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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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悲しさは、誰も知らない理由たち

14/06/30 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1237

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金村洋子が踏切に飛び込んで死んだのは、彼女が中学二年の、夏の深夜だった。
両親の離婚や校内でのいじめも重なっていたのだが、本人が辛そうな素振りも無く飄々としていたので、年若い担任の小倉香苗はつい洋子の救済を後に回していた。
洋子の自殺に、偶然居合わせたのも香苗だった。
制止しようとして駆け寄る香苗に、英語が苦手な筈の洋子が、
――Do you know how many tears flowing down in my inside?
そう言い残して、砕け散った。
その時香苗は、死の間際に洋子の体が緑色に発光するのを、確かに見た。
だが、周囲の人々には、そんな異様なものを見た様子は無かった。
人に話しても一笑に伏されるだけだと、香苗はこの光の話を誰にもしなかった。
その年の冬、香苗もまた、深夜に自宅の浴室で手首を切って死んだ。

不登校を続けていた瑞木凛子が、同級生の奥野慎司を八階建ての自分のマンションの屋上に誘ったのは、二人の担任の香苗の通夜から一週間後の夜だった。
家への電話で凛子から呼び出された時、特別仲が良い訳でもなかった慎司は、少なからず驚いた。
凛子が不登校になる前、会えば挨拶くらいはした。小学校からずっといじめられっ子だった凛子を、少し気遣った為でもある。よう、と手を振る度、凛子は微笑みの様な表情を浮かべていた。
久し振りに会った凛子は、無表情に言う。
「奥野君、夜煌蟲を見たわね」
「ヤコウチュウ?」
「先生が死んだ夜、先生の体が緑色に光るのを見たでしょう?」
冬の高所の風の中で、慎司はたじろいだ。
香苗との密通は校内で噂になっていたが、あの奇妙な光のことは誰にも口外していない。
「先生、二十五歳だったっけ。十一歳差か、凄いね」
「瑞木。何の用なんだよ」
「奥野君を助けたいの」
ぎくりとする。ここ数日、慎司は香苗の後を追うことばかり考えていた。
「夜煌蟲は、一九五四年、イギリスのアニス・ワードっていう少年が初めて見つけたって言われてる。人を死に導く緑色の光の粒の群体だって、世界中の色んな所で見られてる」
確かに慎司はあの夜、香苗の部屋で、一瞬だけ彼女を覆う緑光の繭を見た。
残像か何かだと思って彼女の横で眠り、目が覚めた時には香苗は真っ赤な浴槽で冷たくなっていた。
「でも、私は違うと思う。本当は死にたい人が、夜煌蟲を引き寄せているんだわ。金村さんが最後に言った英文は、アニスが自殺した時の言葉なの。夜煌蟲に触れた死は、繋がってる。私はあの夜、この蟲越しに先生と繋がって、暗い部屋で先生に寄り添う奥野君を見たわ」
気付くと、慎司の体が淡く光っていた。
凛子の全身も、緑色に染まっている。
「思い出した様に時々、同じ感覚を持つ人だけに見えるの」
慎司が、ぼうっと呟く。
「俺が、先生を吹っ切っらせたと思ったんだ」
今なら分かる。そう見せたのも、香苗の虚勢だったと。
若い教師は洋子と同じ様に、周囲にはそう見せないまま、苦しみ続けていた。
その彼女の自責は、逃避の為に別の生徒の無垢な体を自分の慰みに利用した時、限界を超えた。
「俺が、殺したようなもんだ」
「でも、奥野君が死ぬことはないわ。死ぬって怖いわよ。私が目の前で惨たらしく死んだら、思い留まってくれるでしょう」
そう言うと、凛子の体が、燃え上がる様な緑の光に包まれた。
「ずっと昔から一緒なの、この子達とは」
慎司は思わず、屋上の端へと歩く凛子の腕を掴もうとして光に触れる。
氷点下の炎で出来た濃密な液体の様な感触に、慎司の体が総毛立った。
それは、凛子の死の手触りだった。
慎司はぞっとしながら、
「こんなに、死にたがったまま……何で、生きていられるんだ」
「辛かった。蟲になりたかった、思考も感情も失くして。だけど奥野君が私を、人間にしてくれたから。最後くらい、人間らしいことをしたいの」
「よせ。俺は、大層に何をしてやった訳でも……」
「それでも死ぬわ。生き続けられない人間、というのもいるの。今が私の寿命なのよ」
慎司が震える。凛子を止めなければ。でも、何で、どうやって。
 足で? 腕で? 善意で? 良心で? 偽善で? 正義で?
 後悔で? 共感で? それとも、悲しみで?
 それで、彼女は止まる?
 既に、自分なりの定めを見出している凛子が?
「Do you know how many tears overflowing in my human heart?」
そう言い残して、凛子は、遥か下の地面に砕け散った。
燃え上がっていた緑光が、少しずつ凛子の体から剥がれ去り、無音のまま闇に溶けて行く。

