1. トップページ
  2. バスツアー

泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

投稿済みの作品

10

バスツアー

14/07/12 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:11件 泡沫恋歌 閲覧数:2545

この作品を評価する

母ちゃんと二人で旅に出る。
鞄に歯ブラシ、着替え、旅行の日程表と、最後にわくわくを詰めて、チャックを閉める。
「母ちゃん、出掛けるよ」
いつも、先に起きてるくせに、いざ出掛けるとなると、あれがない、これがないと慌てる困った母ちゃん。

バスツアーの集合場所に出発ギリギリに駆け込んだ。
先に乗り込んでいた乗客の皆さんに「ゴメンなさい」と謝りながら、私たちは座席に着いた。
添乗員さんが全員揃ったのを確認してバスの出発を告げる。
窓際の席が母ちゃんの指定席、外を眺めて、海が見えた、山が見えた、はしゃぐ子供みたい母ちゃん。
母娘でバスツアーに行くのは、これで何度目? 
私が社会人になってからは年に二、三度は一緒に行ってるよね。

私が小学校三年生の時に父ちゃんが家を出ていった。
若い愛人ができて、会社も辞め、家族を捨てた酷い父親だった。
離婚しないまま、愛人と行方をくらまし、親戚の少ない母ちゃんは誰にも頼れなくて……パートを二つ掛け持ちしながら朝から晩まで働いた。 なのに、母ちゃんは私の前で父ちゃんの悪口を一度も言ったことがない。
《あたしとは別れたら他人だけど、お前とは血が繋がってるから憎んでも他人になれない。だから父親のことを責めたら、お前が一番傷つくから……》
捨てられても恨まないなんて、母ちゃんのバカ!

《乗り物酔いの薬あるよ》
《切符は持ったかい?》
《酢昆布食べる?》

バスの中でウトウトしはじめると、そんなことを言ってくる。
いちいち、うるさいけど……仕方ないか。
機嫌の良い母ちゃんは古い唄を口ずさんでいる。
私の知らない、ずっとずっと昔の唄だね。

私が五年生の頃、近所の口利きで後妻に入らないかという話があった。
相手は裕福な家で先妻が亡くなって、三人の子持ちだと聞いた。
旦那待つより再婚したら、もう朝から晩まで働かなくてもいいからと勧められた。
けれど、家政婦代わりに人様の子の世話みるより、貧乏しても娘と二人暮らしが気楽でいい。
母ちゃんはキッパリ断わった。
ひょっとして、父ちゃんが戻って来るのを待っていたの?

バスが最初のコースに着いた。
大きな社がある神社、御手洗で手を清めてから参拝する。
お賽銭を投げて、鈴を鳴らし、柏手を打って願い事をしよう。
どうか、私の願いが天に届きますように!

高校三年の時の家出していた父親が死んだ。
警察から知らせがきて遠い町の病院まで母ちゃんが行った。
すでに愛人と別れて独りぼっちだったけど、妻子に合わせる顔がなく……家には戻れなかったそうだ。
父ちゃんの遺骨を持って帰った母ちゃんに私は腹を立てた。
「そんな奴は父親じゃない! 赤の他人だよ」
遺骨を捨ててしまえと怒鳴った。
《病気で苦しんで死んだのだから、もう許してあげなよ》
悲しそうな顔で母ちゃんが言う。
そんな、お人良しだから苦労を掛けられるんだ。

三十過ぎても結婚しようとしない私に一度だけ訊いたよね。
《お前は結婚しないつもりかい?》
「母ちゃんみたいな不幸な結婚で人生台無しにしたくない!」
《そうかい。けど、母ちゃんはお前を産めたから満足だよ》
本当は好きな人がいたけれど、母ちゃんを一人置いて……。
お嫁になんかいけない。

「どうして、もっと早く医者に診て貰わなかったのよ!」
私は泣きながら叫んだ。
夏過ぎから、よく疲れたと横になることが多かった。
母ちゃんの顔色が黄色くなってきた。
みかんの食べ過ぎだと本人は呑気なことを言っていた。
医者嫌いの母ちゃんを無理やり病院に連れて行ったら……。

検査の結果『胆管癌』の末期だった。
もう手術もできず、放射線療法することになったが、どんどん衰弱していく。

《お前を残して死にたくない。独りぼっちになってしまう》
病院のベッドに横たわる病人の目からはらりと涙が零れた。
母ちゃんの手を強く握って、私は止めどなく涙を流した。
私たち母娘は二人で支え合って、今まで生きてきたのだから……。

『お一人ですか?』

隣の席の老婦人が声をかけて来た。

「いいえ。母と一緒です」
「えっ?」
「ここに居ます」
そう言って、胸に手を当てた。
「私は母の思い出と一緒に旅をしています」
「……そうですか。私も連れ合いを亡くしてからは、一人でバスツアーに参加してるんですよ」
老婦人は優しく微笑んだ。


母ちゃんが亡くなって、一年が経った。
独りぼっちになって、泣いてばかりいた私を支えてくれる人ができたよ。
新しく家族になる人と今度は一緒にバスツアーに参加しようかな。

昔、一緒に訪れた町を独りで歩く。
母ちゃんの思い出を辿りながら、心の中の母ちゃんとお喋りしながら、切なくて涙ぐむ私。

――旅先に涙を捨てていくよ。

この旅から帰ったら、私、きっと元気になるから……母ちゃん、もう心配しないで!


