって誰よりもしている。だが、ことごとく栄冠は逃していた。
 その理由、それはグリーン上の姿が物語っている。彼は、あきれちゃうくらいプレッシャーに弱く、優勝≠ニいう文字が頭にちらついてくるとガチ男になってしまうのだ。しかも優勝への余計なプレッシャーを自分で自分にかけている。
 彼のスラックスのポケットにはある物≠ェデビュー以来毎試合入っている。優勝したら、それを掲げて伝えたいことがあるという。
――そういえば、今回は彼の地元での試合だし、もしかしたら大学ゴルフ部のマネージャーだった彼女が……うわっ、一番前にいるじゃない。
 グリーンを見つめる観客の中に、手を握り合わせ、彼を見つめる姿がある。
――うわうわっ、そんな熱い視線送っていたら、超プレッシャーになっちゃうんじゃないの。
 急に翔太が構えを崩して、胸をそらせた。
――そう、そう。深呼吸、深呼吸。リラックス、リラックス。1メートル半のまっすぐな ラインだし、普通に打てば大丈夫だから。優勝のことも彼女のことも忘れて、頭を真っ白にしてカップだけを見て打つのよ。
 深呼吸をした翔太が再び構えに入った。
――げっ! 今、彼女を見たでしょ。見ちゃったわよねえ。
 翔太が、昔のできそこないロボットのようなぎこちない動きで素振りを繰り返し、打つ体制で動きを止めた。
――彼女が目に入って、また固くなっちゃったわね。もう一度、気持ちを作り直さないとダメよ。今回もダメなら、さすがのアタシも愛想つかしちゃうわよ。あっ! ダメ、ダメだって。まだ打っちゃダメだって!
 ガチガチ翔太が、ぎこちない動きのまま、ボールをコンッ。
――あいやあ、打っちゃったよ。
 風音ひとつない静寂の中、白いボールが芝の上を転がっていく。
 息を詰めるようにして観客は転がるボールを目で追っている。
 ガチガチから放たれた弱々しいボールに、容赦なく摩擦が襲いかかる。
 それでも必死にボールは進んでいく。翔太の思いを乗せて。
「入れ!」
 観客から大きな声が飛んだ。
 しかし、ボールは……カップの手前で力尽きた。
 カップのわずか手前。
 ハイハイ歩きの赤ちゃんが、ほんのひと突きするだけでも入るような距離を残して。
 無風の穏やかな空の下、観客の中にため息が広がる。翔太はパターを握りしめたまま、茫然と立ちつくしている。
――あーぁ。
 アタシからも思わずため息が、
――あっ!
 無風だったグリーン上に温かな風が吹き抜け、心地いい音がカップから響いた。
 大歓声が沸き上がる。
 茫然と立ちつくしていた翔太を、真っ黒に日焼けしたキャディーが駆け寄り抱き上げた。大学ゴルフ部からの仲間、プロになってからはキャディーとして彼を支え続けてきた男の顔を次々と涙がこぼれ落ちていく。翔太の目からもひと粒の涙がこぼれ落ちた。
――ありゃりゃ、アタシったら、やっちゃったわ……でも、まっ、いいか。君はがんばってきたもんね。
 アタシは苦笑いを浮かべた。いや、微笑んでいた。

〜どこかにいるという勝利の女神≠ヘ、微笑むばかりでなく、時にため息をつくこともある。それが勝利を導くことも〜

     ★

 ゆっくりと翔太が歩いている。そして、観客に近づくと深々と頭を下げた。拍手に包まれる中、彼が顔を上げると、目の前には瞳を潤ませ、笑みを浮かべる姿があった。
 翔太はポケットに手を入れ、小さいけれどもズシリと重かった物を取りだした。
 誰にも告げることなく、優勝したらと心に決めてきた密かな思い。
「……結婚してください」
 ありふれた言葉。でも、思いを込めたまっすぐな言葉は、彼女の心の中を勢いよく転がっていきカップに……。
 無言。首もピクリとも動かない。
 固まる翔太。
 太陽の光を浴びて、キラキラと輝く指輪。
 困惑顔の彼女。
 あ然とする観客。
 翔太の後ろで、驚きと戸惑いの表情を浮かべる日焼けした男。
 男と彼女の視線が、遠慮がちに重なった。
 キョロキョロと、二人の顔を見比べる翔太。
 その目が潤んできた。
――あらあら。かわいそうに……。
 晴れ渡る空から、雨粒がポタリッ。

〜勝利の女神が微笑んでも、恋愛の神様までもが、微笑むわけではないのである〜


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン