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リアルコバさん

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泣く男

14/07/10 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:1258

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「阿佐ヶ谷でも散策しよう」
それは何気ない土曜の提案であった。昔自分が住んでいた街を七海に見せたかっただけの事だ。
「なんか面白いね、下町の様でチョッとお洒落で」
七海は初めて見る街に興味津々で夕暮れを迎えた。
「あれ?この店まだあったんだ」
そこは古い映画や演劇のポスターが雑に貼られた店名すら出ていない喫茶店。
「俺、昔一度入ったことあるよ此処」
「なんか面白そう、お茶してこうよ」
夕食には早すぎる夏の夕暮れ、エアコンの効いた場所とアイスコーヒーは自然の欲求とも云えた。

「いらっしゃい」
「アイスコーヒー二つで」
「ふう、涼しいな」
「凄いわねこのポスター」
壁と云う壁には見たこともないポスターが無造作に貼られていた。
「アングラの街だからね、劇団とか多いんだ」
コーヒーが運ばれて来た後、七海は小声で言った。
「ねぇあの人・・・さっきから泣いてるんだけど」
小さな店の一番奥にポツンとその男は座っていた。
「えっそうか、気のせいだろ」
「ほら見て、涙が」
確かに薄暗い奥の座席でダウンライトに照された一筋の涙が見えた。
「ったく男が泣くもんじゃないよな」
「でもなんか不思議な泣き方ね」
そう云えば彼は、嗚咽するわけでも俯くわけでもなく、強いて云うなら放心したまま涙だけが溢れているようだ。
「なんだろ?辛いようには見えないわよね」
「あぁ大方その辺で見た演劇に感動して、その余韻に浸ってるんだろ」
俺は訳のわからぬ題名のポスター達を見渡した。
「そうかな?案外失恋して放心してるんじゃないの、結構イケメンだし」
確かにイケメンと呼べるだろう。20代半ばか、それなら失恋の泣きも有るかもしれない。
「最近の若い奴は泣くほどの恋愛するのかね」
「いいじゃない、貴方みたいに絶対泣かないよりは可愛いわ」
「男は人前で泣くもんじゃない」
薮蛇をつついたようでバツ悪く煙草に火を点けた。
「ねぇねぇ」
イケメンに興味を持ったのか七海は続けた。
「雰囲気が変わった」
そう云われれば先程までの放心とは違い、重苦しい表情で止めどなく涙が流れている。
「大丈夫かしら」
「なんだろな、親か恋人でも死んだような涙の量だな」
その涙に合わせるように暗く沈痛なバイオリンのBGMが流れていた。
「自殺とか考えてないよね」
「そこまで追い込まれてるとは思わないが・・・解った。あれだ、ほらテーブルに本が置いてあるじゃん。きっと物語の主人公に成りきってるんだ」
「ふぅん」
釈然としない七海は、氷の中で薄まったアイスコーヒーをストローで啜った。
「怒ってる様にも見えるよね」
「そう云われればそんな気もするが・・・」
BGMが変わった。
「あれ、これ何だっけ?映画館の間幕でよく流れてる・・・」
「ジムノベティー、エリックサティーの名曲よ」
「さすが音大出身・・・あれ・・・」
奥の彼の泣き顔がまた変わっていた。
「なんだろ?やっぱ物語に入り込んでるんだよ、共感の涙だね」
「そうかな?共感って云うより楽しい過去を思い出してる涙に見えるわ」
いったい彼はどれだけの感情を背負っているのだろう。
「ねぇ、不思議なんだけどさ」
「何が」
「なんかさ、彼見てたらチョッと感動してきちゃった」
七海の眼にも薄らと涙が溜まっていた。
正直俺も涙腺を閉じるのに苦労した感じはある。

「ごちそうさま」
「1000円になります」
財布から紙幣を抜き出したとき、
「あのぅあの人・・・」
七海の問いで奥の彼をもう一度見た。
「あっ」
その驚きの声は俺と同時に出ていた。
彼が満面の笑みで此方を見ながら会釈したからだ。
マスターもまた笑みを蓄えながらカウンターの角に置いてある小さなリーフレットを指差した。

《泣く男》上演中
涙だけで表現する喜怒哀楽の一人芝居・・・
そこには彼の写真と略歴と舞台スケジュールがあった。

リーフレットを一枚摘まみ、薄暮に染まる路地に出た。30分ほどなのに街の表情が変わって見えた。
「軽く呑んでいくか」
「うん」
俺達の涙についても語り合えそうな気がする。


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