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/07/12 泡沫恋歌

私もよく娘とバスツアーに出掛けます。
母と娘の二人旅は気楽で楽しいです。

ちょっと、自分自身のことを投影させて・・・
この作品を書きながら泣いてしまったり。

作者の感情移入120%の「バスツアー」です(笑)



写真は「旅行」で検索したものをお借りしました。

14/07/12 草愛やし美

泡沫恋歌様、拝読しました。

切ないですね、亡き母のことを思い出しました。実母は、ずっと、働きづめで癌で逝きました。
胃カメラ検査をした時は、手遅れで余命3カ月と宣告されました。頑張り屋の母は、懸命に九カ月近く生きてくれました。お陰で、親孝行の真似事ができました。
まだまだ、孝行できない思いのままですが、人生ってそういうものかなと、近頃思うようになりました。母が亡くなって、15年もかかってしまいました。
私とのバスツアーは叶わなかったですが、事情があって母が育てた甥っ子とは、何度か出かけていたようです。
今、生きていてくれれば、バスツアーでも列車旅でも、連れていけたのにと思います。あの頃は、時間的も金銭的にも、叶わないことでしたから……。

14/07/13 鮎風 遊

切ない過去ですが、新しい旅が始まるのですね。
きっと日よりは良いでしょう。

娘が母を思う気持ちがひしひしと伝わってきました。

小さい頃、町内でよくバス旅行に行きました。

14/07/13 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

恨み言のひとつでもいってもバチは当たらないと思うのに
「母ちゃんはお前を産めたから満足だよ」と言えるって
素敵なお母さんだったと思います。
いつだって娘のことを一番に思いやっていたんでしょうね。

バスツアー、あまりしたことはないのですが、
偶然乗り合わせた人ひとりひとりにいろんな人生ドラマがありそうですね。
「東京家族」でもバスツアーの場面がありました。

14/07/14 光石七

拝読しました。
素敵な母娘ですね。
主人公の幸せをお母さんも望んでいると思います。
じんとくるお話でした。

14/07/14 泡沫恋歌

草藍さん、コメントありがとうございます。

亡きお母様のことを思い出させてしまいましたね。
母と娘というのはお互いに言いたい放題だけど、気持ちは分かり合える関係だと
思っています。
私も亡き母にもっといろいろしてあげれば良かったと後悔してますが、バスツアーは
3回くらいは一緒に行ったと思う。


鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

ちょっと切ない話になってしまいました。
涙で考えたら・・・自分が泣ける話になってしまった。

昔は町内会のバス旅行とかありましたよね。


そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

「母ちゃんはお前を産めたから満足だよ」
子どもは一人では作れないので、正直な母ちゃんの気持ちだと思います。

結婚生活は不幸だったけれど、娘がいて良かったと思います。
↑自分の事ではないよ(笑)

14/07/14 泡沫恋歌

光石七 様、コメントありがとうございます。

この母と娘はお互いに支え合い、励まし合って、今まで頑張ってきたので
それだけ絆が深いのだと思います。

主人公が新しい家族と幸せになれればイイね。

じんとくるお話だと言って貰えて嬉しいです。

14/07/14 ナポレオン

拝読いたしました。

こういう昔の思い出の話って胸に響きますね……。母との思い出を背負いつつ新しい一歩を踏み出す主人公の切ない気持ちが伝わりました。

14/07/21 泡沫恋歌

ナポレオン 様、コメントありがとうございます。

このバスツアーから帰ったら、この主人公は家族になる男性と新しい人生を逞しく
生きていってくれることと思います。


凪沙薫 様、コメントありがとうございます。

私も生前の母と何度かバス旅行しました。
今は娘が私とバス旅行してくれます。

いつか私がこの世から居なくなったら・・・
こんな風に母ちゃんを思い出してくれるかも知れない。

14/07/25 黒糖ロール

拝読しました。
母娘でつむがれる物語、素敵だなと思いました。
バスツアーに行きたくなりました。

14/07/28 泡沫恋歌

黒糖ロール 様、コメントありがとうございます。

バスツアーは乗ってるだけで気楽で楽しいですよ。
季節がよく成ったら、是非お出掛けください。

ログイン