1. トップページ
  2. のぞき穴

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

のぞき穴

14/06/30 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1171

この作品を評価する

 家賃が安いというだけで入ったアパートで暮らすようになってすでに三年がたった。
 礼子は、スーパーの買い物袋をさげながら、アパートにかえってきた。
 真っ暗な部屋に入り、目が闇になれるにつれて、向かいのホテルが投げかけてくるネオンの赤が、窓ガラスに瞬くのがみえだした。
 礼子は照明をつけた。着替えをしてから、食事を作りはじめた。野菜と豚肉を炒めたものと味噌汁といった簡素な夕食だったが、たいていチャーハンの素とかドライカレーの素をご飯にまぜたものですましているのにくらべると、きょうは結構豪勢といえた。
 礼子はほとんど、テレビはつけなかった。テレビに映し出される、笑顔にみちた人々をみるのが彼女にはたえられなかった。みんな例外なく明るく、人生が楽しくってしょうがないといった風情をしている。あの笑いや明るさがどこからくるのか、彼女には皆目わからなかった。自分の暮らしの、どこをどう突ついても、けっしてそんなものは出てこなかった。
 食べていくので精いっぱいだった。それはバイト仲間もいっしょかもしれない。しかしかれらは、週末には彼氏とどこかへ遊びにでかけ、また友達とおいしいものをたべにいき、母親の誕生日の贈り物をさがしにショッピングにでかけ―――とにかく生活を有意義にすごす仕方を心得ている。
 礼子には何もなかった。両親は離婚し、自分をひきとった母ともいまは別々に暮らしてすでに久しい。短大は出たが、就職はみつからなかった。とにかく何かをして稼がなければならずバイトからバイトを渡り歩いた。酒造会社で一日中、ラインに重いケースをのせることもやった。ラブホテルの受付や部屋の清掃もやった。真冬に箱詰めしたハムを冷凍室に運ぶ仕事もやった。バイトはどれも期限があったため、終わるとすぐ次のバイトを探さなければならなかった。
 礼子は電気代節約のために、九時には布団に入った。
 窓に厚いカーテンを閉ざし、ホテルのネオンをシャットアウトした。
 横になって、真上をみあげると、そこにぽつんと一つ、光の点がみえた。それがなんの光なのかは、いまだにわからなかった。
 礼子はその光の点をみるのが好きだった。あの光は、未来からののぞき穴で、自分は過去の代表に選ばれた一人なのだ。未来人は、テレビに登場するような、わけもなく明るくて楽しい人々には目もくれずに、この自分を、研究対象にピックアップした。肉親の縁に薄く、友達もなく、ただ働き詰めで、将来になんの希望もみいだせないこの私に、未来人は注目した………。そんなことを空想するのが、礼子にとっては唯一の楽しみだった。
 翌日彼女は、朝早くに倉庫にでかけて、カレンダーの箱詰め作業の準備をはじめた。
「寒いのに、がんばるね」
 礼子以外だれもいない倉庫を、主任がのぞきにきた。
「私、仕事が遅いので、いまから段取りしているのです」
 そんな彼女を、主任は必要以上にじっとみつめた。
 礼子が戸惑いがちに見返すと、はたして主任はこんなことをいった。
「仕事が終わってから、よかったら食事でも、どうかな?」
「いいですわ」
 一食分助かるのだから、断る理由など礼子にはなかった。
 そしてその夜、主任との夕食をおえた礼子は、食事代が浮いたことよりはるかに、独身の彼に誘われたことの重大さに気づくことになった。
 三日後に、もう一度食事に誘った彼は、じつは前から彼女のことを意識していたことを告白した。きみは他の女の子とはちがう。仕事にうちこむ姿勢一つをみても、きみが自分の人生に忠実に生きていることが感じられた。他の女性たちは、スマホでべつの場所と交信しているような、目の前の現実をないがしろにしてただ、うわついたところしかみえない。きみはぜんぜんちがった。
 礼子は、自分のことを本当に理解してくれる人が現れたことをしって、心から喜んだ。 それからはほとんど毎日のように彼と仕事の後にあうようになった。
 これまでなにも感じなかった周囲のできごとが急に意味をもちはじめた。異性のこと、ショッピングのこと、旅行の話………。彼との会話がはずむようにと、テレビもよくみるようになった。タレントが町中を歩きまわると、通行人が集まってきて、みんなで浮かれ騒ぐ番組に、礼子も涙を流して笑い転げた。  
―――私にも運が巡ってきたのだわ。
 夜、ひとり横になって、礼子は呟いた。これまでの呟きが、ため息まじりだったのにくらべ、いまのそれは自信にみちていた。
 彼にプレゼントされた婚約指輪が、いまも左手の薬指にはまっている。
 彼女はふと、真上をみあげた。
 もうそこには、あの光の点はみえなくなっていた。
 しかしいまの礼子はそんなものより、もはや閉ざすこともしなくなったホテルのネオンを反射して、暗闇の中に赤く毒々しく瞬いている指輪のほうに、はるかに心を奪われていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/07/22 W・アーム・スープレックス

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。

そうそういつも騙してばかりもいませんが、
―――あの光の穴からのぞいていただれかさんは、彼女の変貌ぶりをみて、もしかしたら騙されたと思って、穴を閉ざしてしまったのかも………
語りすぎてしまいました。作者はつねにぶっきらぼうにいきたいものです。

ログイン