悲しみで、人は死ぬ。
悲しさが、人を救うことはあるだろうか。

慎司の体から、夜煌蟲が消えていた。
か弱い月の光が、互いの理由でそれぞれの死から解放された二人を、淡い青で照らした。


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このストーリーに関するコメント

14/06/30 クナリ


夜煌蟲についての説明のくだりはフィクションであり、このオカルト現象は筆者の創作です。

14/07/01 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

とても印象的な作品で、読後、不思議な感覚が残っています。ヤコウチュウといえばあの夜光虫しか思いつかなかったです。夜に煌めく蟲に憑りつかれたら、死を意味する。きっとその光は怪しく美しいものでないかと想像を掻き立てられます。ですが、見ないほうが良いのでしょうね。
鬱の病は、「死にたい病」とよく聴きますが、きっと、その夜煌蟲がはびこっているのでしょうね。怖いけれど美しいお話でした。

14/07/01 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

昔から自殺する人間の周辺には、同じように自殺したい人間が集まるとされ、
自殺は伝染するとまで言われていましたが、犯人はこの「夜煌蟲」だったんですか?

やっと、分かりました(`・ω・´)ハイ!

14/07/04 メラ

クナリさん、拝読しました。

死にたい病。ですね。ここで作家なんてやっている方ならけっこうこの感覚を理解できる方が多いのでは?
緑色の光とか、その辺りのくだりが読んでいてゾクゾクきました。

14/07/05 クナリ

草藍さん>
ありがとうございます。
「夜に光る」というテーマを見たとき、真っ先に思いついたのが夜光虫だったので、そこからちょっともじって話を構成していきました。
ただ、それをメインにしただけじゃ面白くないので、人間模様の添え物にしよう…などと考えていたらこのような話になりました。
妖しく超常的な光も、それ自体は単なる現象で、見つめるべき問題は心のうちにある…みたいなのをやりたくて。
ホラー寄りにするかどうかで悩みましたが、草藍さんにそういっていただけて、このベクトルで仕上げて結果的にはよかったのだろうなと思っています〜。

泡沫恋歌さん>
ありがとうございます。
昔から、「ある種の自殺は伝染する」というのをオカルト調で書きたいと思っており、今回はその派生のようなものですね〜。
え、世間ではそんな風にいわれてたんですか…知らなかったッ(^^;)。
類友みたいなものかなあ…(←ぜんぜん違う)。
どんな現象が起ころうが、「死にたがっているのは人間」なんですよね。
そこに目を向けなければ、何も解決することはできないんだろうなあ…と。

メラさん>
ありがとうございます。
ああッ、そげな感覚を理解してはいけません(^^;)。
実は、「死にたい病」の先にあるものを書きたい、とずっと思っているんです。
単に「死にたい」→「ああ、死にたい病だね。甘えだよ甘え。もしくは視野が狭いか。ほら、もっとすばらしいものが待つ世界に目を向けてごらんよ」みたいなのじゃなくて、
「その人なりに自分の寿命というものを、『自分はここまでなんだな』と冷静に受け止めているような場合の死生観」みたいなので(わけがわからぬ!)。
「死にたいから死ぬ」のではなくて、「死ぬ時期が決まっているようだ。じゃあそれまでどう生きて、最後はどう死のうかな」という人の生き方って、どういうものかなあと。
命はすばらしい、生きているということはそれだけで価値がある。でもそれを実感するのは、まったく別種の価値観に触れたときのような気がして…って、支離滅裂ですね、すみません(^^;)。

14/07/24 クナリ

凪沙薫さん>
ありがとうございます。
極端な話、できれば、一行目から面白そうだと思ってもらいたいなというのがあるので、そう言っていただけてうれしいです。
起こったこと自体はただの現象で、そこにどんな意味を見出すのか、人それぞれですよね。
果たして救われたのでしょうか…書いた自分でも規定はできず。
できれば、本人たちくらいは救われたと思ってほしいものですね。

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